魔法少女みもりん~クズなのでお金くれないと助けません~

紀悠軌

魔法少女みもりん

 首都高を車が走っていく。

 その車内で後部座席に座った上司の男が運転している部下に催促する。


「おい、ちゃんと間に合うんだろうな?」

「はい、大丈夫なはずです」


 上司が腕時計を確認すると、取引の時間まであと一時間だった。

 それから上司は隣の席のジュラルミンケースに注目する。

 その中には多額の金が詰まっている。


「取引先にこれを渡さないといけないんだ。運転は慎重に頼むぞ」

「了解です……んっ、何だ、あれは?」

「どうかしたか?」


 部下のおかしな反応に、上司は思わず聞き返した。

 直後、二人は天地がひっくり返ったような衝撃に見舞われた。

 車は横転して、勢いよく滑っていく。

 なんとか無事だった上司は車を抜け出して、周りを確認する。


「くそっ、なんだよ、一体」


 だが、目の前の光景を見て、上司は固まって動けなくなった。

 すると、後ろから物音が聞こえてきた。

 どうやら部下が車から這い出てきたらしい。


「平気ですか、先輩……って、ええ!?」


 部下は驚きのあまり、唖然としている様子だ。


「なんてこった」


 開いた口が塞がらず、汗が顔を伝っていく。

 立っていられなくなり、上司はその場に崩れ落ちる。


「あいつがこの災害を引き起こしたのか」

「くっ、どうして魔獣がこんなところに」


 二人の前にはなんと魔獣がいた。

 魔獣とは人を攻撃したり、街を破壊する化け物のことだ。通常兵器がきかず、巨大なことが特徴だ。

 その魔獣は亀のような格好で、背中に甲羅が張りついていた。

 そいつはどうやら道路を破壊してきて、進撃してきたようだ。周りには瓦礫の破片が散らばっている。

 二人はあれに巻き込まれてしまったようだ。


「もう終わりだ。僕達はここで死ぬんだ」


 四つん這いになった部下がアスファルトを叩きつける。

 確かにその通りで、俺たちがもう助かる術はない。

 あんな化物に勝てるわけがないし、車は大破している。

くそっ、ここで俺の人生は終わってしまうのか?

 上司が絶望に打ちひしがれていると、緊張のない声で話かけられた。


「おじさん達」

「誰だ?」


 上司が振り返ると、ピンク髪で特殊なコスチュームに身を包んだ少女が立っていた。

 少女はかわいらしい顔のつくりをしていたが、目に生気が感じられなかった。まるで通勤中のサラリーマンのように目が死んでいた。

 だが、その少女の登場に上司は驚かずにはいられなかった。


「……って、お前、魔法少女か?」

「そうだけど。『みもりん』、それが私の魔法少女としての名前ね」

「喜べ、俺達は助かったんだ」


 確認が済むと、上司は有頂天になって、部下を励ます。

 魔法少女とは魔獣を退治してくれる存在であり、体内に宿る魔力を駆使して戦う。

 いわば、人類の味方である。


「やった」


 部下がほっと胸を撫で下ろすと、みもりんははてなと首を捻った。


「何を喜んでいるのか分からないけど、はい」


 上司に向かって手が差し出される。


「なんだ、その手は?」

「お金ちょうだいよ、お金」

「はあ?」


 今度は上司が首を捻る番だった。

 何を言ってるんだ、こいつは?


「だから私に助けて欲しいんでしょ? だったらお金ちょうだいよって」

「何だと、貴様!?」


 怒りに身を任せて行動しようとした上司を部下が羽交い締めにして、制止する。

 

「先輩、落ち着いて」


 上司は改めて状況を見つめ直してみた。

 だが、冷静に考えれば、こいつしかあの魔獣に太刀打ち出来ないのだ。

 ならばここはぐっと堪えて、言うことに従うしかない。

 

「くっ、仕方ない。ほれ」


 尻ポケットから財布を取り出した上司は千円を手渡すが、みもりんは受け取りを拒否した。


「いやいや、千円って、お小遣いかよ」

「じゃあ、これならどうだ?」


 しぶしぶ上司は今度は一万円を引っ張り出したが、みもりんの答えはノーだ。


「一万円? 日給のバイトかよ」

「じゃあ、いくらなら満足するんだ?」


 面倒になって上司が単刀直入にきくと、みもりんは少し考え込んだ後、辺りをグルリと見回した。


「うーん、あれとか」


 みもりんが指さしたのは車から転がり出たらしい、あのジュラルミンケースだった。

 すかさず、上司は反論する。


「ば、バカか、お前は! あれは会社の取引先に渡す大事な金だ。やるわけにはいかん」

「へえ、でもそれってつまり、自分の命より大事ってこと?」

「なに?」

「だけど、本当にそうかな? 死んじゃったら会社もお金もなくなっちゃうよ?  だったらどうするべきかは明らかでしょ」


 まるで悪徳商法の詐欺師のようにみもりんは詰めてくる。

 果たしてこいつは本当に魔法少女なのか?

 上司は怒りを覚えたが、助かるにはもうお願いするしかなかった。


「くっ、分かった、くれてやる」

「先輩?」

「黙れ、あの金は俺達が助かるためのものだ」


 ああ、もう取引なんてくそくらえ。

 自棄になりながら、上司は怒鳴り散らしていた。

 その隣でみもりんはニコリと笑った。


「お支払いありがとうございます」


 ああ、これで助かったとしても、会社はクビだろうな。とほほ。

 魂が抜けた状態の上司をほっておいて、みもりんは空を飛んで、魔獣へと向かっていく。

 みもりんを敵と認識した魔獣は巨大な拳を繰り出す。

 しかし、みもりんは突き出された魔獣の腕の回りを旋回して避けていく。

 次に魔獣は大きな口を開けて、かみつこうとするが、みもりんはギリギリかわして、魔力を込めたパンチを浴びせる。

 巨体が揺らいで、ドシンと沈む。

 倒した魔獣を宙から見下ろして、みもりんは呟く。


「一丁完了」


*     *     *


「見て見て、これ。すごいでしょ」


 学校の廊下で二人のギャルが会話している。

 そのうちの一人がもう一人に財布から取り出した一万円札を見せつける。


「えっ、やば。どうやって稼いだの?」

「違う違う。稼いだんじゃなくてもらったの」

「誰から?」

パパ・・から」

「ああ、いけないんだあ」


 二人が話に夢中になっていると、近くから忍び笑いが聞こえてきた。


「ぷふっ」

「誰?」


 財布を持ったギャルが見やると、その場所にほくそ笑んだみもりんが立っていた。


「マジウケるんですけど、そんな小金こがねではしゃいじゃってるの」

「はあ、バカにすんなし。だったらあんた、私より金あんの?」

「あるよ、これくらい」


 するとみもりんは二人組の会社員から交渉・・で手に入れたジュラルミンケースを見せつけた。

 その中にはぎっしりと札束が詰まっていた。

 隣のギャルが緊張の汗をかき、ゴクリと喉を鳴らした。


「……全部でいくらこれ?」


 みもりんはなんの気なしに答えた。


「四百万」

「よん、ひゃく、まん……」

「これ魔法少女やって稼いだ金なんだけど、あんたもエンコーなんてやめて、魔法少女やりなよ。まあ、出来たらの話だけど」


 財布を持ったギャルにそう言うと、みもりんはバイバイと手を振って、踵を返した。


*     *      *


 お昼時。

 食堂で二人の少女が食事している。

 その一人である白髪の少女は眠そうな瞼をこすって、サンドイッチを口に運ぶ。


「うーん」

「こら、理子。ほっぺについてるじゃない」


 向かいに座っているカレーを食べている赤髪の少女がパンクズを取り除く。


「穂乃花ちゃん、ありがと~」


 そんなとき、頭上のテレビからニュースが流れ始めた。


『今朝、首都高に現れた魔獣ですが、突如、出現した魔法少女により、退治されました。今流れているのはその映像です……』


 その映像を見た二人は目を見開いた。 


「あれって……」


 穂乃花が顎に手を当てて呟くと、理子が反応する。


「あっ、みもりん」

「よっ」

「確かにそうね……って、ええ、本人!?」


 穂乃花はあと少しで飛び上がりそうになった。

 なんと二人のテーブルの近くにみもりんが佇んでいた。


「なんだよ、穂乃花。またカレー食ってんのか?」

「うるさいわね。ほっときなさい」


 それからみもりんは丁度、頭の上にあるテレビに注目した。


「ああ、今朝のやつね。もうニュースになってんの?」

「あんた魔獣倒したのね」

「まあね。これでも私、魔法少女だから。ただし、報酬はちゃんといただいたけど」


 みもりんは指で輪っかをつくって、ニヤリとした。

 それを見た穂乃花は落胆の色をしめした。


「はあ、普通、人を助けるのに金なんて請求しないわよ。それが私達、魔法少女ってものでしょ」


 実は穂乃花と理子は魔法少女だった。

 二人の魔法少女名はそれぞれ『バーニング』と『スノー』で、イメージカラーはレッドとホワイトだった。


「いやいや、ただってわけにはいかないですよ。それに死ぬのに比べたらお金なんて安いものでしょ」

「だからそれが間違ってるって言ってるの!」


 叱ってくる穂乃花に対して、みもりんは頭の後ろをボリボリかいた。


「普通、働いたら給料をもらえるものでしょ」

「魔法少女の中でもらってるのはあんただけよ!」

「そう? まあ、私は私のルールに従うけど」


 穂乃花が注意しても、効果はゼロだった。

 みもりんはあくまで自分のルールに忠実だった。


「あんたねえ……」

「それじゃあ、私はこれで……」


 立ち去ろうとするみもりんに、理子が手を振って見送る。


「ばいばい、みもりん」

「待ちなさい、美守みもり


 けれど、穂乃花はまだ言い足りないことがあった。


「あんた今日の集会ちゃんと来るんでしょうね?」

「ああ、今日だっけ。めんどくせえ」


 みもりんは鼻に指を突っ込んで、ほじほじした。

 それは女子らしからぬ行動だった。


「絶対、来なさいよ」

「行けたらいく」


 釘を刺してくる穂乃花にみもりんは適当な返事をして、その場を後にした。


*     *      *


 魔法少女の集会。

 それはみもりんにとって苦痛でしかなかった。

 はあ、だるいことこの上ない。

 みもりんが集会会場に辿り着くと、すでにそこはたくさんの魔法少女でいっぱいだった。

 そのうちの一人が舞台へと上がっていく。

 その人物は緑髪で『クローバー』という名前で魔法少女として活動していた。


「これより集会を始めます。魔法少女のあなたたちは日々、迫り来る魔獣との戦いに明け暮れていると思いますが──」

「すぴー」


 まだ話は始まったばかりだが、みもりんは立ったまま、眠っていた。

 鼻提灯はかなりのサイズである。

 クローバーはそんな不届き者を発見すると、壇上の机をドンッと叩いた。


「起きなさい! 真面目に話を聞きなさい」


 鼻提灯が割れて、みもりんは目を覚ました。


「んあっ」

「人が熱心に話しているというのに、あなたは──」

「悪い悪い。どうしても眠くて」


 全然、悪びれた様子もないみもりんに、クローバーは言葉を強くする。


「ふざけないで! だいたい、この集会はあなたのために開かれたものなのよ」

「えっ、じゃあ、これってバースデーパーティーなの? いや、でも、私の誕生日まだだし……」


 またしてもふざけるみもりん。

 クローバーはもはやカンカンになっていた。


「いい加減にしなさい! 聞きましたよ、あなたが一般人を助ける代わりに多額を請求したというお話を」

「へえ、耳聡いじゃん」

「……とにかくそんな行為は許されません。魔法少女なら無償で人を救うべきです」


 穂乃花と同じこと言ってるなあ、と思いながら、みもりんは話を聞いていた。


「へえ、でも、タダ働きってのはいただけないんだけど」

「はあ、あなたには反省が必要みたいですね」


 呆れた様子のクローバーは壇上から退き、みもりんの前まで移動してきた。

 そうすると、みもりんに強烈なビンタを浴びせた。


「いった、何するんだよ、この野郎?」


 やり返そうとするみもりんをたまたま近くにいた穂乃花と理子が抑え込む。

 

「やめなさい、みもり」

「喧嘩、ダメ」

「離せよ、離せよ」


 続いて二人は抵抗するみもりんを会場の出口につれていこうとする。

 その様子を見送りながら、クローバーは厳しい言葉を投げかけた。


「もし反省する気持ちがあるなら、誠意をしっかり見せて下さいね」


 会場の外に出ると、みもりんは二人に早速、文句をぶつけた。


「二人とも何するんだよ?」

「それはこっちのセリフよ」


 穂乃花の言葉に理子がこくこくと頷く。


「なんで私がぶたれないといけないの? 意味不なんだけど」

「いやいや、心当たりしかないんだけど」


 みもりんと穂乃花たちの間では認識のズレがあるらしい。


「まじほんとむかつくんだけど」


 頭に血が上っているみもりんがどこかに行こうとすると、理子が呼び止めた。


「みもりん──」


 すると隣の穂乃花はみもりんに対して一生懸命訴えた。


「美守、私も概ねあの人の意見に賛成だけど、本当はみもりの気持ちも分からなくもない。

 でも、私達は魔法少女で、普通の人よりも力を持った存在なの。だいたい、私達の代わりに誰が魔獣を退治するっていうの? それに弱いやつを守るのが強いやつの責任でしょ?

 所謂、ナブロスオブリゲートってやつよ」

「ノブレスオブリージュ」


 相方に訂正されると、穂乃花は頬を髪と同じ色に染めた。


「そ、そうだったっけ? 

 まあ、いいわ。だから一緒に頑張りましょうよ」

「……ふん」


 しかし、みもりんは首を横に振って、無視しようとする。

 そんな相手の背中に穂乃花は叫び声を発した。


「あんたのこと嫌いだけど、仲間だと思ってるから!」


*     *     *


 狭くて、ボロボロのマンション。

 そこは昔、みもりんが父親と一緒に暮らしていた場所だ。

 そんな家族の部屋には母親の仏壇が飾られていた。 

 まだ小学生のみもりんがラフな格好の父親に抱きつく。


「とーちゃん、とーちゃん」

「どうした、美守?」

「この世で一番、大事なものってなに?」

「いきなりなんだ、その大雑把な質問」


 困った様子の父親に、みもりんはプリントを押しつける。


「これ」

「ああ、なんだ。学校の宿題かあ」

「それで何、一番、大事なものって?」


 興味津々なみもりん。

 父親はみもりん、それから母親の仏壇を順番に見た。


「そんなもの決まってるだろ。金だよ、金」


 自信満々で言う父親は親指と人差し指で丸のかたちをつくる。


「お金~~?」

「そうだ、金だ。なんていったって金があれば何でも出来るからな。

 例えば美味しいものが食べられたり、こんな狭いマンションじゃなくて、広い家に住むことも出来る」

「おお~、素敵」

「だろ? だから父ちゃんにとって金ほど魅力的で大事なものは存在しないんだ」


 立派に語る父親にみもりんはイタイ発言をする。


「お金があれば今までの借金も返せるしね」

「おいおい、それを言ってくれるな。確かに父ちゃんは借金がいっぱいあって、怖い人にお金を借りてるけど……」

「ヤクザだ、ヤクザ!」


 大はしゃぎしながら、物騒な言葉を口走る子供のみもりんを父親が大焦りして、口封じする。


「しっ、あまり大きな声で言うな」


 口封じを解かれたみもりんは嬉しそうに話す。


「ぷはあ、楽しい~」

「はあ、勘弁してくれよ。

 それはそうと、みもり。その課題は美守に対して聞いているんじゃないか? 俺が答えてもいいなのか?」

「うん、だってとーちゃんの一番、大事なものが私の一番、大事なものだから」


 裏表のない、純真無垢なみもりんの言葉に父親は感動して、頭を撫で始める。


「そうかあ、美守はいい子だなあ」

「えへへ、くすぐったいよお」

「じゃあ、大人になったらとーちゃんのために働いてくれるか?」

「うん、美守、頑張る」


 みもりんは笑顔でガッツポーズをした。


 後日。

 学校が終わって、ランドセルを背負って帰る途中だったみもりんは家の方向から歩いてくる黒服の男たちとすれ違った。

 そのときは特に気にしないで、家に帰ってみると、そこに父親の死体が転がっていた。


 葬式が開かれて、みもりんは父親が眠る棺桶の前に立ち尽くした。


「まだ若いのに……」

「残念だったわねえ」


 喪服の大人が同情してくるが、みもりんは周りの声など聞いていなかった。

 代わりにあの日のことを振り返り、あの黒服の男たち達が父親を殺したことに今さら気付いた。

 そして、このときみもりんは思った、

 お金を持っているやつが強くて、偉い。所詮、この世は金なのだ、と。


「きっと皆と仲良く出来るから」


 それからみもりんは施設で暮らすようになり、現在に至る。


*     *     *


 小さなアパートに一家団欒の光景が広がっていた。

 まだ子供の姉と弟が母親にご飯をせっつく。


「ご飯まだ?」

「まだ~」

「はいはい、あと少しだから待っててね」


 母親が返すと、二人は一緒に「は~い」と返事した。

 奥の部屋ではテレビが昼のニュースを繰り返している。


『今朝、首都高に現れた魔獣ですが、突如、出現した魔法少女により、退治されました。今流れているのはその映像です……』


 調理を終えた母親がご飯を運んでくる。


「はい、出来ましたよ──」


 しかし、その料理が二人のもとに届くことはなかった。

 何故なら巨大な足がアパートを踏み抜いたからだ。

 バキィィィィィィン。

 ズドォォォォォォン。

 天井が崩落し、建物は一瞬で破壊された。

 とてつもない衝撃が襲ってきた後、姉の方が辛うじて目覚めた。


「はっ、いててて。いきなり何……ああっ」


 怪我をした頭を抑えて辺りを見回すと、建物の下敷きになった母親と弟を発見した。


「二人とも無事? ねえ、ねえ、ねえってば! お願いだから返事してってば」


 急いで駆けつけて、助け起こそうとするが、反応は何も返ってこなかった。

 もはや二人は還らぬ人になっていた。

 

「そんなのってないよ……」


 姉だった少女が絶望に囚われていると、巨大な振動を関知した。

 ズスゥゥゥゥン。

 ズスゥゥゥゥン。


「この地鳴りは何?」


 床の穴に注意して、廊下までやって来ると、ついにその姿を目撃した。


「あれは……」


 その目には町で暴れる巨大な鮫型の魔獣が映されていた。


「魔獣……じゃあ、二人があんな目に遭ったのはあいつのせいってこと?

 ……許せない! 絶対に復讐してやる」


 少女は恐ろしい憎悪に支配されていた。


*     *     *


「いってぇな」


 みもりんはぶたれた箇所に手で触れた。

 そこがひりひりと傷んで仕方なかったからだ。

 穂乃花と理子と別れた後、みもりんは住宅街をぷらぷらしていた。

 目的地なんてなく、放浪の旅を続けていた。


「ああ、腹が立って仕方ない

 くそっ、どうやってこのイライラを発散させようか……」


 バシンッと拳と掌を打ち鳴らすと、脇道から少女が飛び出してきた。

 二人は間一髪、ぶつかることはなかったが、少女がみもりんに気づいた。  

 その顔を見た途端、ニュース・・・・の人物と一致していることが判明したからだ。

 少女の反応をみもりんは訝しんだ。


「ん?」

「あなたは魔法少女ですよね?」

「……どうして分かった?」

「ニュースで見ました」

「へえ、そう」


 みもりんはご機嫌斜めに返した。

 一方、少女は激しく頼み込む。


「それより大変なんです。今、魔獣が現れて、町を襲っているんです。助けて下さい」


 精一杯のお願いをみもりんは冷たく一蹴した。


「はあ、断る」

「な、何故ですか?」

「生憎、今はお願いとか聞いてる場合じゃないから」

「そ、そんな……魔法少女なのにどうして?」


 てっきり頼めばなんでもやってくれる、と考えていた少女は沈んだ気持ちになる。

 そんな無知な相手にみもりんは教師のように諭した。


「魔法少女の皆が皆、優しいとは限らないってこと」

「お願いです、なんでもしますから」

「じゃあ、これ」


 そう言うと、みもりんはお得意の手を差し出した。


「なんですか、その手は?」

「お金に決まってるじゃん。お金くれれば戦ってあげないこともないけど」

「お金……」


 少女は自分の持ち金について考えるが、みもりんはさらに付け加えた。


「言っとくけど、はした金じゃ駄目だからね。最低でも100万からじゃないと」

「……そんな大金、持ってないです!」

「じゃあ、この話はここで終わり」


 話の打ちきりを宣言するが、少女はなおもしつこく頼み込んだ。


「お願いします、二人のためにも」

「二人?」


 しまった!

 少女ははっとしたが、もう後の祭りだった。

 今さら隠すことは不自然だ。

 だからもう相手に全てを話してしまおうと覚悟を決めた。


「……本当のことをお話します。私のお母さんと弟は魔獣にやられました。だから私はその復讐がしたくて、あなたに頼みました」

「つまり、個人的な恨みを晴らしたいわけ?」

「はい、わがままなのは分かっていますが、お願いします」


 腰を直角に曲げて、懇願する。

 それでもみもりんの心が変わることはなかった。


「それでも駄目。やっぱり金がないと」

「そんな……」


 少女は絶望の谷に突き落とされた。

 そんな相手の様子を見て、感慨深く思った。

 ああ、その絶望した表情、あのときの私にそっくりだ。だけど、助けてあげない。せいぜいお金がなかった自分を恨みなよ、と。

 続いて父親の姿がフラッシュバックする。 少女を置いて、みもりんは通り過ぎようとすると、穂乃花の言葉が頭の中に蘇った。 


『それになんやかんや文句を言われても、弱いやつを守るのが強いやつの責任でしょ』


 みもりんは父親を葬ったヤクザ連中のことを思い出した。

 そして、こう思った。 

 私はあいつらとは違う、と。


「?」


 少女が顔を上げると、目の前にみもりんが立ち尽くしていた。


「いいよ、やってあげる。イライラ解消ついでにね」


 腕をポキポキと鳴らしたみもりんは変身すると、魔獣のいる方角へ飛んでいった。

 町を蹂躙していた鮫型の魔獣はみもりんの接近に気づくと、口から勢いよく水を噴射した。

 みもりんはそれを超高速移動でかわして、魔獣の両腕によるパンチもそれぞれよけていく。

 頭の上までやってくると、魔力を込めた一撃を脳天に叩き込んだ。

 それを食らった魔獣は白目を剥いて、大きな音と共に倒れこんだ。


 少女のもとにみもりんが帰還すると、感謝を伝えられた。


「ありがとう、お姉ちゃん」


 曇りのない、純粋な笑顔。

 そんな顔に対して、みもりんはデコピンした。 


「勘違いするなよ、これはツケだからな、ツケ」

「ツケ?」

「そうだ。つまり、借金のことだ。だからいつか払ってもらうからな」


 少女の胸をトンとするみもりん。

 少女はそれに喜んで答えた。 


「うん、約束する」

「分かったならよし」


 最後に少女はみもりんに質問を投げかけた。


「お姉ちゃん、名前は?」

「みもりん」

「みもりん?」

「それが魔法少女としての私の名前」


 みもりんはフンと笑って答えた。

 その魔法少女の名前を少女はきっと忘れることはないだろう。

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