第31話 俺がやれること
15層までたどり着いたのはさらに20分が経った頃。
ハイポーションは残り2本。道中で3本も消費してしまうとは思わなかった。
でも、話によればこの辺りにミノタウロスがいるはず――、
「ブルルルルルァ!!」
この牛のような鳴き声は――間違いない! 奴だ!
「って、なんですかあれ!?」
ティナが声を上げた理由はすぐにわかった。――いや、一目見ればすぐにわかってしまう。
やってきたのは、迷宮の中の大広間。パーティ会場ほどもある空間で、圧倒的な威圧感を放つ存在がいる。
まず目に入ってくるのは3メートルはあろう巨躯。ブラッディボアなんて目じゃない。筋肉は岩のように隆起しており、真っ赤な肌が露出している。
目は蛍光色で、ダンジョンの薄暗い闇の中でギロリと光っている。物語に出てくるような怪物――ミノタウロスだ。
手には俺の背丈ほどもある斧が握られており、鼻から蒸気のような息が漏れる音が聞こえてくる。
「ミノタウロスって――あんなに大きいんですか!?」
俺も知らなかった。こんなにデカい相手と戦うのか!
その時、リーリアが俺の袖を掴んだ。
「どうした?」
「……無理だよ、あんな相手! 勝てっこない! 逃げよう!」
そう叫ぶリーリアの手は震えていた。本当にミノタウロスを見たことがなかったんだろう。
でも、逃げるわけにはいかない。ここまで来たからには、クエストは達成する!
「俺は大丈夫だ! 二人はさっきまでと同じように支援を頼む!」
俺はミノタウロスに向かって走り出す。向こうもこちらに気づいたようで、雄たけびを上げて斧を振り上げてくる。
「うおおおおおおおお!!」
斧と剣が交じり合う。激しい力のぶつかり合いに、火花が顔を横切っていく。
拮抗する力を弾き、俺は後ずさった。
「すごい……あんなに大きいモンスターと互角に戦ってます!」
「待って、あいつ何かしようとしてる!」
ミノタウロスは何かを思いついたようにダンジョンの壁に向かって歩くと、思い切り斧を振り下ろした。
次の瞬間、硬質な白亜の壁が一瞬にして砕け、無数の瓦礫がミノタウロスの足元に落下した。
「何してるんだ……? ダンジョンを壊し始めた?」
「――二人とも、伏せてください!」
突然叫んだのはティナだ。その意味を理解した時には、もう既に遅かった。
ミノタウロスは落ちている瓦礫を握ると、思い切り投げつける。
直径50センチはあろう巨大な瓦礫。放物線を描くその先には、リーリアがいた。
「リーリアさん、危ないです!」
「マズい、<疾風怒涛翔>!」
俺も慌ててリーリアの方へ走り出すが、既に瓦礫は彼女の目の前まで迫っている。
いち早く瓦礫のことに気づいていたティナは、リーリアのところに到達した。そして、彼女を抱きしめて地面に倒れ込み――、
――二人して瓦礫の下敷きになった。
「ティナ! リーリア!」
遅れて二人のところについた俺は、瓦礫を粉砕して二人の安否を確認する。
ティナは気を失っているが――直撃は免れたため、まだ生きている。リーリアの方は軽傷で、意識もはっきりしている。
「ひとまず無事でよかった……リーリア、ティナにハイポーションを飲ませてやってくれるか」
俺は二本のハイポーションをその場に置き、再びミノタウロスに向かって行く。
「……なんで!」
その時、リーリアの震える声が耳朶を打った。
「なんで、そこまで他人のために生きられるの!? あんたも、この子も!」
「……別にそんなつもりじゃない」
「ハイポーションを道中で3本も使ったのも、私たちが怪我しないように戦闘を長引かせないためでしょ!? あんたの実力ならスキルを使うまでもなかった!」
「……そうじゃない」
「私は全然平気! こんな怪我なんて大したことない! ……なのに、なんであんたは私の分までハイポーションを置いていくの!?」
「違う!」
涙を流しながら訴えるリーリアを、俺は一喝した。
「俺は他人のために生きてるわけでも、リーリアに同情してるわけでもない! 俺は、やれることをやってるだけだ!」
3年間ゴブリン相手に戦っていた時も、強くなった今も、やっていることは変わっていない。
俺は、今の俺が出来ることをやっているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
今の俺に出来ることは、仲間に万全でいてもらうこと。――そして。
「こんな
目の前のこいつを片付けることだ。
「ブルモオオオオオオオオ!!」
「うおおおおおおおお!!」
ミノタウロスが瓦礫を投げつけてくる。俺は正面からその瓦礫に突撃し、空中で切り裂いていく。
<疾風怒涛翔>を使える残り時間は――28秒といったところだ。いや、それまで体がもつかすらわからない。
その時間で、こいつを倒す!
「<疾風怒涛翔>!」
ミノタウロスの目前で加速し、俺は奴の胴体に一撃を叩きこんだ。
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