足踏——AT REAL

——人は時に脚色し、糊塗し、自らを飾り立てる。別にそれ自体を悪し様に言うつもりはないが、細かな手続きや枝葉末節に絡めとられて、真に話すべきことを見失ってしまっては本末転倒だ。伝えたいことは何か、要件は一体どこにあるのか、それを探すのに時間を取られていては人生が足りない。ただ、俺がもう少し器用であれば失わずに済んだ関係や、世に出せていた作品があったかもしれないと思うと己に学びが足りていないことも確かだ。地金とメッキの間で立ち往生して足踏みをする自分自身は情けないが、力不足を嘆く前に自らを鍛えなければならない。——


「展開自体は悪くないんだけど、やっぱり大味なんだよね。言いたいことは分かるんだけど、読者がついてこれないというか」


 新仁社編集部の片隅。ここに来るのは4度目で、初めてネームから読んでもらったのだがこの様である。


「メッセージ性があること自体は良いことなんだ。勧善懲悪モノは王道で幅広い支持を受けやすい。ただ、敵を倒すに至るプロセスで、読者がその行動に納得できるのかどうか。漫画というのは読み手の共感、言い換えれば主人公に対する理解というのが重要で、なんというか、その、言い方を選ばなければ主人公のことが理解できないんだよね。今回のネームで良かった点を挙げるとすれば、夢の世界と現実世界を行き来するっていう設定かな。これは、阿波君が考えたの?」

「ええ、一応。先ほどの話に戻りますが、主人公について読者の理解度を上げるためには、どのように改善すれば?」


 俺は自分の作品の主人公のことを理解できる以上、客観的な意見を編集である加納さんに伺い立てるしかない。


「うーん、そうだね。君の場合は一朝一夕ではいかなさそうというか、そうだなぁ……。もっと遊んでみるといいんじゃないかな。人付き合いを繰り返していけば、それで見えてくるものもあるだろうし。仲のいい友達とか居ないの?」

「いえ。それと作品の改善にどういった関連性が?」

「そっかー。でも阿波君、大学生でしょ? 同級生の1人や2人くらいいるでしょ? 彼女とかいないの?」

「……!! 婚約者などいません」

「いや、そこまでは言ってないけど。まぁ、とにかく、友達を作るところからだね。サークルなりバイトなりナンパなりFPSなり、なんでもいいけど人生経験を積んでくれ。一応コピーだけ取らせてもらうよ」


 加納さんはネームを手際よくコピーして、ファイルに戻して突き返した。

 正直なところ、この人は苦手だ。何かと婉曲的で、言葉の一つ一つが軽いように思えてしまう。しかし、担当編集としてついてもらえた以上、この人とやっていくしかない。

 もう少し食い下がろうかとも思ったが、実りのあるアドバイスは貰えそうにないので、大人しく帰ることにした。




 結論から言うと、俺の友達作りは失敗に終わった。


 加納さんの助言に従い、まずは通っている大学で友人になってくれと、同じ講義を取っている数名に声をかけたが、どの人も返事すらせずに別の席に移ってしまった。

 単純に声をかけるだけでは難しいことが分かり、サークルに入ることにした。サークル一覧からあいうえお順に加入していき、最初は歓迎してもらえたのだが、俺が発言をするたびに一定の静寂が流れるようになり気付けばつまはじきにされるかサークル自体が解散になってしまった。オカルト研究会にだけは籍を辛うじて残せたが、ここもいつ追い出されるか。

 アルバイトは一定の成果が得られそうだった。近くにあるアルバイトを募集している店に片っ端から連絡し、面接をすること9回。どうにかレンタルビデオ屋に受かり一部の店舗スタッフとは休憩中に雑談するような仲になれたのだが、なぜか途中からシフトが減っていき、現状は籍を置いてはあるものの勤務させて貰えない状態になってしまった。

 最後にナンパというものを試みては見たが、5人目に声をかけたあたりで警察を呼ばれそうになり控えた。

 仕方なく帰宅して先ほどまで勧められていたFPSゲームを行っていたのだが、ランダムにマッチングする以上は同じ人と仲良くすることが構造上難しく、その上にボイスチャットで話をしても暴言を吐かれる始末。それでもコミュニケーションのチャンスだと思い返答をするようにしていたのだが、いつの間にかブロックされてしまっていた。


 友達を作るのはかくも難しいのか。

 部屋は真っ暗だ。ゲームに集中していて気付かなかった。カーテンを閉めて、明かりのスイッチを押下する。かなりの時間を空費してしまった気がする。この時間で漫画の原稿を進めていた方がよほど有意義だったのではないだろうか。

 ネームを描き直すために今一度パソコンの前に座る。モニターにはFPSゲームを終了したことで、ダウンロードしているゲームの一覧が表示されていた。どのゲームも話題になっていたからとダウンロードしたは良いが、続かずに止めてしまったものだ。

先ほどまでプレイしていた『Pile Aimers』に加え『SUPER MONKEYS』、『FORT CODE KNIGHT』、『党人狼』、『UTOPIA』……。UTOPIA!

 なぜ今まで気づかなかったのだろう。不可思議な夢には既視感があった。それはこのゲームの世界観だったじゃないか。であるが故に俺は起き抜けにお祭り担当大臣などというよく分からない役職をつけられて過重労働を強いられてはいたが、その世界の勝手が分かっているのでどうにかやり抜けていたのではないか。

 ゲームを起動すると、トレーラーなのか映像が流れる。そこには漢服のような服装の人々と、どこかサイバーな雰囲気を纏う人々が争っている。魔法対科学。戦いは熾烈を極め、最後に両勢力の長のような凛々しい顔立ちの女性とスーツを着た白髪の男性が登場して映像は締めくくられた。


大邑たいゆうvsSCRAPLEX、島間戦争イベント実施中!」


 ふよふよと目前に浮き上がる羊の顔に表示されている。どうやら今、島と島の戦争を描いたストーリーが展開されているみたいだ。ゲームを再開する、というボタンをクリックする。

 両耳から凄まじい怒号が聞こえてくる。刹那、足元の地面が凹み、逃げ場を失ったところで強烈なレーザー光線が俺の操作しているキャラクターの胸を貫く。一瞬スローモーションに画面が遷移して、そしてゲームオーバーを告げる画面。

 何が起こったのか分からないので、再度ゲームを開始すると、再び両脇から怒号が聞こえ、今度は漢服を着た巨大な男が、その背丈よりも大きな岩を頭上に落として、一瞬スローモーションに画面が遷移して、そしてゲームオーバーを告げる画面。


 これではゲームを始められないではないか。


 慌ててゲームの仕様を思い出す。そうだ、各プレイヤーについてきているこの羊、確かGUIDEだったかは自らが通過したことのあるチェックポイントにワープできるはず。ゲームの再開直後にGUIDEに向かって話しかけて、一番近いチェックポイントにワープするように指示すると、画面が真っ白になって王宮のような場所にリポップした。

 そこには疲弊しきった大邑の人々と、王座に腰を掛けずに人々をねぎらっている女性の姿があった。トレーラー映像に出ていた人物だ、おそらくは大邑の女王なのだろう。近づくと人物はこちらに向き直り、話しかけてきた。


「旅の人よ、もてなすことができず申し訳ない。私の名は盤帝。この国を窮地に陥れてしまった、言わば暗君だ。手前勝手な頼みで申し訳ないのだが、この国の崩壊を防ぐために協力してはくれないだろうか」


 よく分からないが、国の窮地を救うという目的であればゲームを進める目標になりそうだ。『はい』を選択する。


「そうか。ありがとうkoujin_。貴公の協力、幸甚の至りである」


 自分のアカウント名のせいで、盤帝がダジャレを言ったようになってしまい、ゲーム側に一抹の気まずさを覚えた。画面にポップアップが表示され、『大邑陣営に加入しました』とテキストが出てきた。なるほど、これは島間戦争イベントに大邑側、SCRAPLEX側どちらで参加するかを確認するための出来事だったのか。


「それでは早速、お願いをしてもよいだろうか。これを見て欲しい」


 クエストを受注する画面に遷移して、詳細が表示される。盤帝の手には薬包があり、広げられたその上には小さな緑色の粒が山を成していた。


『【リバティの出所を追え】

  これはリバティと呼ばれる薬だ。吸引することによって一時的に強い陶酔感や多幸感を得ることができるが、極度の依存性があり、使用し過ぎると体が端から焦げてしまう恐ろしい代物。現在戦争状態にあるSCRAPLEXからなおもこの薬がこの国に流入してきている。一体どこからこれが侵入しているのか突き止めて暴いてほしい——盤帝』


「顔を近づけ過ぎてはいけない。一瞬の快楽と引き換えに体が灰になってしまうだろう。貴公にはこのリバティが大邑のどこから流入しているか探ってほしい」


 クエストの受注完了を知らせる表示。幾らかこのキャラクターに質問したいことはあるが、これがゲームとしてプログラムされた存在である以上返答を得ることは難しいだろう。

 さて、困ったものだ。このゲームを最後にプレイしたのは何か月も前。なんせリリースされた直後にしばらくやってから一切手を着けていないのである。操作も覚束ないし、知らないキャラクターや知らない場所がマップに追加されているし、イベントもどのように進めればいいのか、勝手が分からない。そして何より、始めた当初は俺のように1人でゲームを楽しんでいたものが多く見受けられたが、今ではギルド制度が確立されているようで、ソロプレイヤーはほとんどいない。であるが故に当初の目的である友達作りをするために声をかけられる人が極端に少ない。


≪あの、すみません。今受注してたクエスト、ご一緒しても良いですか?≫


 突然、チャットでメッセージが送られてきた。背後には女性のプレイヤーがいる。こちらもチャットで返信をすることにした。


/構わないが、君はギルドに所属していないのか?/

≪その、実は一緒にゲームやっている人がいるんですけど、その人間違って私と違うギルドに入ってしまって。イベントの方も大邑側じゃなくてSCRAPLEX側で参加しちゃったみたいで。だから、今私は1人なんです≫

/そういうことであれば、相分かった。/


 クエストを受注するメンバーに『MOCHA711』を追加した。


/ところで先ほどこのゲームを起動したとき、おそらくは大邑とSCRAPLEXの両軍に挟まれた状態でゲームがスタートしたのだが、あれもイベントの一環なのか/

≪それ、結構有名なバグですね。大邑でログアウトしてから1か月以上インしてなかった人がゲームを起動するとそうなるみたいです≫

/なるほど。ところで話は変わるのだが、友達になってもらってもいいか/

≪ええ、構いませんよ。それでは申請を送っておきますね≫


『MOCHA711からフレンド申請が届きました』


 受理はした。ただそういう意味ではなかった。しかしこれで当初の目的は果たせたということにしてしまいたい。


友達を作るのはかくも難しいものか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る