第7話 アイン攻略編⑸

 教室に戻ると、すぐに複数の令嬢達が私を取り巻いた。

「イザイラ様、お体はもう大丈夫なのですか?」

「貧血だと伺いましたが、動いて平気なのですか?」

 心配そうに見つめる令嬢達に、私は微笑んだ。

「もう大丈夫よ。心配をかけてしまったみたいでごめんなさい」

 どうやら私は貧血で倒れたということになっているらしい。誰がどう見てもつまづいて転んだとしか判断できない転び方をしたと思うが、バートン家公爵の令嬢ともあろう者がそんな間抜けな転び方をするわけがないと思われたのか、アンジェが気を利かせてそう伝えてくれたのか、或いはナビィがまた何か細工をしたのだろうか。とりあえずバートン家の家名に傷がつかずに済んだらしい。私自身は家柄に特にプライドはないけれど、だからと言って私の勝手な暴走で家族に迷惑をかけるのは流石に申し訳ない。家の面目が潰れなかったことに安堵した私が次に気にしたのは、アンジェのことだ。令嬢達とやり取りをしつつ、それとなく教室内の様子を伺う。アンジェは自分の席に座り、読書をしているようだった。もしかしたら私の事を気にかけてくれるんじゃないかなんて淡い期待を抱いたが、アンジェは私の方を見ようともしない。

 他の令嬢達がいるから遠慮しているのだろうか。或いは、教室に戻った後に令嬢達から何か言われたのかもしれない。平民の分際で私に近づくなとか、私に媚びを売るために近づいたんじゃないかとか。

……どちらの可能性もあり得るけれど、後者ではない事を心の底から願う。

 この後はずっと事あるごとに令嬢達が自分を取り巻き、体調は大丈夫か、ぶつけたところはもう痛まないのかなどと私を心配する言葉を過剰に浴びせ、放課後迎えの馬車に乗ったところでようやく開放された。

「なんか、どっと疲れたな……」

 人目が無くなったことでようやく肩の力が抜け、深く溜息をつく。バートン家の令嬢として注目されやすい立場にいる私は、学校では常に気を張り、一挙手一投足に至るまで気を抜くことが許されない。上流階級というのは、贅沢三昧で楽ばかりできるというものではないらしい。これなら生前のごく一般的な生活の方がずっと幸せだったのではだろうか……いやだめだ。だってあの世界にはアンジェがいない。今日のように言葉を交わすこともできない。

「ていうか私、初めてまともに話せたな。アンジェと」

 改めて言葉にすると現実味がない。展開がいきなり飛躍し過ぎている。画面越しでしか見ることができなかった推しとようやく同じ世界線に来れたにの関わらず、これまでまともに会話することもできなかった昨日までと比べて、今日はどうだ。一歩踏み出せさえすれば、意外とすんなり会話ができた。

 喉元過ぎれば、というやつだろうか。

 夢みたいだ……。頬をつねってみると、ちゃんと痛みがある。夢じゃないことを実感した。

「随分幸せそうな顔してるねえ。何かイイコトでもあった?」

「え」

 突然聞こえた声に、ハッと我に返った。

急に現実に引き戻され、冷めた気持ちで隣を見る。さっきまで誰もいなかった私の隣には、ナビィが座っていた。

「なんだ、ナビィか」

「えーなんかそっけなくなーい?」

「そう? いつもこんな感じじゃない?」

「いや、いつもより3割くらいテンションが低かった。ボクが声をかけるまでは気持ち悪いくらい上機嫌だったのに」

 不満げに口を尖らせたナビィがつんつんと私の腕をつつく。

 そりゃあ、推しとの幸せな記憶を噛み締めている時とそれ以外で態度が同じなわけないだろう。

「ああ、もしかして医務室でアンジェとイチャついてた時のこと思い出してた?」

「イチャ……ついてはないけど、アンジェとの時間を噛み締めてたんだよ。ナビィがちょっかいかけたせいで現実に引き戻されたけど……ていうか、やっぱり知ってるんだね。その場にいなかったのに」

「まあね。でも良かったじゃん。初めてアンジェとちゃんと会話ができて」

 言葉の裏側に、これまでまともに挨拶すらできなかったのに、という含みがあるのは明らかだった。けれど、不思議と腹は立たない。アンジェと話ができた幸福感の方が、今はどんな感情よりも上回る。

「とは言っても」

 ナビィの声にやや鋭くなる。私を見つめる瞳も、心なしか真剣だ。

「このまま順調にいくとは思えないし、気を付けてね?」

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悪役令嬢はヒロインを攻略したい 曖昧も子 @nekusasu

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