Ever sky grays——AT YOUTOPIA

『【黄昏の偶像を破壊せよ】

 いやはや、まったくかつての英雄には困ったもんじゃ。わしらとの約束をすっぽかして眠りこけてしまうのじゃから。わしらの種族の寿命を鑑みれば、しかも気の長いわしのことを考えれば多少の居眠りくらいは看過するが、流石に1週間も眠りっぱなしでは我慢の限界じゃ。仕方がないのでクローンを作ろうとしたのじゃが、先日作ったトワが”うまく”出来過ぎてしまってのう。暴走してしまってアバンの森林をあらかた焼き尽くしてしまったんじゃ。どうにか止めて来てくれぬかのう?』


 もしトレモロの依頼をゲームの『UTOPIA』で受注したら、こんな感じの文章が表示されるのだろう。穴ぼこだらけの大樹を下って、私たちは南西にあるアバンに向かっていた。


「しかし、暑いところにいけばクローンが見つかるはずだから、とは中々に曖昧な指示だよね」

「ああ? 何時もあんな感じだよ、あののじゃショタエルフは。そっちのギルド長は違ぇのか?」

「うちは、明々白々に指示を出してくるよ」

「はん、そのくらいあのジジイもしっかりしてくれりゃいいんだけど」

「そう、これ以上ないくらいに克明に指示を出してくるよ、秒単位、ミリ単位で確実に成功するように指示を出してくるよ。問題は私たちがそれを十全に遂行できる精密機械じゃないこと、かな」

「うわ、そっちもそっちで大変なんだな……」


 この人も私と同じように、よく分からないまま夢の世界を旅しているのだろうか。なぜかゲームのUTOPIAの世界と同じ姿で、そっくりな世界を行脚しているのだろうか。それとも何か知っていることが? フィブリウムは機械に精通していて、トレモロは植物学を中心としたバイオテクノロジーに精通している。ただ、アプローチが異なるだけでやっていることは似ていると思う。この身体が誰のものだったのか、あるいは誰が作ったのかを把握することができれば、この奇妙な夢の謎の解決のために一歩前進できるかもしれない。


 なるほど、トレモロの言っていることがよく分かった。どこもかしこも熱帯多雨林のような気候のミドロにあって、アバンの森林はまるで砂漠のように枯れていた。ジリジリと焦げた香りがあちらこちらで漂い始め、生き物の気配もしなくなっていく。暑い。ミドロの暑さじゃない、これはサムザンの暑さだ。


「大分近づいて来たのかもね、喉が枯れそう」

「おいおい、幽霊様が暑さにやられるなんて聞いたことないぜ。俺にしてみりゃむしろジャングルみたいなうざったい湿気が無くなって清々するな」


 ダラダラと汗をかきながら『twilamp』さんは、彼ないし彼女は背中を丸めて歩く。


「でもこの暑さは異常だよ。はぁ」


 私は汗だくの服に手をかけた。


「おいおいおいおい、待て待て待て待て!」


 ベストを脱ごうとしたら、『twilamp』さんは突然声を荒げる。


「どうしたの? 敵襲?」


 私は辺りを見渡したが、巨大な虫が飛び回っているだけで特に何も見当たらなかった。


「なんで唐突に服を脱ぐんだ!?」

「いや、暑いから。普通でしょ?」


 暑さからか、『twilamp』さんはやけに顔を赤くしている。


「ぼ、防御力が下がるだろ! ただでさえ汗でべたべたなんだから!」

「別にベスト一枚で変わりゃしないって」

「いいや、大いに変わるね! 急所を敵の視界内に晒すなって!」

「はぁ? その理屈なら君だって上着の1つくらい着てなきゃダメじゃないか!?」


『twilamp』さんの方が私より露出が多い。


「俺はいいの! 男だから!!」

「どっからどーみても女の子だけど!!」


 なんでこんな下らないことでヒートアップしてるんだろう。


「いいか、淑女たるもの節度と礼節をもってだな」

「戦場でモラルやマナーは剣にも、ましてや盾にもならないよ!」

「そりゃそうだ! でもそれがなきゃお前のその義手と同じだ、機械と一緒だぜ」

「私が血の代わりにオイルの通った冷徹な人間だって言いたいの?」


 あれ? 本当に熱くなってないか?


「はん、そうでなきゃあんな躊躇なく喉元にナイフをつきつけられないだろ——」

「待って、危ない!」


 視界が唐突にチラつく。熱光球。いや、巨大な光の弾? 『twilamp』さんを右腕で押し倒して伏せる。私たちのすれすれを業火が駆け抜けていった。チリチリと導火線のように煙を上げる靴ひもを踏んで火を揉み消す。間一髪だった。


「随分と急だな、大将のお出ましだ」


 『twilamp』さんが指差す方を見る。嘘、あんなに遠くから? 樹木たちの姿はそこにはなく、炎と煤でできた巨大な広場の中心で、隣にいる女の子そっくりな少年が滞空していた。ただ、こちらを見ているわけではなくて、どこか中空をぼんやりと眺めているようだった。


「まだ気付かれてないみたいだね」

「のようだな」


 辛うじて残っていた巨木の炭の後ろに隠れて、討伐対象を観察する。


「大きさは君と同じくらいだ」

「ああ、最高傑作とは言っていたが、確かにそっくりだな」

「うん、随分と精巧な作りに見えるよ」


 本当に隣にいる人と視界の先にいる人形は瓜二つだ。


「だが、大きな欠点がある」


 確信を言葉に込めながら、彼ないし彼女は言う。流石に永遠の黄昏の異名は伊達じゃないみたいだ。こんな遠距離から即座に弱点を見つけ出すなんて。


「その、欠点って?」

「お前も本当は気付いてるんだろ? 俺の模倣にしては、つるぺた過ぎる」


「……ツルペタ?」


「いいか、確かに俺はあえて胸は小さめにキャラクリした。それは事実だ。だが、全くの絶壁にはしていない」

「ねぇ、何の話をしてるの?」

「例え、その違いが傍から見たら誤差だと一蹴されてしまうよな、極僅かな相違だったとしても! 1と0の間には大きな隔たりがある! お前もそうは思わないかね!?」

「同意を求められても、そっくりだとしか思えないよ!」

「お前のゴーグルは飾りか!? 目に見えているものは正しいか!? この程度の違いも分からないんだったら、ずぼらも甚だしいな!」


 話の途中でまた眩い光がチラついて来た。まずい。これじゃ、さっきと一緒だ。焦熱が、近づいてくる!


「幽霊!」


 焦げ付くような胸の痛み。確かにこの子の言う通り、ベストを着ておいて良かった。一瞬遠のいた意識と、物理的に遠くに見える『twilamp』さんの位置から、そして扁平型に焦げて穴の空いたベストの様子から、私は討伐対象に蹴り飛ばされたのだと理解する。


「逃げろ! そっちに行ったぞ!」


 防御、防御を! 左腕の義手に天啓を注ぎ込み、地面に叩きつける。白い盾を防壁として生成。直後、凄まじい速度で接近した討伐対象が、防壁を蹴りつけた。すんでで間に合ったけど、一撃でひびが入る。おかしいな、物理防御に特化しているんだけど。


「くそが、待ってろ。今、恩を売る、じゃなくて助けてやるぞ!」

「待って、こない、方が」


 忠告も虚しく駆けつけてきた『twilamp』さんを討伐対象は一瞥し、後ろ手に『twilamp』さんの足を掴む。そして余った右腕を振り上げて私の防壁に熱光球を叩き込んできた。片手間にやられるのか。この力の差は想定外だ。


「いってー! マジで最悪、熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い!!」


 防壁は破壊され、再び蹴り飛ばされ、焼け焦げた巨木に叩きつけられ、その数瞬の後に『twilamp』さんも投げ込まれた。横にうずくまり、足首を押さえている。目も当てられないような火傷の跡が、彼ないし彼女の手の隙間から見えた。私自身の腹部は、これなら見ない方がいいみたい。


「こりゃ、逃げる、いや戦略的な撤退を試みた方が」

「でも、もう依頼は受けちゃったからなぁ」

「律儀か! あんな耄碌ジジイのミドロを天秤にかけたおままごとに付き合ってたら命が幾つあっても足りねぇよ!」

「じゃあ、君はあれをここに放置しておくの? 幾らこの広いレインボーフットだったとしても、これだけの広大な敷地を数日で焼き尽くす君の偽物は明らかにこの世界の危機だよ。それに、私たちそっくりの肉体を作れるという事実は、私たちがこのよく分からない世界に、ゲームのアバターそっくりな姿で突然投げ出されてしまったことを解明するヒントになるかもしれない!」


 私が言い切ると、『twilamp』さんはこちらを睨む。


「勝算はあるのかよ」

「ない」

「勝てねぇならやらねぇ方がいいじゃねぇか!」


 彼ないし彼女は可愛い相貌で言葉をぶつけてきた。


「物理的に倒すのは不可能かもしれないけど! 捕縛ならできるかもしれない」

「……どうやって?」


『twilamp』さんは足を庇いながら起き上がった。


「討伐対象は確かに強大な力を持っているけど、大きさは標準的な人間よりも小さいくらい。これが建物くらいの巨体になると、今の私の天啓で出せる罠ではどうすることもできないけど」

「なるほど、このサイズ感なら捕獲できるってことか」

「ただ、動きが速過ぎる。天啓でトラバサミを張る時間もないし」

「前に俺にやったみたいに、光の弾を反射することはできないのか?」

「期待はできないかな。やってもいいけど、鏡の方が先に溶けちゃうと思う。威力が違い過ぎる」

「はん、悔しいけどあいつの方が俺よりスペックが数段上ってことか」

「だから、捕獲出来たところであの熱光球で罠を破壊されたら一巻の終わり、ではある」


 結局運否天賦に頼らざるを得ないのか。無尽蔵にも思える天啓を消耗し切らせないと、本当にそんな持久戦ができるとも思えないけど。


「だったらどちらにせよ一緒じゃねぇか! ……いや。そうでもないぞ」


何かに気付いたのか、『twilamp』さんが顎の先を摘まむ。


「どういうこと?」

「あの光の弾は本来この剣に依存してるんだ。天啓を出力するのに、それに適合する武器を使った方が効率が良くなるのは知っているだろ?」

「そうだね、私の義手と一緒だ。あれ、そうか。討伐対象は武器を持っていない」


 ずっと素手で攻撃してきていた。そこに違和感があったのは確かだ。


「あいつは俺の光の弾を再現するために、右腕を振り上げるワンモーションをとる必要がある。つまり、それを封じてしまえば」

「熱光球を出すことはできない!」


 思わず声をあげる。


「そういうこと」

「それじゃあ、うまく右腕を挟み込むように罠に嵌めないとね。さて、作戦会議をしている時間ももうないみたい」


 熱気が再び近付いてきていた。


「よし! とにかく俺が罠を張る時間を稼ぐ!」

「でも、足は大丈夫?」

「歩けなくても、俺には翼がある!」


 飛び立つ黄昏。偽物はその後ろについて、無邪気で邪悪な翼を広げて追いかけっこを始めた。とにかくあの子が罠を張る準備をしてくれている間に、こちらも下ごしらえを済ませなくてはいけないのだ。蜘蛛の巣のように張ったツタの後ろに隠れて、義手に力を込める。


 逃げ場のない上空で、『twilamp』さんは飛び回る。やはり、討伐対象の方がわずかに速い。ただ、それでもぎりぎり追いつかれないのはきっとあの子の卓越したゲームセンスがなせる技なのだろう。もちろん、『twilamp』さんが逃げることに集中しているから辛うじて回避できているだけで、討伐対象は何発も熱光球をあの子に打ち込んでいる。回る、回る、討伐対象の周囲をぐるぐると回る。


「熱い、痛い、辛い、苦しい! もう無理、限界!」


 こんなに遠くからでも聞こえてくるなんて、どれだけ大きな声で弱音を吐いているんだろう。不思議だ、弱音と言うにはあまりに力強く、頼りないというにはあまりに図太い。


「ちょ、もう、疲れた! おえっ!」


 不平や不満を言う人に苛立ちを覚えてきたことも、文句ばかり言って我慢のできない人を白い目で見てきたことも事実だ。ただ、それに対して私が声を挙げてこなかったことも事実だ。


「横っ腹痛い、足も痛い、翼も痛い! 明日絶対筋肉痛!」


 そういう人たちとぶつかり合うこと自体が無駄だと思っていたからだ。でも、それで自分を隠して生きていくことも同じくらい愚かしいことだったのかもしれない。『twilamp』さんと会えて良かった、些細なことで喧嘩をすることが出来て良かった。私は絶対にあの子のことを忘れない!


「ちょっと待って! なんか浸ってない!? モノローグで俺のこと殺そうとしてない!? おい! そろそろいいんじゃねぇのかよ、リトリヤの幽霊!!」


 唐突に心中を読み取られた。流石に本当に限界のようだ。明らかに『twilamp』さんの飛行高度は下がっていて、その背後にはとどめを刺すべく右手を振り上げる討伐対象の姿があった。


「うん、お疲れ様」

「っしゃ、行くぞ!」


『twilamp』さんはギアを一つ上げたのか、猛スピードでこちらに向かって来る。そう、このスピードなら私の罠では捕獲できない。


「いくよ!」


『twilamp』さんが剣を振り抜くと、剣先から光の弾が放散する。と同時に討伐対象はギシギシと音を立てて減速した。紅色の糸が討伐対象に巻き付く。


 これが今出せる全力の天啓。あの子がアバンの森林跡を端から端まで飛び回り、見えない糸を張り巡らせて討伐対象に巻き付けた。向こうにどの程度の知能があるか分からない以上、糸の存在がばれて警戒されてはいけないから、最後の最後に天啓を注いで実体化したのだ。急激な減速に対応しようと右腕を上げた隙に——


「これで終わり!」


 トラバサミを起動して討伐対象の体を挟み込む。辛うじて確保に成功したのが見えたところで、ブレーキの利かない『twilamp』さんを抱き止めた。


「はぁ、助かったー」


 安堵のため息を零して、後方の木の根に体重を預ける。『twilamp』さんが剣先から吐き出した光の弾が、残像のようにふよふよと浮いている。アバンの森林に再び静寂を取り返した——はずだった。


 ギシギシと軋む音が聞こえる。これだけきつく拘束されてなお、討伐対象は罠から逃れようと抵抗してきているのだ。まずい、急いで罠を締め直さないと!


「しつこい」


 私の耳元で声が聞こえる。と同時に周囲に浮いていた光の弾たちが集約し、討伐対象の右肩を貫いた。罠が軋む音は消え失せ、とうとう討伐対象はその活動を停止する。


 今度こそ、いいはずだ。溜息をついて呼吸を整える。心臓の音がやけに早く、そして激しく感じた。そりゃ、命の危機だったのだ。これだけ鼓動が高鳴っても無理はない。


「あの! そろそろ離してもらってもいいすか!!」


 右耳からつんざくような女の子の声が鼓膜を突き破る。そういえばこの子の背中に手を回したままだった。心臓の音の主は私じゃなかったみたいだ。『twilamp』さんを解放する。


「くっそー! せっかく勝ったのになんたる屈辱! 気分悪いぜ!」

「ごめんって」

「いや、しかし。凄まじい敵だったな。我ながら死をちょろっと覚悟したぜ」


 確かに死ぬかと思った。ゲームだったらリスポーン地点に帰ってくるだけだけど、この世界ならどうなんだろう? 『twilamp』さんは足をひょこひょことさせて庇いながら、討伐対象に近づいて行った。


「しかし、本当にそっくりだな」

「うん、クローンて言うくらいだし、あのギルド長の口ぶりなら君の体組織を混ぜてても不思議じゃないね」

「うへぇ、気持ち悪。女の子の寝込みを襲うなんて悪趣味この上ないぜ」

「さっきは男だって言ってたくせに」

「あ? お前はずぼらなくせにそう言う所だけ細かいな」

「減らず口。あーあ、これだったら討伐対象君の方がよっぽど仲間として有能だよ」


 あの子に続いて、私も討伐対象を観察するために立ち上がる。


「はん、スペックは確かに今はこいつの方が上だが、喋って意思の疎通ができる分、俺の方が有能じゃねぇか」

「その喋れる口が邪魔だって言ってんの」

「おいおい、言語は神が人類に最初に与え給うた天啓だぞ? それすら扱えないこの木偶人形のどこに仲間としての価値がある」


『twilamp』さんは自分とほとんど同じ上背の人形の頭を撫でた。


「これが生物であるかは、生き物の定義から改めて考える必要があるが、それを考慮に入れなければまだ生きているみたいだな。なんにせよ、俺がちっちゃくてかわいくてよかった」


 実際のところ、それは一理ある。私の中にあったかつての『私』の記憶が薄れるほどに、扱える天啓の幅は狭くなっていったから、巨大な相手だったら完全にお手上げ状態だっただろう。


「さあ、こいつをさっさとギルドの本部に運び込もうぜ、色々と調べるのにも地下のラボの方が都合がい、い、もん、な、うわあああああ!!」


 討伐対象から突然、触手、いや木の根っこが伸びて地面を侵食する。脈打つツタは私たちの足元まで伸びて来て、絡め捕られるすんでで足が地面から離れた。


「あ、危ねぇ!」


『twilamp』さんが私の肩を掴んで飛び立ったのだ。どうにか浸食からは免れた。


「あ、ありがとう。助かった」

「長くはもたないぞ、どこかに降りなきゃ」


 降りるって、一体どこに? 私たちは勘違いしていた。てっきり、アバンの森林をこの討伐対象は焼き払ったと思っていたのだ。そうじゃなかった。こいつは、アバンの森林から栄養を吸収していたんだ。森が、枯れていく。


「そりゃあのマッドボタニストが作ったんだもんな! なんでこんな単純なことにも気づけなかったんだ!」


 討伐対象はあっという間にトラバサミを破壊して、アバンの森林の巨大な樹木と同じくらいの大きさにまで巨大化した。

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