第23話 シャロンの感謝

 事件から2日。俺とティナはシャロンに呼び出され、彼女の仕事部屋にやってきた。


「シャロン、体の調子はもういいのか?」


「ああ、もう平気だ。昨日の夜から仕事に戻っているよ」


 デスクについて仕事をするシャロンは、すっかりいつも通りの様子に戻っていた。


「さて、君たちには何度お礼を言えばいいかわからないが……助けてくれて本当にありがとう。二人が来てくれた時、心から嬉しいと思ったよ」


「気にしなくていいさ、こういうのは持ちつ持たれつだ」


「持ちつ持たれつ……か。私も少し、他人を頼ってみようと思えたよ。君たちのおかげだ」


 シャロンは椅子にもたれかかり、窓の外を見る。日差しが彼女の顔を照らし、瞳が美しく輝いているようだ。


「それで、二人はこれからもギルドで仕事をしてくれるのか? もちろん私は歓迎するぞ」


「あー、それは……ちょっとパスだな。これから、またクエストを攻略していこうと思うんだ」


「それについてずっと気になっていたんだが……二人は予知能力か何かがあるのか? 特にアスラは初対面の私の心の中を読んでいたというか、そういう不気味さがあるんだが……」


 これはそろそろ、シャロンにも事情を話した方がよさそうだな。


 俺は<隠しクエスト>のことや、これまでの経緯を全てシャロンに説明した。

 シャロンは真剣に俺の話を聞き、深く考えた後、納得してくれた。


「なるほど……つまり、アスラのスキルのおかげで今回の件は解決したということだな」


「そういうことだ。すまない、黙ってて……」


「いいや、私だっていきなりそんなことを言われても信じないさ。私がアスラのことを信じることが出来たのは、君が寄り添ってくれたからだ。それより、気になることがいくつかある」


 シャロンは黙っていたことよりもむしろ、他のことが気になっている様子だった。


「まず、一番気になるのは……経験値の話だ。経験値が貯まるとレベルが上がって、そうすると飛躍的に強くなるという話だったね」


「ああ、その認識で間違いない」


「だとしたらおかしい。確かに人間には停滞期があって、それを乗り越えると一気に成長するという話はある。だが、アスラの言うレベルアップとそれは別の問題のように思える」


「あ、それ私も思ってました! だって、誰でもレベルアップで強くなれるなら、アスラさんみたいに強くはなれませんよ!」


 どうやらティナも同じ疑問を持っていたようだ。確かに、まったく気づかなかったが二人の言うことはもっともだ。


「じゃあつまり、経験値は<隠しクエスト>をクリアしないと獲得できず、レベルアップは俺にしかない概念ってことか?」


「そういうことだ。確かに、モンスターを倒すと強くなることはある。仮にそれを『熟練度』とするならば、一般人は熟練度だけで成長しなくてはいけないが、アスラは熟練度とレベル二つの軸で強くなることが出来る」


 ということは、<隠しクエスト>は単なるクエストを表示するだけの能力ではないっていうのか?

 ここしばらくでこのスキルの強さは十分すぎるくらいに理解してきたつもりだったが……どうやらこいつの真価は俺の想像を超えている物らしかった。


「それから気になるのが……クエストの時間制限のことだ」


「時間制限? それは普通じゃないか?」


「いや、考えてみてほしい。最初にティナに会った時、君はクエストに書いてある通り武器屋に行ったと言っていたね。クエストの制限時間が1日あったとも。つまり、残り時間が24時間ある状態でクエストを受けても、残り1分の状態でも、ティナは武器屋にいることになる」


「制限時間内のいつに行ってもティナは武器屋にいることになるわけか」


「えええええっ、そんなわけないですよ! 私もおじいちゃんも、1時間くらい見たら帰るつもりでしたし!」


 なるほど、言われてみればおかしな話だ。この問題については……あまり考えたくない。


「最後に、その隠しクエストの報酬だ。いくらなんでもそんなにたくさんスキルが手に入るのはおかしい。<隠しクエスト>を含めて、君はもう3つもスキルを持っているわけだろう?」


 これは、ラグルクも言っていたし、前から薄々感じてはいた。

 スキルは数千人に一人、何の前触れもなく身につく能力だ。クエストの報酬で必然的に開花するようなものではない。


 仮にスキルが発現するのが二千人に一人だとすると……単純計算で、スキルを3つ持っている俺は……何分の一の逸材ってことになるんだ。数億? 数十億?

 バカげている。俺はそんなに選ばれた人間じゃない。だが、こうしてそんなバカげている現象が起こっているのも事実だ。


「なんにせよ、君のそのスキルは異常だ。もはや道理の外側にある。そんな異能を手に入れて、アスラはこれからどうするつもりだ?」


「……もっと強くなりたい」


 この世界で最強になりたい――なんて贅沢なことを言うつもりはない。

 ただ、困っている人を助けられるだけの力は欲しい。大事なものを守れるくらいには強くありたい。


「そうか、君らしいよ。ところで話は変わるんだが……アスラに聞きたいことがある」


「なんだ、改まって?」


「君の隠しクエストの中に、この名前がないか探してほしいんだ。ギルドや国は、この名前を血眼で追っている」


 シャロンの朗らかな表情が引き締まった。これは、今まで以上に深刻そうだ。


「その組織の名前は――<運命の糸スレッド>」

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