第4話 アイン攻略編⑵
アイン・レンジャー編4話
「なんてこと……」
「なんてことっていうか、滞りなく物語が進んでるってことなんだけどね」
これ乙女ゲームだし、とナビィが付け加える。
ナビィの言う通り、この世界は乙女ゲームの世界だ。アンジェがこの世界のヒロインであり、アインが攻略対象キャラである以上、二人の出会いは必然で、これから二人が恋に落ちるのもまた必然。このまま順調に物語が進めば、アンジェとアインは恋人になり、物語はハッピーエンドを迎える。
「このままじゃ私のアンジェがあの熱血脳筋野郎のものに……」
「アンジェはイザイラのじゃなけどね。……ていうかアインのことそんな風に思ってたの? もしかして嫌い?」
「もともと男キャラには興味なかったから好きも嫌いも糞もなかったけど、今は憎くて憎くて堪らない」
「アイン、別に何も悪い事してないんだけどね」
これ乙女ゲームだし、とさっきも聞いた台詞を付け加える。
「……因みにナビィ」
「なあに?」
「正直、聞くのが怖くて仕方がないんだけどさあ……今からでもアインルートを回避することってできるの?」
頼むからできると言ってくれ。祈る思いでナビィの答えを待った。
「あー……正直なところ絶対こうって言い切ることはできないんだよねえ。ただ、今はまだアインルートに入ったばっかで二人の関係もそこまで発展してないっぽいし、ルート回避も不可能ってわけじゃないと思うよ」
「え! ほんと?」
不可能ではないというナビィの言葉に、私は項垂れている体制から一気に背筋を伸ばした。
「ほんとにまだ間に合うの?」
「うん。二人がくっつかない限りは、物語のルートを変えられる可能性はあるよ」
ナビィの言葉に、私はようやく一筋の希望を見出す。
「じゃあ、これから二人が良い感じになるのを邪魔……もとい阻止すれば、私にもアンジェ攻略のチャンスがあるのね!」
「そうだね。ただし、二人の関係が進展していけばいくほどルートの変更は難しくなるから、あんまり悠長なことは言っていられないよ。もしまだアンジェ攻略を諦めたくないっていうなら、早めに行動した方がいいんじゃないかな」
「そ、そうだよね……!」
ならば一刻も早く行動しなければいけない。これ以上アインとの仲が深まる前に。私のアンジェ攻略のために。
そのために、まず最初にやるべき事は——
「まずは現時点で二人の進展具合の確認から始めましょう!」
というわけで、私は手始めにアインに話を聞くことにした。
アンジェには、まだ自分から話しかけられる気がしない……。
三日後、授業が終わるとすぐに私はアインのいる教室へと向かった。ここ最近常にアンジェに纏わりついていたアインだが、ナビィの調査により、今日は二人が共に行動しない日であることは把握済みだ。
教室に向かう途中、向こうからアインが歩いてきた。私は深呼吸をして背筋を伸ばす。今の自分の姿が誰の目から見ても毅然とした品のある淑女であることを、窓に映る姿で確認し、アインのそばへ向かった。
「アイン様」
声をかけられたアインが、立ち止まって私を見る。
「あんたは確か……バートン家のご令嬢か。俺に何か?」
「ええ、実はどうしてもアイン様にお話したいことがありまして……少しお時間よろしいかしら?」
「俺に話? 一応これから予定があるんだが……なあ、時間大丈夫そうか?」
アインは一歩後ろを歩く男子生徒に視線を送った。
「そうですね……少しくらいなら大丈夫だと思いますよ」
視線だけでアインの意図を把握し答える男子生徒は、ちらりと私を一瞥し、再びアインへ視線を戻す。同じ生徒でありながら従者のよう振る舞いをみせる男子生徒に見覚えがあるような気がして、記憶を辿る。
ああ、そうだ。彼は——。
「もし兄上と二人きりで話す必要があるのなら、私は一旦席を外しますが」
兄上、というワードで、私は確信を持つ。この男子生徒はアインの弟であり攻略対象キャラの一人、ツヴァイ・レンジャーだ。
男らしい印象のアインとは正反対の、青い髪をした大人しそうな細身の少年。ロイヤルブルーの瞳は、見るものに聡明な印象を与える。アインのような目立つタイプではないが,
兄同様端正な顔立ちだ。
「お気遣いありがとうございます、ツヴァイ様。個人的なお話なので、申し訳ないのですが二人でお話させていただきたいですわ」
そう言って、再びアインに視線を戻す。
「アイン様、よろしいでしょうか?」
アインは少し考え、頷いた。
「ああ、かまわない。とは言えあんまり時間もとれないから、手短にしてくれると助かる」
「ありがとうございます。勿論、なるべく時間はとらせませんので」
「では兄上、僕は先に校舎を出てますので。すでに迎えの馬車が到着しているはずなので、事情は説明しておきますね」
「ああ、頼む」
ツヴァイは私に向かって小さくお辞儀をして、その場を去っていった。彼の姿が見えなくなったことを確認して、アインに向き直る。
「お忙しい中引き留めてしまって申し訳ございません。どうしてもアイン様に確認したいことがあったので」
「いや、かまわない。それよりも話ってなんだ?」
私は内心緊張していることを悟られないよう、平静を装いながら口を開いた。
「私が聞きたいのは、アンジェ様のことですわ」
「アンジェ?」
私の天使を気安く呼び捨てにするなと胸倉を掴んでやりたい衝動を抑え、頷いた。
「最近アイン様がアンジェ様ととても親しくしていらっしゃるという噂を耳にしましたの。私も一度、お二人がお話されていることを見かけたことがございます」
「ああ、確かに最近は一緒にいることが多いかもな。それがどうかしたか?」
アインは私の質問の意図を掴みかねている様子だが、不信感や敵意は感じない。そういえばアインは人を疑うことを知らない性格だったなと、前世でプレイしていた時のことをふと思い出した。
まあ、下手に警戒されていないのならば都合が良い。無駄に話を引っ張る必要もないし、本題に入ろう。
本音を言えば不安と緊張で心臓が飛び出しそうだが、あくまで表面上冷静なまま、私は口を開いた。
「あまりお時間もないようですし、単刀直入にお聞きしますわ。アンジェ様とは、一体どのような関係なのでしょうか?」
私の質問に、アインはすぐに答えることはしなかった。アインの様子を見る限り、答えることを躊躇っているわけではなさそうだ。というよりは、何故そんな事を聞かれているのか分からず困惑している様子だ。
「……まあいい、何故そんな事を聞くのかは分からないが、それに応えれば君が納得してくれるのなら答えよう。別に隠したり誤魔化したりする理由もないしな」
私がアンジェとの関係を知りたがっている事について、この場で深く言及するつもりはないらしい。人を疑わない上に細かい事は気にしない性分なのが、アイン・レンジャーという男の性質なのだ。前世でプレイしていた時も、確かにそうだった。
「アンジェと俺は友人だ。それ以外に答えようがない。この答えで納得してくれるか?」
恐らくアインの言葉に嘘はない。アンジェの事も、友人以上の感情は本当に抱いていないというのが、現時点での彼の本心なのだろう。少なくとも、現時点では。
「そうですか」
私は短く答えて微笑んだ。
「実は私、アンジェ様とは同じクラスなんですの」
「お、そうなのか?」
「はい。彼女、編入してきてからずっと周囲に馴染めていないようで、一人でいることが多かったんです。でも最近はアイン様とよく一緒にいるという噂を伺いましたので、こうしてお話を聞きにきましたの。お節介かとは思ったのですが、あまりお話したことがないとはいえ大切なクラスメイトですし、どうしても気になってしまって……」
そう伝えると、アインははっと笑った。
「なるほど、そういう事だったのか! 確かに、アンジェは平民育ちでこの学園にはなかなか馴染めずに苦労しているみたいだからな。この学園でもまともな話し相手は俺くらいだと言っていた」
「ええ。でもごめんなさい、突然変な事を聞いてしまって」
「いや構わない。突然何を聞くのかと思ったが、これで合点がいったよ」
そう言ってアインが笑う。
「でも安心しましたわ。アンジェ様にも心を許せるご友人ができたみたいですし。引き留めてしまって申し訳ございません。ツヴァイ様が待っているでしょうから、早く行ってあげてくださいませ」
私がそう言うと、アインは笑って頷いた。
「ああ、あまりツヴァイを待たせておくのも悪いからな。じゃあ俺はこれで」
軽く手を振ってその場を立ち去るアインの後ろ姿に会釈をする。彼の姿が完全に見えなくなったところで、私は深く息をついた。
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