episode35

「……チャンス?」

「そうチャンスだ。これをクリア出来たのなら今日のところはなにもせずに見逃してやる」

「!」


 少し反応したな。

 さぁ、素直に乗るか乗らないか。


「どうだ?お前にとってはいい話だろう?」

「……なにを、クリアしたらいいの?」


 食いついた。


「大した事じゃない。言ったら下らないクイズさ」

「クイズ?」

「あぁ、俺は今からこのビルの端からお前に最後の攻撃をするためにゆっくりと・・・・お前に近づく。お前は俺がどこから攻撃するか当てるんだ」

「そ、それだけ?そんな、ハンデをつけての簡単な?」

「あぁ、たったそれだけ。簡単だろう?」


 動揺は見える。

 だがそれは恐れじゃない。

 俺が実は自分を端から見逃してくれる気だったと都合の良い勘違いしているからだ。


「いいよ。その遊びに乗ってあげる」


 ほらこの通り。

 自分は助かると俺は甘ちゃんだと思って強気な態度だ。


「決まりだな」


 穴の開いた屋上の中心近くに鈴森を残して出入り口前まで行くと屋上端をそって走ったり跳躍して一度姿を消す。


 さぁ、とっておきをくれてやろう。


 おもわず涙が出るくらいのを。


〜〜〜〜〜


 屋上で起こっている状況を横のビルの屋上から翼は山の頂上から遠くを眺めるような仕草をして楽しそうに笑う。


「はは、静希くんも中々エグいお仕置き思いつくなぁ」


 距離にしたら数百メートルの距離。

 普通なら声など聞こえない。この場に居ない特殊な人間である弥勒と桔梗ですら聞くと事は出来ないが電獣となるとギリギリ可能である。

 

 しかし聞こえてはいても会話の意味が分かっていない者が一人、人間態の姿に戻った名無しは首を傾げる。


「し、静希くんのあれはいったいなんの意味が?」

「あれ?名無しちゃんでもわからない?」


 名無しの言葉に嬉しそうに反応する翼。

 

「は、はい……今は撹乱するために姿を消しているのはわかりますが……結局ゆっくりと近づくのならあの動きに意味なんて……」

「ところがどっこい!意味はあるんだな〜これが」

「ほ、星宮さんは分かるんですか?し、静希くんがなにをしようとしてるのか……」

「勿論ーーて、説明する前に聞いてもいい?」

「は、はい?なんですか?」


 翼は首を傾げる名無しを真似るように同じ方に首を傾げる。


「なんで君は救急車で運ばれて行ったあのどうしようもないお父さんと行かなかったの?もうないとは思うけど電獣や死獣に襲われるかもと考えたら弥勒と桔梗だけじゃ心許ないでしょう?」

 

 先に言った通り翼は銀達の会話はしっかりと聞こえていた。だからこそ。知っている。

 杏の出した選択に対して名無しが父親と銀の命のどちらを取るかで揺れていた事に。


 それがどうだろう?

 翼が救急車を呼ぶと名無しは付き添う事を拒否し護衛目的の二人だけが行ってしまった。


 どうにも言動が矛盾している。

 人の反応を見るのが好きな翼としては気になって仕方ない。


「気になってたんだ。君の行動の不可解さが」

「そう、ですね……確かに、見る人が見れば不可解ですよね」

「先に言っておくけど責めてるわけじゃないんだよ?これはあくまで私の好奇心。だから答えるも答えないも名無しちゃんの自由だよ……まぁ、残念ではあるけれど」


 苦笑いを浮かべる翼。


 だが内心日を見てまた聞く気満々である。


 それに対して名無しは気を使われたと思い申し訳なさから少し顔を伏せた後口を開く。


「居ない方が……いいと思ったんです。私は」

「どういうこと?」

「私の存在は、お父さんにとって良くも悪くも毒なんです。存在が伏せられてる間は益になってダメにして、世間に明るみになれば人生の破滅させるような……猛毒」

「猛毒、ね。言い得て妙だけど……その通りなのかもね」


 あの父親が最初からクズなのを抜きにして、今現在ものうのうと生きているのは名無しちゃんが原因なのは確かだ。

 なにしろ彼女の存在自体がお金になる。

 自分で稼いでくるし借金の担保にもなるのだから性根の腐ったクズをより酷いクズに変える毒だ。

 

「で、名無しちゃんはその毒である自分の存在をお父さんから遠ざけてどうするの?あのお父さんや君が生きている限り結局同じ事の繰り返しじゃないの?」


 名無しは親だから父親を見捨てられない。

 父親は金になるから名無しを手放さない。


 互いの感情が歪に結びついている限りは本当にただの繰り返し。

 すると名無しは悲しそうに空を見上げる。


「私、今日お父さんを人質に取られて気づいたんです……心のどこかでお父さんなんて死んでもいいと思ってるって」


 その言葉を聞き翼は思わず目を丸くする。


「薄情な娘ですよね。親に対してこんな事を思うなんて」

「いや、薄情っていうより、これまでの経緯を考えるとそう思って当然というか、寧ろもっとこう……私があのクズをぶっ殺す!てっ、思ってもおかしくないんだけど……」

「え?そ、そうなんでしょうか?」


 殺したいとまでは思った事もないと顔に書いてある名無しを見て翼は聖人って実在するんだと思いつつも話を進める。


「あー……うん、まぁ、それはいいとして。結局どうするの?まさか父親のためにこの後自殺するなんて嫌な終わり方するなんて言わないよね」

「いえ、私に自殺する度胸なてありません……ただ、この街から姿を消そうかと」


 名無しのその言葉を聞き呆気に取られていた翼は顔を少し険しいものへと変える。


「な、なんですか?」

「名無しちゃん。私はね、基本人の反応を見るのが好きだから人が自分で決めた事にとやかく言うつもりはないんだ」

「は、はい?」

「でも今回は言わせてもらう」


 翼は名無しに歩み寄ると両手を名無しの頬に添えて真っ直ぐ目を合わせる。


「それは偽善にもならないゴミ以下の決心だよ」


 突然翼がそう言い名無しは訳が分からず固まると翼は名無しの頬をつまみ痛みで無理矢理意識を戻させる。


「いい?今名無しちゃんは好きでもない父親の人生のために自分を犠牲にするって言ったの?わかる?」


 名無しは慌てて首を振る。


 すると翼は悲しそうに瞳を伏せる。


「それはダメだよ。そんな不幸せな選択じゃ誰も、自分すら幸せに出来ない」

「で、でも……」

「君のこれまでの人生の中で会った、君が心から好きな人達も今の君の決心を聞いたらきっと同じことを言うよ」

「ーー」

「時間はいくらでもある。なければ私や彼がいくらでも守って作ってあげる。だから、自分が本当に大事に出来る答えを選びなさい」


 そう言って顔を離すと翼はビルの上で今まさにお仕置きを決行しようとする銀の姿があった。

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