第24話 忍び寄る影
「ご、ごめんなさい!! 上納金、納められそうにないです!!」
街の診療所。日中は人気のその場所の地下で、二人の男女が土下座をしていた。
泣きそうな表情で地面に額を擦り付ける二人。男はこれで連日土下座をしていることになる。
男の名はラグルク。昨日、アスラの蹴りで沈められ、ギルドを追放された冒険者だ。
もう一人の女の名前はミサ。シャロンによって、つい先日ギルドをクビになった経歴を持つ。
そして、二人の前には一人の男が立っている。髪はまるで老爺のように白いが、肌は若者のようにハリがあり、立ち姿はうっすらと彼が筋肉質であることを示している。
男は、この町で医者をしていた。名をワイズマという。人々から『先生』と呼ばれ愛される彼は、二人の土下座を見てため息を吐いた。
「困りましたね……約束は守ってもらわないとね」
「ごめんなさい!! でも、
「そんな話をしてるんじゃないんですよ、僕は今、約束を破ったことについて話してるんです」
ワイズマはそう言うと、ラグルクの顔面を思い切り蹴り上げる。
ガンッ、と鈍い男がしてラグルクの体が吹っ飛ぶ。ワイズマは再び深いため息を吐くと、長い髪をかき上げた。
「ラグルクさん。半年前、僕はあなたのパーティが人を殺した事実を隠蔽した。そしてその見返りに、お二人は僕に毎月上納金を支払う。そういう『約束』でしたよね?」
「はい、そうです……」
「では、なぜその約束を破るんですか? そして、その約束を破ったことに対して何のペナルティもないと思っているんでしょうか? 不思議でなりません」
再びラグルクの元に歩き始めるワイズマの前に、涙を流すミサが両手を広げて立ちはだかる。
「もう、やめてください! ここまでしなくていいじゃないですか!?」
「ミサさんは、ラグルクさんの恋人なんですよね。では、まずあなたに傷ついてもらいましょうか」
ワイズマはラグルクにやったのと同じように、強烈な蹴りを食らわせる。
「ミサ!!」
「話はまだ終わってませんよ、ラグルクさん。僕は大人しい方だと自負していますが、今日は少しだけ機嫌が悪いです」
「い、約束を一度破っただけでここまでしなくても!!」
「いいえ、私は医者であり、運命を手繰り寄せる一本の
(こいつ、ヤバすぎる……!)
約束の重要性について淡々と語るワイズマに、ラグルクは直感的に命の危険を感じ取っていた。
アスラと対峙したとき、ラグルクは彼からとてつもないオーラを感じ取っていた。特にシャロンの部屋で戦った時は、触れるだけで弾かれてしまいそうな勢いが彼にはあった。
しかし、今のワイズマはそれとはまた違うベクトルの恐ろしさがあった。アスラが触れたものを弾くなら、この男は触れるどころか近づくこともできないような――そんな苛烈な残酷さを醸し出している。
これまで1年ほどワイズマと付き合ってきたが、ここまでの気迫は感じたことがない。――いや、彼が豹変したというよりも、元々ワイズマの中に潜在していた力が顕になったというだけだろう。
この男をこれ以上怒らせるのは危険だ。そう判断したラグルクは、彼の言うことを否定しないことで宥めようとした。
「ご、ごめんなさい! おっしゃる通り、約束を破ることは悪いことです!」
「ほう、ラグルクさんもわかってくれますか」
「は、はい! 反省しています!」
「では、
代償。簡単な二字熟語でありながら、その言葉が放つ異様なまでな恐ろしい意味に、ラグルクは心臓を握りつぶされたようになる。
「だ、代償……?」
「ええ、約束を破ったからには代償が必要でしょう? あなたもそう思いますよね?」
「来月、割り増しで料金を払うのでは駄目でしょうか!?」
「僕は今の話をしているんですが。……あなたから決められないなら、僕が決めてしまいましょう」
すると、ワイズマは握手を促すような形で手を伸ばしてきた。
「さあ、どうぞ」
(明らかに何かがおかしい……この手を握ったら、終わる!)
ラグルクの本能が警鐘を鳴らす。しかし、手を取らなければ怪しまれる。
ラグルクの手は震えていた。だが、手を取る他なかった。
ワイズマの小さな掌に、ラグルクの指先が触れる。次の瞬間。
(――え?)
ラグルクの右腕は、ボトリと床に落ちた。
「あああああああああああああ!!」
突然の事態に、腕の付け根を襲う激しい痛み。異常な光景を前に、ワイズマだけがにっこりと笑っていた。
ラグルクの腕は真っ黒になっており、まるで腐ってしまったようだ。あまりに残酷な光景に、ミサはその場で嘔吐した。
「代償は腕一本。商売道具を失うくらいでちょうどいいですよね。服役頑張ってください」
「ふ、ふざけんな!! こんなことされたら、俺の人生――」
「ミサさんの場合は、商売道具はそのお顔でしょうか? あなたも約束を破ったわけですから、その責任は負ってください」
「嫌、嫌、あああああああああ!!」
診療所に響く絶叫。ミサは腰が抜けて立ち上がることすらできない。
ワイズマの手のひらが、ミサの顔にゆっくりと近づいていく――。
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