第8話 孫娘と冒険

 な、何を言い出すんだこの爺さんは!?


「冒険者になりたいというティナの思いは出来る限り尊重したいと思っています。しかし、どうにもいきなり一人で冒険に行かせるのは危険に感じるのです。そこで、最初の冒険だけでいいので、同行してはいただけないでしょうか!?」


 ……ああ、そういうことね。


「ど、どうされましたかそんなに落胆したような顔をなさって!? やはり、難しいということでしょうか!?」


「そ、そんな顔してましたか!? してないと思いますけどね!」


 俺は咳ばらいをして調子を整える。


「やりましょう。ティナさんの最初の冒険に同行すればいいんですよね?」


「おお、やってくださいますか!」


 二人は顔を見合わせ、嬉しそうに沸き立つ。

 本当に俺でいいのかという気持ちはあるが、頼まれたんだから謙遜するのもおかしな話だろう。


「武器は、前に俺が使っていた短剣を貸しますよ。それで様子を見ましょう」


「ああ、アスラ様……こんな老いぼれの願いをいくつも聞き届けてくださったうえにここまで親切にしてくださるなんて、あなたは聖人でしょうか!?」


「ただ人助けが好きなだけですよ」


 涙ながらに手を握ってくる老人を前にたじろいでいると、ティナが俺の前に立つ。


「アスラさん! 不束者ですが、一生懸命頑張りますので何卒お願いします!」


 この子は本当に礼儀正しいな。お礼を言われると気分がいいし、幼さの残った彼女の笑顔を見ると心が安らぐ。


「もうギルドへの登録は済ませたんですか?」


「いえ、なにぶんワシがここに到着したのが昨日なもので、この後行こうと思っていたんです」


「では、それも一緒に済ませてしまいましょう。今からでいいですか?」


「はい! 何から何までありがとうございます!」


 俺とティナはその後、ギルドで登録を済ませた。


「これが私の冒険者カード……!」


 自分のカードを太陽に透かして見るティナ。目には美しいハイライトが入っていた。

 懐かしいなあ、昔は俺もあんな感じだったんだろうか。今では俺の目はすっかり濁ってしまった……。


「あの、アスラさん! 何から何までありがとうございます! こうして念願の冒険者になれたのも、全てアスラさんのおかげです!」


「いやいやそんな、大げさだよ。それに、仮とはいえ明日は仲間として冒険に行くわけだし、変に持ち上げるのは無しにしよう」


 ティナは素直に『わかりました!』と言うと、また自分のカードを眺め始めた。


「そんなに冒険者カードが嬉しいのか?」


「はい! だって、ずっと冒険者になりたかったんです! 私、人の役に立てる冒険者になりたいんです!」


「それわかるよ。俺もそれがきっかけだったんだ」


 冒険者になってたくさんの人から必要とされる人間になりたい。俺もそれを理由に冒険者になったんだっけ。

 ……今となってはその目標はほとんど叶わず、ついたのはありあまるほどの体力だけだけど。


「じゃあ、アスラさんは夢を叶えたんですね?」


「夢? そうかな?」


「はい! だってアスラさんは私の恩人ですから!」


 ティナは純粋な目で、さも当たり前のように恥ずかしいことを言ってくる。

 嬉しいけど……やっぱり照れるよなあ。


「それは……おおげさじゃないか?」


「アスラさんがいなかったら、最初の冒険に同伴してくれる人が見つからなくてずっと彷徨うところでした。だからおおげさなんかじゃないです!」


「え? てっきり同伴する人が見つからなかったら一人でクエストを受け始めるのかと思ってたけど」


「いえ、おじいちゃんの頼みで、最初のクエストだけは他の冒険者に一緒に行ってもらいなさいって。それが冒険者をやる条件なんです。見つからなかったら多分、いつまで経っても冒険なんてできなかったと思います」


 あれ、だとしたらなんで俺の隠しクエストでは時間制限があったんだ?


 クエストを受ける前に確認できる制限時間は、すなわちその時間を過ぎれば事件が消滅する・・・・ことを意味する。


 ティナの祖父を助けたときでいえば、制限時間を過ぎていれば彼はゴブリンに殺されていたので、クエストの対象となる事件は消滅している。

 逆に、猫のマロンを探してほしいと言っていた少女はずっと猫を探し続けるので、彼女が生きている限り制限時間は『フリー』だ。


 つまり、今回のクエストに時間制限があったのは、何かしらクエストが消滅する理由があるからだ。


 考えられるのは、ティナが最初の冒険について来てくれる仲間を見つけることが出来たため、俺が同行する必要がなくなったため。

 これが一番自然である。だけど、もしそうでなければ……。


 ティナは明日、死ぬかもしれないんじゃないだろうか。


 俺ではない誰かと冒険に行き、そこで強いモンスターに襲われて、パーティは全滅。

 ティナが死んだことで、彼女を取り巻く事件は消滅し、時間制限を迎える。


「アスラさん? どうかしたんですか?」


 ……なんて、考えすぎだよな。


「ごめん、ティナ。先に帰って明日の準備をしておいてくれるか?」


「はい、わかりましたけど……もしかして、何かご予定があったのに引き止めちゃいましたか?」


「いや、そうじゃなくて……ちょうど今、やることが出来た!」


 でも、その可能性はぬぐい切れない。

 明日、ティナを守れるように何件かクエストをこなしておこう!

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