episode34
顔に鋭い痛みが走った次の瞬間意識が途切れる。
しかし数秒後に背中に痛みが走り落ちていた意識が戻る。
すると視界に広がるのはやけに近いまだ乾き切ってない生々しく濡れた赤い天井。
わたし、なんで天井なんて見てるんだろう……というかさっきまで何してたんだけ?
たしか、死獣達を囮にして逃げようとし……ーーっ!
悠長に思い出す暇はなかった。
楽しい夢から残酷な現実に引き戻す様に凄まじい殺気が今の私の状況を思い出させた。
私は彼に顔面を殴られたのだ。
「この状態はまずい……!」
このまま落ちれば下で待ち構える静希くんにもう一発もらう事になる。
だから私は天井に足を差し込み落下しない様に張り付くと下で待ち構えていた青い目を光らせる獣人の姿を見る。
「狸のくせしてヤモリの真似事か?」
やる気のなさそうな声だがそれとは裏腹に立ち姿は油断も隙もない。
改めて見ると本当にヤバイ。
獣化態の時に与えた欠損なんかは獣人態に上書きした時に全回復してる。
でもなによりヤバイのはその異常な強さ。
レベルシステムの消えた今で例えるなら私が獣化態の時のレベルが5だとすると獣人態の時のレベルは20に上がった。
でも静希くんの場合の獣化態のレベルが10だったとし獣人態になった時のレベルは50ーーより上だ。
「っ……化け物め!」
どうする?あの化け物から逃げるなんてどうやたって出来るはずないもない。
かと言って戦うなんてもっと論外。
「戦ってる最中に考え事か?余裕だな」
「っ!」
影しか捉えられない速さで距離を詰めてくると拳による攻撃を放たれるーーが、しかし私はすんでのとろこでガードする。
動きはやっぱり速い……けど攻撃の速度や威力は思った程じゃない!
その証拠に片腕でも十分対応出来ている。
なら攻防の中で一撃だけ貰う覚悟さえすれば私は攻撃に転じられる!
「ぐっ、っっ!」
耐えろ耐えろ!
耐え抜いて機をうかがえ!
この攻防の中、攻撃を受けて問題なく反撃に転じられる機を。
そうやって幾度も耐え続ける。
耐えて耐えて耐えて……そして!
攻撃のスピードが落ちてきた!それに今から打ってくるのは左手!今だ!今がチャンスだ!
私の顔面目掛けて打ち上げるように放たれているこの拳をわざと顔で受け流し、クロスカウンターの様に残った右手と体全部で静希くんを押し倒し一気に仕留める。
完璧な作戦だ。
向かってくる拳に意識を集中し右手を構えて待つ。
ーーしかし。
「な」
私に当たる筈だった拳が消える。
いや、拳だけじゃなく相手の姿が丸々私の視界から忽然と消え去る。
「そんな……殆ど距離なんてないこの間合いで見失った?」
距離を詰めてきた時はどっちに移動したか影が見えていたのだ。
なのに今のは影も形も見えなかった。
絶対見失う筈のないこの距離でだ。
下を慌てて見まわす。
しかし何処にも姿はない。
「いったいどこにーー」
背後の方で小石がひとつ落ちる音がした。
私は背後を見ようとするのだが次の瞬間、首に見覚えのある灰色の毛むくじゃらが音もなく巻きつきゆっくりと締め上げ動けなくなる。
っ、こ、これは尻尾!?
尻尾をこんな使い方するなんてーーいや、そんな事よりも一体いつ私の背後に!?
「どうして勘違いしたんだろうな」
「っ!?」
「いや、この場合はどうして忘れてたんだろうな方が正しいか」
「っ、な、なにを……!」
「お前、俺が獣人態になってからやった最初の攻撃まったく見えてなかったろう?なのになんで俺の攻撃に対してカウンター狙いの作戦が失敗したり姿を見失った程度で驚くんだ?」
「っ!?」
全て見透かされていた。
そしてその通りだ。
私はなにを勘違いをー!いや、違う。
「っ……わざと、手抜き手を……!」
私と静希くんの力の差は歴然。
なのに私がこうして勝てるかもと思ってしまったのは静希くんが敢えて手を抜き思考を誘導されたからだ。
「さぁ、どうだろ……でも一つだけ言えるのは忘れてようがなくても結果は変わらないって事だけだ」
「っ!な、なにをーー」
尻尾が私の体を持ち上げる。
足が完全に天井から抜けるほど持ち上げ頭がもう地面スレスレになると尻尾はそこから勢いをつけて私を元居た天井に叩きつけた。
「ーーかはっ!」
痛みを感じると意識が最初の時のように飛ぶ。
しかし次の瞬間さっきと同じ痛みを感じ意識が戻る。
「たかだか二回気を失って終わりなんて、生ぬるい終わり方は許さねぇよ」
「ーーっ!ま、まってーー」
再び痛み共に意識が飛ぶ。
そして再び痛みを感じ戻る。
「たかだか二回ぶつけた程度で壊れるなんて随分と手抜き工事をしたんだな。此処」
天地の向きは元通り。
床には大量の瓦礫が散乱しておりどうやら言葉を信じるなら天井は私を叩きつけられ崩落してしまったようだ。
助かった。これでもう終わりーー。
「まぁいいか。天井は二枚ある事だし」
死刑続行を宣告された。
なぁに、ギロチンが一つ壊れても代わりはいくつもあると言わんばかりに。
私はなんとか逃れようともがくが抵抗など意に介さない静希くんは私を連れて真っさらな天井が見える上の階に空いた穴を使って向かう。
〜〜〜〜〜
鈴森を天井に叩きつけ続ける事数分が経過し今はもう叩きつける天井はなく赤と黒の同居する薄暗くなった空しかない。
「もうこんな暗くなってたのか。遊びに夢中になると時間を忘れるのは子供の頃からの悪い癖だな」
返答はない。
「なぁ、お前も覚えはないか?子供の頃に時間を忘れて遊んだって経験」
風の音しか聞こえない。
「あぁ、でも。お前みたいな奴の場合は悪さして家の外に放り出された経験の方があるのかな……なぁ鈴森」
尻尾で吊るしたボロボロの鈴森に語りかけるがやはり返答はなく風の音しか聞こえない。
「まったく、まだとっておきが残ってるのにもうグロッキーなんて情けないな」
このまま叩き起こしかつとっておきを喰らわすという意味でいっぺんにやってもいいが、正直それでは本当に生ぬるい。
人を殺したり卑怯な手を使う鈴森にはもっと苦しんでもらいたい。
そこで俺はしばらく考えていると妙案が浮かぶ。
これなら文句なし!
そうと決まれば善は急げだ!
尻尾での拘束を解くと鈴森を地面の上に転がし軽く頭を小突いて鈴森を起こす。
「うっ、まだ、私いきてる?どうして……」
「なんだ?死んでる方がよかったのか?」
「ーーっ!?」
俺の声を聞くなり慌ててこっちを見ると鈴森は臨戦体制をとる。
「お前にチャンスをやる」
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