鶏口となるも牛後となるなかれとは言うけど存外牛の後ろも風よけになって良いと思うんだよなぁ、俺は嫌だけど——AT REAL

——夢を語る人間を見ているとイライラする。それは、到底そんな夢を叶えることなんて出来なさそうな奴が言っていたとしても、あるいは夢を叶えるに値する努力や実力を兼ね備えた奴が言っていたとしても、だ。浅はかにも自分の目がどこについているのかさえ分からず盲目に届きもしない幻想に手を伸ばしている姿は滑稽で、成功が約束されているような実力者たちが足元をすくわれて落ちていく姿は無様で。もちろんそれらの様子を安全圏から傍観して高笑いを決め込んでいる自分が一番惨めだってことは、内心分かってはいるわけで。正面からぶつかる気概を失った俺には夢や理想を語る資格がないし、そこまで高尚なことを話すわけでないにしても、くだらない冗談を言い合ったり、喧嘩したり、そんなことができる相手に巡り合えることは、少なくともこの人生では無いものだと思っていた。——


 人と会う約束をした日から、実際に会う日まで面倒臭いとか胃がキリキリするとか、そういうことは往々にしてよくあるだろうが、大概の場合は出会ってしまえばその後は楽しく過ごせるものだろう。ただ、今日だけはそうはいかなさそうな気がしている。


 言うなればこれは待ち合わせではなく戦いだ。相生光輝という人生とそのプライドを賭けた戦いだ。であるが故にこの戦いには絶対に負けるわけにはいかない。


 あいつに指定された戦場に向かうために、俺は東横線に揺られて代官山に降り立った。


 分不相応だ。


 一歩足を踏み出せば、引き返してしまいたくなるほどに俺には似つかわしくない街だった。お洒落なブティック、服屋、美しい街路、服屋、モダンな建物、服屋、カフェ、服屋……。おそらく戦場を選ぶところから戦いは始まっていたのだ。駅名を見て、東京にも山があるんだ、などと浅はかな認識を持ってしまった先週の自分をぶちたい。


 挙動不審になっていないか、ショーウィンドウの前を通るたびに自分の容姿を確認する。この行為が既に挙動不審であることは分かっているが、確認せずにいられるほど自分に自信がない。


 しばらく歩くと目的の本屋に辿り着く。某サンドボックスゲームなら豆腐ハウスなどと誹りを受ける可能性大な真っ白いキューブの建物。ここにあいつはいる。


 確か、赤い帽子、黒い上着、白いシャツ、青いスカート、赤い靴——


「こんにちは。『twilamp』さん」

「ウヴァ!」


 唐突に肩を叩かれ、変な悲鳴を上げてしまった。思わず辺りをきょろきょろと見やる。


「ああ、ごめん。急に声をかけて」


 夢の世界で出会うよりもずっと背が低い。聞かされていた服装と全く同じ装備。『Ghost_Orange』、あるいはリトリヤの幽霊。リベンジマッチの相手。


 ただ、現実世界で会うのは初めてで、妙な緊張感が走る。


「それじゃ行こうか。『twilamp』さん」

「ちょ、ちょっと待ってください。名前!」

「? 名前?」

「ハンネで呼ぶの、止めてくださいよ。俺には光輝って、立派な名前が、あるんですから」

「それもそうか。じゃあ、光輝くん? 立ち話も難だから、移動しようか」


 下の名前で呼ばれるのなんていつぶりだ? それも女子に。まだ試合開始のゴングが鳴って数秒なのに、強烈なストレートを顎に喰らってしまった。歩き出した短い後ろ髪を揺らす女の子に慌ててついて行く。


「こ、こっちはなんて呼べばいいんですか?」

「それもそうだね。私は春日玲。好きに呼んでもらっていいよ」

「じゃあ、玲さん」


 こっちができる精一杯のカウンター。その代わり発言した自分にもダメージが及ぶ危険な技だ。


「うん、よろしくね、光輝くん」


 てんで効いてない。これじゃ夢の世界での一戦の二の舞だ。青いスカートに翻弄されている。


「それじゃあ先に席を取ろうか」


 いつの間にかどこかの店内に入っていたみたいだ。ファミレスのファの字もなさそうな街だったが、ここは一体どこだろうか。


「座っておいてくれるかな? 私はドリップコーヒーのショートにするけど、光輝くんは?」

「えと、じゃあ同じのを」

「砂糖とミルクは?」

「砂糖だけお願いします」

「それじゃ注文してくるから待ってて!」


 スターバックス!!! 跨ぎたくない敷居ランキング堂々の1位(俺比)!! カフェを名乗っているくせに小ズルいノマドワーカーの野良オフィスに成り下がっている喫茶店ランキング堂々の1位(これも俺比)!! お洒落ぶりたい奴がこぞって行くせいで返って無個性な奴らが通い詰めているカフェランキング堂々の1位(これだって俺比)!! コーヒーチェーンの事業規模ランキング堂々の1位(これは事実)!!


 とんでもない場所に連れてこられてしまった。というかあの手慣れっぷり、相当にスタバに通っていると見える。恐ろしい刺客だ。俯く自分の顔がつややかな木製のテーブルに映り込む。


「お待たせ。結構人が並んでて、時間かかっちゃった」


 テーブルの上に紙カップに入ったコーヒーが置かれる。この蓋、口を火傷しそうになるから苦手なんだよな。でも買ってもらったのだから財布を取り出す。


「あ、お金」

「いや、いいよ。私の都合でここまで呼び出しちゃったし。結構交通費かかったでしょ?」

「いやいや、そういうわけには」

「本当にいいんだ。今度会った時にコーヒー奢ってよ」


 そう言ってあいつは砂糖をコーヒーの横に置いた。行き先を失った財布を仕方なくポケットに戻す。


「えと、じゃあ、頂きます」

「ふふ」

「な、なんですか?」

「ううん、UTOPIAや向こうでの君と比べたら、随分と借りてきた猫だから」

「借りてきた猫、ですか? えっと、にゃ~ん的な?」

「ブフッ……!! そうだね、にゃ~ん的な」


 どこまでも愚弄してくる。顔が熱い。テーブルの上に帽子が置かれた。どうやらあいつは帽子を脱いだみたいだ。恐る恐る、ちらっとその相貌を見る。


 華奢な身体。固く結ばれた唇。長いまつ毛。色素の薄い髪はショートボブで……ツーブロックだ!


「何、急に精悍な顔して」

「い、いや、なんでもないです」


 ツーブロック!!! 出会ったら真っ先に避ける髪型ランキング堂々の1位 (俺比) !! やたらと校則で取り締まられるから同情されているけど実際にしている奴を目にしたらやっぱり不良に見られる髪型ランキング堂々の1位(これも俺比)!! 友達がしだしたら、あ、知らない世界へ行っちゃったんだな、と一抹の寂しさを覚える髪型ランキング堂々の1位(これはブリーチや金髪と同率)!!


 とんでもないヤンキーガールだった。


「あの、玲さんって、その、どこに通ってるんですか?」


 一応学生ではない可能性もあるので、そこに配慮した質問をする。


「ああ、小泉高校だよ」


 そうなんですか、と相槌を打ってはおいたが、小泉高校といったら都立の中堅高校じゃないか! 俺よりも偏差値が高い。なのにツーブロックだなんて!


「あれ、じゃあ学年は?」

「今年、高2になったところ」

「そうなんですね、僕は高3です」


 いや、年下じゃねぇか。


「そうなんだ。じゃあ先輩だね」


 だったら敬語使えや。


「なんで光輝くんは敬語で喋るの?」


 なんでそっちは敬語を使わずにいられるんだ。


「そ、それは、現実では初対面ですし」

「それはそうだけど……、結構話はして来たんだし、今更話し方を変えるのもおかしくない?」


 うるさいうるさい。これが俺の処世術なんだ。今は無敵のトワじゃなくて、生身の相生光輝なんだ。


「ごめん、余計な話だったね。本題に入ろうか」


 そう言うとあいつはコーヒーを口に運んだ。砂糖もミルクも入れてない。これを見せつけられちゃ、テーブルの砂糖は役目を失うことになる。


「本題って言うのは、夢とゲームの話ですか」

「うん、私はUTOPIAのことを知る前に、あの夢を見るようになったから、おかしなこともあるもんだな、とは思ってはいたんだけど。同じ夢を共有している他人がいるとなってくると、いよいよ変だよね?」

「そうですね。実際に会って、お互いが本当に存在する人間だって、確認できてしまったわけですし」

「光輝くんのUTOPIAでのアバターが、夢の世界のそれとそっくりなのも気がかりというか」

「僕だけが見ている夢だったら、ゲームに影響されてるな、で済んだんですけどね」

「フィブリウムやトレモロの口ぶりでは、どうやら私たち2人の他にも同じような境遇の人がいるみたいだけど、その人たちに会えば何か分かるのかなぁ」

「確か、サムザンとストリングにそれぞれ1人ずついるはずですよね? でも、そんなの現実世界で探すにしても夢の世界で探すにしても至難の業ですよ。こうして、僕たちが会えているのも、奇跡みたいなものですから」

「ギルド長に掛け合ってみるとか?」

「あの”のじゃショタエルフ”が真面目に取り合ってくれますかね?」

「うーん、うちのギルド長もその辺は厳しそうだなぁ」

「それに、向こうが友好的とは限らないですよ。敵対、してくる、場合も、あるわけ、だし」

 言い澱んでしまうほどにはまだ、あの時の一方的に蹂躙された傷が癒えていない。

「その節はごめん」

「い、いや、過ぎたことですし。あ、そういえば。夢の世界をもとにゲームが作られたんだとしたら、UTOPIAの開発者も同じ夢を見ているかもしれないですね」

「それは、確かに。えっと、なんて名前だったっけ、あの人——」

「KODE:LiON!」


 勢い余って大声を出してしまった。周りをきょろきょろとみて話を再開する。


「KODE:LiONっていう人がUTOPIAを監修しています。元々はカタカナでユートピアって表記しているインディゲームで、それは2020年に発売されたんですけど、そっちの方はKODE:LiONが1人で作ってたんですよ! で、売れに売れたからより世界観を浸れる大規模MMORPGにしようってなって、ファーストテックと共同開発することになったんです。数度の延期を経て2025年、今年の2月にリリースされたってわけですよ」

「そうなんだ、詳しいね。やっぱり好きなんだね、UTOPIA」

「は、はい。いや、そんなでもないですけど」


 つい饒舌に喋り過ぎてしまった自分がこっ恥ずかしくなり、コーヒーを啜る。苦い。


「目を覚ました私たち以外の2人の内1人がKODE:LiONってことはあるかな?」

「いや、無いと思います。最初のユートピアのリリースから5年も経ってるわけですし」

「それもそうか。でも、KODE:LiONが同じ夢の世界を見ている可能性は高い」

「あるいは、KODE:LiONが僕たちにUTOPIAの世界を夢として見せている、とか?」


 自分で言っておいて馬鹿馬鹿しいと思った。何にせよ、今のところ変な夢を見て眠りが浅くなること以外に実害はないのだから、KODE:LiONの動向を注視しておく以外にできることはないだろう。


「時間も時間だし、今日の所はこの辺りでお開きにしようか」

「そうですね」


 あいつは伸びをして立ち上がり、帽子を被った。一瞬、コーヒーの空き容器を捨てに行ってやろうかと思ったが、女が口をつけたものに触れるのも気が引けるので、自分の分だけ捨てに行くことにした。


「じゃあ、私はこっちだから」


 駅に到着するとあいつは俺が行くのとは反対側のホームを指差した。渋谷行き……!!


 渋谷!!! 住みたい駅ランキング堂々の1位(ネットで言ってた)!! おしゃれな人が多そうな東京の23区ランキング堂々の1位(まとめ記事に上がってた)!! 若者が憧れる街ランキング堂々の1位(テレビでやってた)!!


「いや、乗り換えるだけだって。渋谷に住んでいるわけじゃないよ」

「ですよねー」


 負けがかさむところだった。危ない。


 それから、反対側のホームであいつが手を振って来たので控えめに振り返して、あいつが乗っていった電車が見えなくなるのを確認して、大きくため息をついた後で帰りの電車に乗った。


 お洒落度、負け。偏差値、負け。身長、勝ち。年齢、勝ち。UTOPIAの熟練度、勝ち。夢の世界での負けと合わせてトントンと言ったところか。今日は引き分けと言うことにしておこう。


「次は、いつ会えるのかなぁ」


 自分で自分の呟いた言葉に深い嫌悪感を抱いて長い1日を終えることになった。

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