第5話 アイン攻略編⑶
アインの口ぶりからして、現時点では二人の関係はあまり進展していないらしい。少なくともアインの方は、アンジェを友人としてしか見ていないようだ。そういえば、原作のアインルートでもアインはアンジェへの気持ちに気づくまでに時間がかかっていた。……鈍感そうだしな、あいつ。
「今の感じなら、ルート変更はそこまで難しくなさそうだね」
突然背後から聞こえてくる。振り向くといつの間にかナビィがいたが、半ば予想していた私は最早驚くこともない。
「やっぱ聞いてたんだ」
「モチロン」
ナビィは笑顔で応える。
「で、これからどうしよっか? 二人の関係をこれ以上進展させなければアインルートからは逸れていってくれるけど……まずはその方法を考えないとねえ」
「問題はそこなんだよねえ」
そう言いつつも、問題の解決策が本来ならば言う程難しいものではないことに私は気づいていた。恐らくナビィも同じだろう。やり方自体は難しくない、ただ問題が別にあるだけ。それを言うべきか迷っているうちに、先にナビィが口を開いた。
「……一番簡単なのは、イザイラがアイン以上にアンジェと仲良くなるってことなんだけど」
一番明確で、簡単な答え。それでいて、今の私にとっては一番難易度の高い提案だ。
「まあ、イザイラがアンジェに話しかける事ができればの話だけど」
私が考えていた問題点と同じことをナビィが言う。
「いやほんと、そこですよ」
私はそもそも、アンジェを前にするとまともに会話すらできないのだ。
「でもこのままじゃアインルートまっしぐらだよ?」
「うぅ」
正直、今もう一度アンジェに声をかけにいっても上手くやれるとは到底思えない。何度アンジェに声をかけようとしても、いざアンジェを目の前にすると緊張で固まってしまい、一言も話せないまま終わる。そんな失敗を幾度となく繰り返しているうちに、私は完全に自信を失っていた。
かと言って、このままアンジェとアインが結ばれる結末を指を咥えて見ているのもの嫌だ。
「アインルートを避けたいだけなら、他の攻略キャラをぶるけるって方法もあるけど……」
「いやいやいや、それじゃ意味ないじゃん! 他の攻略キャラとのルートに入るだけじゃん!」
それでは本末転倒だ。私がアインルートを阻止したいのは、私がアンジェを攻略したいからなのに。
「ダヨネー……でもさ、それならやっぱりイザイラがアンジェと仲良くなるしかないんじゃない? ていうか、アインルートに入る入らないに関わらず、イザイラはアンジェを攻略したいんでしょう? どちらにせよ、アンジェ攻略の目的を達成するのはまずはアンジェとの親密度をあげないといけないんだからさ」
ナビィの言う通り、最終目標はアンジェ攻略。アインルートを阻止したところで、私とアンジェの関係が進展しなければ意味がない。
「アンジェと……仲良くなる……」
嫌なわけじゃない。寧ろ心の底から望んでいることだ。
「そうそう。アンジェがアインよりもイザイラと仲良くなれば、物語の展開は変わってくるはずだよ」
「アンジェが……私を好きになってくれれば……」
「まあ、イザイラの言う好きと同じ意味での好意を持ってくれるかまでは分からないけど」
「ナビィ、私もう一度アンジェに声をかけてみる!」
「お、なんか良い感じにまたスイッチ入ったみたいだね」
頑張れ頑張れと、ナビィが笑う。
「私の可愛いアンジェを絶対にあんな脳筋野郎になんか渡さないんだから!」
「アイン……まるで悪者みたいな扱いだね……何も悪いことしてないのに……」
翌日、私は授業中もずっと脳内でシュミレーションを行っていた。午前の授業が終わったら、私が他の令嬢に取り囲まれる前にアンジェのもとへ行かなければいけない。アンジェは未だにアイン以外と生徒とは距離があるから、自分さえ他の令嬢達を撒ければ何も問題はないはずだ。孤立しているアンジェに声をかければ注目を集める、最悪アンジェと一緒に除け者扱いあれる可能性もあるが……他の生徒ならともかく、バートン家の令嬢となれば下手に口出しもできまい。その点はイザイラ・バートンに転生して良かったと思う。
鐘が鳴り、午前最後の授業が終わる。私は不自然に見えない程度に素早く教科書やノートを片付け、立ち上がった。
いよいよ、アンジェに声をかける時が来た。
このまま飛び出てしまうのではないかというほど激しく、心臓が高鳴る。だからと言って、ここで躊躇してはいられない。アインルート阻止のために、私自身の望みのために。
机に向かうアンジェのすぐ後ろまでやってきた。深呼吸をして気持ちを落ち着け、私はあと一歩、彼女の視界に入る位置に移行と踏み出した。
その瞬間、何かを踏んだような気がした。一体何を踏んだのかと確認するよりも先に私の体が大きく揺らぎ、見慣れた教室の風景から、普段あまり見ることのない天井に視界が移り変わる。次の瞬間、体に強い衝撃が走った。転んだのだと理解するまでに数秒を要した。というか、転んだという事実を受け止めるまでに数秒必要だった。
盛大にこけ、仰向けに倒れる私、静まり返る教室、自分のそばで突然人が派手にこけて恐らく驚いているであろうアンジェがどんな顔をしているのか、確認するのがとても怖い。
「あ、あの……」
鈴の音のような可憐な声が頭上から降ってきた。こんな可憐な声の持ち主はこの世にアンジェが天使くらいしかいないはずだから、きっと私は転んだ際に頭を打ち、死んで天使が迎えにきたのだろう。転生後再び死んだらまた転生するのか、それともあの世にいくのかどちらだろうとぼんやり考えていると、目の前に何かが近づいてきた。それが差し伸べられた手であることと、手を差し伸べた相手が誰かに気づいた瞬間、遠のいていた意識が急速に現実に引き戻された。
「え、あ……え?」
「大丈夫ですか?」
アンジェだ。
アンジェ・クラークが、私に声をかけ、手を差し伸べていた。
どうするべきか迷い、私は上半身だけは自力で起こし、アンジェの手を取った。会話をするよりも先に、アンジェの体に触れてしまった。推しの手を握ることができた喜びとか、順番が違うのではないかとか、私のような下賤な悪役令嬢が天使のようなアンジェに気安く触れるなど許されないとか、推しと無銭接触なんて許されないだとか、色んな感情が駆け巡る。
アンジェの手を借り、ふらつきながらも私はどうにか立ち上がった。
「あ、ありがとう。大丈夫よ」
動揺や恥ずかしさを見せないよう頑張って笑顔を作ってみたが、上手く笑えている自身はない。
「いえ……あの、本当に大丈夫ですか? 医務室で一度診てもらったほうが良いのでは?」
アンジェの瞳が、心底心配そうに私をじっと見つめている。突然盛大にこけた悪役令嬢に慈悲をかけてくれるなんて、アンジェは見た目だけではなく心まで美しいのか。寧ろ、心根の美しさが見た目にも表れているのかもしれない。
「良ければ、私も付き添いますし」
心配してくれるだけではなく、医務室への付き添いまでしてくれるとは……アンジェ、どこまで天使なの。
アンジェの尊さに涙ぐみそうなるのを堪え、私は頷いた。
「そうね……申し訳ないけれど、そうしていただけると嬉しいわ」
当初の予定からはだいぶ逸れてしまったが、結果的に私はアンジェに接触することには成功したのだった。
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