第32話 リーリアの思い
「ブルモオオオオオオオオ!!」
たまらず悲鳴を上げるミノタウロス。俺の加速は止まらない。
風よりも速く。烈火のように激しく。ただひたすらに剣を振るうことだけ考えろ。
0.1秒だって無駄には出来ない。目の前の巨体に斬撃を叩きこむ――!
「ブルルルルルァ!!」
ミノタウロスが反撃で斧を振るってくる。剣で弾き、威力を落として俺は後方へ滑った。
「<
その瞬間、ミノタウロスに火の鳥が突っ込んでいく。予想だにしない追撃に、ミノタウロスは壁にぶつかって倒れた。
「勘違いしないで! 私も、今やるべきことをやってるだけ!」
「助かる!」
リーリアの魔法で、ミノタウロスに大きな隙が出来た。
俺は壁をぶち破るような勢いで走り、再び剣を連続で振るう。
「ブルモオオオオオオオオ!!」
あまりの痛みに悶えるミノタウロス。じたばたともがいて逃げようとするが、俺の攻撃からは逃げられない。
血しぶきを全身に浴びながら、俺はひたすらに剣を振るった。
「……くっ!」
体を動かしている感覚がない。同時に視界が歪んでいくのがわかる。
――残り5秒を切った!
「これで、終わりだあああああああああああ!!」
ミノタウロスの動きが鈍くなったところで、俺はとどめに心臓に剣を突き刺す。
岩を穿つような硬い感触を抜けた後、ミノタウロスは絶命して動かなくなった。
「勝っちゃった……」
リーリアの声とともに、彼女が地面に座り込む音が聞こえてくる。
勝った。15層のモンスターを相手に完封だ。
だが、俺の体力もそろそろ限界だ。
「リーリア、後は頼んだ……」
俺は最後の体力でそう呟いて、気絶した。
*
次に目を覚ました時、俺の目の前には顔があった。
ハイライトの灯った、ガーネットのような深紅の瞳。整った目鼻立ちは完璧なバランスだ。
そして、健康的なピンク色の唇。まるで泡のような滑らかさ。ぷるぷるとして柔らかそうだ。
「――って、うわぁ!」
目の前の顔は突然大きな声を出したこと思うと、グッと視界から引いていく。
「……リーリア?」
「ビックリさせるな! い、今のは顔にゴミが付いてたから取ってあげようと思ってただけ!」
「聞いてないが」
リーリアはかなり驚いたのか、赤面して咳ばらいをする。
ここは……ギルドの救護室? 俺は簡素なベッドに横たわっている。
「……あの後、リーリアが俺をここまで運んでくれたのか」
「目を覚ましたティナと一緒にだけどね。感謝とかはしないで。……やるべきことをやっただけだから」
リーリアはそう言うと、ぷいっとそっぽを向いてしまう。だが、それは今までの冷たさからというより気恥ずかしさから来ているように感じた。
「……あと。お金は普通に割り勘でいいからね」
「なんでだ? もう報告したんだろ? 俺もティナも潤ってるからいいぞ」
「借りだと思われたくないの! ……ごめん、嘘ついた。なんか情けなくなっただけ」
リーリアは俯いてそう言うと、ベッドの傍にあった椅子に座った。
「……教えてくれるか。どうして金が必要なのか」
リーリアは意を決して頷くと、こちらに向き直る。
「私には、4つ年上のお姉ちゃんがいるの。昔から家族思いで、面倒見もいい、優しいお姉ちゃんだった」
「……続けてくれ」
「私が8歳の時、お母さんが死んだ。父親はショックで酒浸りになって、私たちを捨てた。だから、私たちは姉妹でこれまで暮らしてきたの」
8歳と12歳の二人で生活をする。それは並大抵の努力ではないだろう。苦労も絶えなかったはずだ。
「お姉ちゃんは私のためにいつも頑張ってた。だけど、辛そうにしてるところなんて一度も見せてこなかった。私は、お姉ちゃんの苦労なんて考えなかったんだ――」
「……何があったんだ?」
「一昨年のこと。お姉ちゃんが倒れたの。いつになっても目を覚まさないお姉ちゃんに、お医者さんは心労からくる病気だって言った」
――そういうことか。
「病気を治すための薬は、私の生涯報酬に等しいくらいの値段がするんだって。……それに、治っても記憶は戻らないかもしれないの」
「じゃあ、リーリアのことはもう……」
「それでも、私はお姉ちゃんを治したい。私のせいでお姉ちゃんの人生がなくなった。だから私はお金を稼ぐの」
それで、あんな無茶なクエストを受けたのか……ようやく彼女の意図が理解できた気がする。
なんとかしたいけど、病気を治すことができる奇跡の異能なんてあるわけないしな……。
……いや、待てよ?
「なあ、リーリア。俺をそのお姉ちゃんと会わせてくれないか?」
あるぞ? 奇跡の異能。
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