第3話 赤ずきん
むかしむかし、ある所に一人の少女がいました。
いつも真っ赤なずきんを被っているので、周りからは赤ずきんと呼ばれています。
そんな少女が家の庭で楽しく遊んでいると、お母さんに呼ばれます。
「なあに、おかあさん?」
エプロン姿のお母さんは、手に持っていたカゴを赤ずきんの目線まで上げると言いました。
「ワインとパイが入っているから、おばあちゃんの家まで届けてくれる?」
おばあちゃん大好きっ子の赤ずきんなら、一も二もなく頷いてくれるだろうと思っていたお母さんでしたが、
「えぇ、やだ!」
ばっさりと断られました。
「えっと、どうしてかしら。いつもは喜んで行ってくれるのに」
首をかしげるお母さん。
「だってまだ遊び足りないもん。どうしても行かなきゃダメならお母さんが行ってよ」
「私は家の用事があるから無理なの。あなたならおばあちゃん家は何回も行ってるし、時間もあるし大丈夫でしょう?」
「えぇーー!?」
頬を膨らませ、赤ずきんはなお不満げな様子を見せます。
「お母さん、どうしても行かなきゃダメ?」
「どうしても、よ」
「うううぅ、めんどくさいしやっぱりイ--」
グシャッ
赤ずきんが嫌だ、と言い切る前に、お母さんが握っていたカゴの持ち手が潰れました。
「いま、何か言ったかしら?」
「……な、なんでもないよ。そ、そろそろ遊ぶのも飽きちゃったから、何か別のことをしたかったんだ!」
「そう、それはよかったわ」
お母さんは目を細めて笑っていますが、赤ずきんからしたらキバやツノが生えているように感じてしまいます。ついでに背中から何か黒い靄が立ち昇っている様な気さえします。
「それじゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」
「う、うん。行ってきまーす」
持ち手が思いっきり歪んだカゴを受け取ると、赤ずきんはそそくさと家をあとにするのでした。
「あぶないあぶない、危うくお母さんにお説教される所だったよ」
おばあちゃん家へと向かいながらつぶやく赤ずきん。木々が生い茂り、ろくに整備もされていない森の中をてくてくと歩き続けます。
小一時間ほど経ち、開けた場所に出た赤ずきんは、程よい大きさの岩へ腰掛けます。
「きゅーけいきゅーけいっと」
おばあちゃんの家は森の中心にあり、まだまだ道半ばでした。小休憩を入れた赤ずきんは、ついでにと花を摘んでいきます。
「よし、こんなものかな」
白と赤と黄色の花を手に、先ほどまで座っていた岩の方を振り返ると、花を摘む時に邪魔にならない様に置いてあったカゴを誰かが手にしているではありませんか。
「あ、やば」
赤ずきんと目線があった瞬間、そう口にしたのは茶色い毛をしたオオカミでした。さっと踵を返すと森の中へと走り出します。
「えっ、ちょっと、それあたしの、待って〜!」
咄嗟に叫ぶ赤ずきんを背にオオカミは鼻で笑います。
「待てと言われて誰が待つかってんだよ」
「いや待ちなさいよ!」
突然横から訊こえてきた少女の声に、オオカミが反射的に首を動かすと、何故か自分と並走している赤ずきんの姿がありました。
「はぁ!?」
オオカミは目を疑います。自分がカゴを持って走り出した時、少女との距離はだいぶ空いていました。しかも足に自信のあるオオカミがほぼ全力で走っていたのに、どうして追い付かれているのでしょうか。
どれだけ足を動かしても、付かず離れずの理解出来ない状況に混乱するオオカミは、足下の木の根に気付かずに足を引っ掛けてしまいました。
「ぐぁっ!?」
「あっ」
思わず手を離してしまった為、カゴがスポーンと宙へと飛んでいきます。しまったと舌打ちするオオカミでしたが、その頭上を飛び越えて何者かがジャンプ一発、空中でカゴをキャッチしました。
「良かった、割れてない」
もちろん、赤ずきんです。危なげなくキレイに着地を決めると、倒れたままのオオカミへと口を尖らせます。
「ちょっとオオカミさん、これはおばあちゃんにあげる物なの。盗ったりしたらダメなんだからね!」
「あ、ああ、悪かったよ」
「まったくもう」
ぷりぷりと頬を膨らませながら赤ずきんは来た道を戻って行きました。コケたオオカミはそのままです。転んでケガをしていても自業自得で気にすることはありません。悪いことをした罰が当たったのだと感じるだけでした。
花摘みをした広場に戻って来た赤ずきんは、オオカミを追いかけるために花を落っことしたため、また摘むことにしました。
「どろぼーオオカミめ!」
花を摘み終わり、おばあちゃんの家へ到着する間にようやく気を鎮めた赤ずきんでした。
「おばあちゃん、あたし、来たよー!」
親しき中にも礼儀ありという事で、赤ずきんはちゃんと声を掛けてノックもします。
「ああ、いらっしゃい。鍵は開いてるよ」
「……? じゃあおじゃまします!」
なんだか妙にハスキーボイスなおばあちゃんの声に、赤ずきんは首をかしげつつも家の中へと入りました。
「おばあちゃん?」
すると、何故か真っ昼間からベッドに潜り込んでいるおばあちゃんの姿がありました。ナイトキャップまでしっかりと被っています。
「よく来たね、疲れたでしょう」
「ううん、いつものことだし。大丈夫だよ。おばあちゃんこそ、どうしたの?」
「ああ、どうも風邪をひいてしまったみたいでね」
「だからそんなに声が変なんだね」
赤ずきんが納得の声をあげると、おばあちゃんの動きがピタリと止まります。
「変、かい?」
「うん、なんだかおじいちゃんが無理しておばあちゃんのマネをしてるみたい」
「お、おじぃ……」
おばあちゃんの瞼がひくひくと痙攣します。
「あれ、おばあちゃんってそんなにお目々が大きかったっけ?」
「ああ、それはお前の姿をよ〜く見るためだよ」
「へぇ、じゃあ毛むくじゃらになってるのはどうして?」
「それは、風邪をひいて寒いからだよ」
「それじゃあお耳が大きいのは?」
「お前の声がよく訊こえるようにだよ」
次々と飛び出す赤ずきんの質問に、おばあちゃん(?)はテンポよく答えていきます。
「じゃあ……」
赤ずきんは笑顔で訪ねました。
「おばあちゃんのお口はどうしてそんなに大きいの?」
「それはね……」
こちらも笑顔で答えます。
「お前を食べるためだよ!」
大きな口をこれでもかと広げ、鋭い牙を剥き出しにして赤ずきんへと襲いかかるオオカミでしたが、
「ふんっ!」
右脚を前に踏み出した赤ずきんの放った掌底が下からオオカミの顎を打ち抜き、その口を強制的に閉じさせました。
「ブガッ!?」
顎への一撃で頭を揺さぶられ、たたらを踏むオオカミのこめかみへと、今度は回し蹴りを叩き込みます。
「はっ!」
「オウッ!?」
オオカミはドスンと勢いよく床へ叩き付けられてしまいました。赤ずきんはその身体を蹴飛ばしてうつ伏せに転がすと、背中へ乗っかります。
「ふん!」
オオカミの両腕を脇に抱えて関節を極めると、膝で背骨を圧迫して痛みを与えます。
「アイタタタタタタタタタ」
がむしゃらに腕を動かし、暴れて赤ずきんを振り払おうとします。しかし、赤ずきんは小さなその身体でまるで万力のように抗うオオカミを抑え込み、びくともしません。
むしろ暴れるほどに肩や背骨の痛みが酷くなる始末です。
「やめ、放せ! 負けだ、オレの負けだから!」
ついにオオカミは根を上げました。ですが赤ずきんは油断をしません。
「むう、ホント?」
ギチッ
「痛い痛い痛い、ほんとうだ! 何もしないから! 頼む!」
涙を流しながら懇願するオオカミを、赤ずきんは冷めた目で見下ろします。
「じゃあ訊くけど、あんた何でここにいるのよ」
「そ、それは……」
オオカミが言うには、赤ずきんが持っているカゴが、彼女のおばあちゃんへあげると物だと知った為、急ぎ先回りをしたのだそうな。
「お前はとにかく足が速いみたいだから、室内なら捕まえられるんじゃねえかと思って」
森の中にある家は赤ずきんのおばあちゃんの物しかない為、迷うことはなかったそうです。
「食い物や飲み物ついでにお前もいただいてしまおうと、ばあさんのフリしてたんだよ」
「へぇ、あたしをねぇ。それで、おばあちゃんはどこよ。まさかあんた……」
ギチッ
「アッ! ばあさんには何もしてねえよ! 奥の部屋で普通に寝てるから!」
力を抜いてあげると、あからさまにホッとするオオカミでした。
「そう、ならいいわ。さて、オオカミさん? もしもまた同じような事をしたら、あなたはどうなると思う?」
オオカミの耳元で、一言一言ゆっくりと圧をかけるように囁きかけます。
「ひいっ!?」
オオカミは尻尾をシュンと垂らして股に挟みます。
「分かってもらえたみたいで嬉しいわ。あ、でもケジメとして腕の一本くらいはやっておいた方が良いかな」
「いえいえいえいえ、何もしなくてもあなたにはもう逆らいませんから。むしろあなたに従います。子分になります。だから、どうか許してください、お願いします!」
意地もプライドも投げ捨てて必死に頭を下げるオオカミに、ようやく赤ずきんの溜飲が下がります。
「そう、そこまで言うのなら今回はこの辺で許してあげるね」
極めていた腕を解き、ヒョイと背中から飛び退きます。オオカミはよろよろと立ち上がると、
「す、すみませんでしたぁーーーーーー!!」
叫びながらダッシュでその場から逃げ出すのでした。
「もう、うるさいなぁ。あ、そんなことよりおばあちゃんだよ」
赤ずきんは奥の部屋で寝ていたおばあちゃんを起こすと、持ってきたパイを一緒に食べ、仲良く過ごして帰って行ったそうです。
そしてこの一件以降、赤ずきんがおばあちゃんの家に行くときはオオカミに荷物持ちをさせる様になったそうです。時にはオオカミに自分を背負わせて足代わりに使う事もありました。
自らの扱いに対してオオカミは決して嫌な顔を見せず、赤ずきんに言われるがままだったそうな。
めでたしめでたし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます