鶏口となるも牛後となるなかれとは言うけど存外牛の後ろも風よけになって良いと思うんだよなぁ、俺は嫌だけど——AT YOUTOIA
面倒くせぇ。幾ら破壊しても無限湧きしてきやがる。
俺の目的地はミドロのギルド長、トレモロがいる玉座の間だ。そこまで残り11階。ギルド本部をてっぺんまで走り抜ける道中。幾ら大樹の中身をくりぬいて作られた建物だとは言え、階段の建付けはあまりにお粗末で、がたがたの段差に転びそうになりながら駆け上がった。そしてそこに待ち構えるかのように植物でできた人形が襲いかかってくる。本来ならこれを片付けておくのが守衛の仕事だろうが、ギルド内はもぬけの殻だ。おそらくはアバンの森林区域の1つが消し飛んだから、それの対処をしているんだろう。それにしても誰も居ないのは不自然だが。
俺がいるから良いものの、トレモロが幾ら実力者だからってこうも手薄にしていいもんかね。襲来する木偶をスライスして次の階へと向かった。
無遠慮に襲って来る植物人形は階を増すごとにその完成度も上がってきている。最初はブロックを無理やり接着したような、子どもの積木以下のクオリティだった人形が、今ではおもちゃ屋でバービィちゃんの隣に並べても遜色ない程度には人間の形をし始めている。しかも具合の悪いことに俺の見た目そっくりだ。
「だーもー、洒落臭ぇ!」
刀身に天啓を集中させて目の前の階段に向けて叩き込む。飛行能力持ちの俺にとってみれば、階段も崖も同義だ。剣から放たれた紅色の光は階段どころか分厚い樹皮をも吹き飛ばして、生温い風が入り込む。
「よく考えたら、外から飛行で上がってくればよかったじゃねぇか!」
今までの努力が如何に虚しかったか一瞬考えたが、そうは言っても飛行にはそれなりに体力の消耗を伴うことを鑑みて、そのまま玉座の間へ走ることにした。
「わっはっはっは! よくここまで辿り着いたのう!!」
重たい木製の扉を押し開くと、広い部屋のど真ん中にぽつりと設置された玉座に腰かけ、子エルフが偉そうに笑っている。
「お前が呼び出したんだろうが、耄碌ジジイ!!」
「なんじゃ、まだわしはピッチピチの1000歳じゃぞ?」
トレモロ。ミドロのギルド長にして、エルフの中でも最長老の男。ガキみたいな格好して、ガキみたいな背丈で、ガキみたいな声で喋って来るが、本来の姿はそのしわを数えてるうちに一つ年を取ってしまうような老翁だ。ただ思考回路は見た目相応にクソガキなのが性質悪い。
「全く何考えてんのか分かったもんじゃないぜ」
「見た目と中身がそぐわないのはお互い様じゃ」
確かに俺だってゲームのアバターやこの世界での姿は女ではあるが。
「へいへい、それで? 要件はなんだ?」
わざわざギルドの建物全体で人払いをしたんだ。何か特別な用事があるかとんでもない悪ふざけをしようとしているに違いない。
「ああ、暗殺じゃよ」
このトレモロという男、実験と称して数多の人種を試験管にぶち込んで、実験の失敗をなかったことにするためにかき混ぜて新しい生命体を作って遺族に配るような、倫理観の欠片すらない男だ。恨みを買うことは多いだろう。故に向こうから魔の手が忍び寄る前に対処しようとするのであれば、得心の行く話だ。
「なるほど。依頼については分かった。で? どこのどいつをやればいいんだ?」
さっきの植物人形の群れ。あれはおそらく俺の実力を試すために行ったのだろう。そんなことしなくても俺の実力は折り紙付きだって言うのに。
「お前じゃよ」
「オマエ?」
聞いたことのない名前だ。一応それなりにゲームはプレイしているが、「UTOPIA」の方にそんな名前の奴はいなかった。どこまでこの世界がゲームと同じなのかは分からないが、ゲームにはまだプレイヤーの誰も探索できていない浮島だってある。どこにいる奴か分からない以上、捜索には骨が折れそうだ。
「で、そいつは今どこにいるんだ?」
「いや、そこにおるじゃろ。お前じゃよ、おーまーえー」
トレモロが指差した方を振り返る。しかし、誰も居ない。まだ、まだ一応可能性があるので確認してみる。
「念のため訊くけど、まさか、俺?」
「うん、お前」
「おいおいおいおい、冗談はよしこちゃんだぜ! 何で俺が暗殺されなくちゃ行けねぇんだよ! それに、暗殺対象に依頼するって自殺でもしろっていうのかよ!」
「お前はミドロの秘密を知り過ぎた。暗殺対象はお前だが、暗殺を依頼したのはお前ではない、以上じゃ」
「じゃあ、俺のことを誰かが暗殺しに来るってことか!?」
「さっきからそう言っておるじゃろ。もう依頼は済ませてあるしの」
「そ、そいつは今どこにいるんだ?」
「いや、そこにおるじゃろ」
トレモロが指差した方を振り返ろうとすると、首筋にチクリと冷たい金属が押し当てられる。やられた、もう既に部屋に侵入していたのか。あるいはさっきの植物人形たちもトレモロが俺を消耗させるために仕掛けた罠だったのかもしれない。
「流石に背後を取るのがうまいな、リトリヤの幽霊」
「過分な評価、身に余ります」
女の声が聞こえる。だが、姿は確認できない。おそらく少しでも振り返るそぶりを見せれば首から上が分離するだろう。
だが、それはあくまで振り返ればの話だ。
「リトリヤの幽霊? はん、大層な名前じゃねぇか。背後を取ったくらいでこの俺の上に立とうなんざ、1000年早ぇぜ!」
飛翔。背中についた短い翼を、天啓の収斂によって大きく広げる。こいつがどれだけ近接戦に優れていようが、空中戦ならこっちに分があるだろう。間抜けな女を見下ろしながら上昇して、丸天井を蹴りつける。帽子、ゴーグル、義手。リトリヤの幽霊とは言っていたものの、出身はアークスチームか。そんな推測をしていると、一瞬、ゴーグル越しに女の目がにやついているように見えた。
「引っかかったね」
「あっつ!!」
反動をつけて攻撃の威力を上げるために蹴り出した足に強烈な熱が伝わる。天井は焼け焦げ、真っ白な光を放っていた。どうやら爆弾か地雷かを天井に仕掛けたみたいだ。
「翼までは焼けないか」
「当然! イカロスじゃねんだぞ!」
油断した。小癪な奴だ。崩された体勢を立て直すべく体を捻じり、空中で安定を図るために翼を開いて剣をリトリヤの幽霊とやらに差し向ける。
「そこからじゃ届かないんじゃない?」
舐めやがって。
「減らない口に鉛玉をぶち込んでやるよ!」
正確には鉛ではなく天啓の集積体だが。剣先から無数の光の粒を対象に向けて発射する。威力は精々ウサギ狩りに使える程度。初見殺しみたいなものだが、人間相手なら十分だろう? ハチの巣にしてやる。
「へぇ、面白いね。どういう仕組みでその光の弾は出てるのかな?」
眩しい。小さくなっていった光の粒が、再び大きくなる。幽霊に向けて撃ったはずの弾が、そのまま俺のもとへ帰って来たのだ。
「おいおい冗談だろ?」
回避。そう判断した瞬間には手遅れになることは、この攻撃手段を最も多用している俺が一番よく知っているわけで。
翼に激痛が走る。ぼたぼたと血が落ちて樹木剥き出しの床に吸収される。自由落下の最中に肩口を確認すると、翼に大穴が空いていた。あいつ、俺の攻撃をそのまま弾き返すんじゃなくて、光の粒を左の翼に集約させて打ち込んで来やがった。
受け身を取れる余裕もなく、背中から床に激突した。
「ガハッ、ハァ、ング……!!」
息が詰まる。痛い痛い痛い。肩も翼も首も痛い。
「ごめんね、でもこれも仕事だから」
女は俺に跨ると、声を震わせながら、上着からナイフを取り出した。
マジでむかつく。
多少の油断があったとはいえ、戦略も技術もスピードも何もかもこいつの方が上だ。しかしこいつ随分と軽いな、幽霊なだけあるわ。こっちで死んだらどうなんのかな。あくまでも夢なんだから、なんてこともなく目を覚ますだけか。
「あれ、君、よく見たら!」
ゴーグルを外して女はじろじろと俺のことを見て来る。目は逸らす。あんまり顔を近づけないで欲しい、こそばゆい。いや、待て。俺もこの顔と声に覚えがある。
「『twilamp』さん!?」
「マイオナブースティング女!?」
「いや、覚え方!」
まさか『TROY』さんが連れてきたタイプスピード以外底抜け初心者女がこの世界に来ているなんて。いよいよこれが普通の夢じゃないことが分かってきた。
「何はともあれ九死に一生だ。幾ら夢の世界だからといって死んでも大丈夫な保証はどこにもないからな」
暗殺者が知り合いだったとなれば都合がいい。トレモロが次の刺客を送り込んでくる前にとんずらと行こう。元々このギルド長の嗜虐ぶりにはうんざりしていたんだ。景観を重視するんならインデクシアだな。カルロに船を借りてタルタスラまで行くのも面白そうだ。とにかく立ち上がりたいが、未だにマウンティングを取っている幽霊が邪魔だ。
「なぁ、もういいって。どいてくれよ」
「え、あ、うん。いや、でも、心苦しいけど依頼は依頼だから」
こいつ自体は軽いはずなのに、どれだけ身をよじろうとすれど、びくりとも体が動かない。喉元にナイフが突き立てられる。
「いやいやいやいや!! 何でこんなところで職責を全うしようとしてんの!!」
「? 責任はいつだって果たすものでしょ?」
「真面目か! 俺たちは仲間だって分かったんだから殺し合う必要ないだろ!」
「私は2秒おきにあらゆる語彙を尽くして罵声を浴びせて来る人を仲間とは呼ばないけど」
「その節は悪うございました! でもせっかく現実世界と夢の世界を共有している人間が見つかったんだから生かしておいた方がお互いの為だぜ、それにもうこれ以上痛い思いするのはごめんだって言ってんだよ!」
「分かった、一番痛みの少ない方法で殺してあげる」
「そういう問題じゃねぇって!! 俺はイきたいの!」
「あの世に?」
「Goじゃねぇ! Liveだ! わざと言ってるだろ!」
「そこまでじゃ!」
意外なところから救いの手が差し伸べられた。トレモロがリトリヤの幽霊を制すると、幽霊は立ち上がり自らの膝をぱんぱんと叩いて服を整える。
「いやぁ、見事じゃった! 手に汗握る戦いぶりじゃった! すまんな、リトリヤの幽霊。貴様の実力は疑っておらんかったが、トワの方が腕をなまらせてないか心配だったんじゃ。正直手も足も出せていなかったが、飛行能力は全盛期のものじゃし、まぁこれなら及第点と言ったところじゃろ」
どういうことだ? リトリヤの幽霊は俺を暗殺しに来たんじゃなかったのか。
「ごめんね、試すようなことしちゃって。本気で殺そうとしてたわけじゃないから、ね?」
本気じゃなかった? 冗談じゃない。こっちは全力も全力だったってのに。
きゅっと結ばれた唇には微笑がたたえられていて、リトリヤの幽霊は義手じゃない方の腕を俺に差し出してくる。
「ふん、言われなくても気付いてたよ」
危なかった。本当に死ぬかと思った。差し伸べられた腕は無視して、起き上がる。
「お前の吹けば飛ぶような軽い体じゃ、俺のこと支えらんねぇだろ」
「それはどうもありがとう」
褒めてない。嫌味も利かない。あれで手加減してたって言うんだから、悔しいけど俺の完敗だ。
「さて、腕試しも終わったところで貴様らに、本来の依頼内容について説明する——」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます