episode33

 これは、なに?


 私の視線の先。

 私の腕を掴む何かを見る。


 ドット?ラグ?いや、電気?光……ーー!?


 この時私は気づいた。いや思い出した。


上書きオーバーライド!?」

 

 私達電獣が人間態から獣化態へなどの姿を変える最中に体を包む光。

 変身後のイメージが強過ぎるせいか馴染みのあるせいか一瞬では気づけなかった。


 しかしこの光が上書きによるものだとするならその発生源の候補は一人だけ。


 さらに言うならその人物が上書きしているとするなら私にとっては非常に良くない事態である事から事実かどうか確かめるために私は顔を動かし左の方を見る。


「……まったく、よくもまぁ人の事を悪趣味なんて言えるよ。君の方がよっぽど悪趣味じゃないか」


 左に居るべきはボロボロの獣。

 しかしそこに立って私の手を掴んでいるのは獣ではなく全身光に包まれた人間サイズのナニか。

 

 正体は分かっている。

 だがそれでもこのナニかは私と同じ見えないし思えない。


 掴まれた腕は引くも押すも出来ない。

 まるで万力に締め上げられているの様に。


「俺の方が悪趣味か」


 私の腕を掴むナニかは喋った。

 酷く静かな声で。


「俺はな、スリルも戦いも好きなんだよ」

「……は?」

「自分自身が死ぬかもしれない位に強い奴や同等の相手との戦いは特にだ」

「なにを言って……」

「だからな。途中でバックれたり悪趣味な方法なんかで水をさされるのは……」

「ーー」


 体から血の気が引き死を感じた。

 

 どうしてこの時上書きが完全に終わる前に自身の腕や真を捨ててでも逃げなかったのか……いや、まず最初に異常と感じた時に逃げていればと。


 まぁ、全て後の祭り。

 私は踏んではならない狼の尾を踏んだのだから。


「……我慢ならないんだよ」


 そう言った次の瞬間わたしの右手は地面に落ちた。


 しかしそれに気がつかず私は光の中から現れた青い目を光らせる美しくも恐ろしい鋼の獣人に目を奪われていたのだ。


〜〜〜〜〜


 ガタンと、音をたてて腕が落ちて数秒経過してから鈴森は痛みでその場にうずくまり俺は解放された名無しが地面に落ちる前にキャッチする。


「静希くん……」


 驚いた様な困った様な顔をする名無し。


 まぁ驚くのも無理はないだろう。

 さっきまで手も足も出ずボロボロの姿を晒していたのだし、今はこの姿なのだから。


「第2フェーズに、到達してたんだすか?」

「まぁ、一応……」

「え、えーと、こんな事を聞くのはあれですけど……最初からその姿になってればよかったんじゃ……」

「仰る通り」

「じゃ、じゃあどうして?」

「……さっき鈴木に言ったよな。俺は自分より強いか同等の奴と戦うのが好きだって」

「はい、確かに言いました……え、つまり」

「うん、まぁそういうこと」

「ーー」


 鳩が豆鉄砲を食ったようポカンとする名無し。


 まぁ普通の考えの奴が聞けば訳が分からずこんなリアクションをとるよな。

 これに限って言えば俺の方が異常なのだから。

 

 名無しを戦いの邪魔にならない壁の端におろすとうずくまる鈴森ではなく死獣に囲まれているクズの方を見る。


「正直に言うぞ。俺はお前のクズ親父なんて助けたくない。むしろこの騒ぎに巻きこまれて死ねばいいとさえ思ってる」

「……」

「お前はどうなんだ?」


 実の娘であり一番の被害者。

 そしてこの時この場に至っても見捨てるかどうかを躊躇したのだから俺と考え方が違うのは明白。


 だが本心からどうしたいのかを聞きたい。


「私は……」


 死獣達に囲まれる自身の父親を複雑そうに顔を歪めながら見る名無し。


「もう一度言うけど俺は助けたくない」

「っ……」


 もう少ししたら鈴森は持ち直す。

 そうなれば鈴森は死獣に命令を下し俺に襲い掛かる。そして腹立たしい事に人質として有効・・なあのクズ親父を盾にするだろう。


「わ、わたしは……」


 頭がぐちゃぐちゃになって考えがまとまらないって感じだな……はぁ、黙って待っているのも気分が悪い。お節介だが少しばかり助言でもするか。


「なぁ、名無し。病院でのこと覚えてるか?」

「え」

「死獣に襲われそうになってた顔も名前も知らない星宮と子供を助けた時のやつ」

「は、はい。お、覚えてますけど……?」

「あの時お前は一般人だから助けたのか?それとも女子供だからか?」

「い、いえ」

「ならもしあの時あそこに居たのが極悪非道で有名な指名手配犯だったのならどうした?」

「多分、助けたと思います」

  

 即答か。ほんとお人好しだな。

 なら次が最後で大丈夫そうだ。


「なら例えのどんな極悪非道な指名手配犯とあのクズにさしたる違いはあるか?」


 その言葉に名無しの顔から一瞬表情が消える。しかし数秒後には歯を食いしばって疲れた体をなんとか立ち上がらせ走り出す。

 

 俺の横を通り過ぎて行った名無しの顔にさっきまでの迷いはない。

 

「まったく、お人好しもあそこまでいけば一級品だよ」


 後ろを振り返ると獣化態へとなった名無しが死獣達を蹴散らしクズ親父を守る様に前に立ちはだかる。


「そしてあくまで戦うためじゃなく守るために力を振るうか」


 死獣は一体も死んでおらずあくまで攻撃してくるのを弾き飛ばす程度に留めている。

 いや、戦いが苦手なのもあるから詰めが甘いのかもしれないが。

 まぁどちらにしろ些細なことだ。


 一人の人間が自身の望む事、本能に従い守る事を選んだんだ。

 その頑張りに免じて後少し助けてみよう。


 その場から移動し名無しの前に立つと驚いた死獣達をいっぺんに弾き飛ばす。


「近くに星宮達がいる。そこまで行けばひとまず此処よりは安全だ」

「!」


 名無しは俺が何を言いたいのか即座に理解した。

 クズ親父を急いで自分の背中に乗せ俺に頭を下げるとこの場を後にする。


 残ったのは俺と死獣。そして……。


「優しいことするじゃん」


 片腕のない鈴森だけ。


「戦うのが苦手だった女に戦う事を強要したんだ。優しいかそうでないかで言えば優しくはないだろうさ」


 鈴森は指を鳴らす。

 するとふっ飛ばされていた死獣達は急いで鈴木の元へと集まり俺を威嚇する。


「私、今回はもう帰ろうと思うんだけど見逃してくれる気は?」

「ダメだ。二度と下衆な手を使おうと思えないくらいにぶっ飛ばさないと俺の気がすまない」

「はぁ、だと思った……殺せ」


 号令と共に死獣は一斉に俺へ襲い掛かる。

 その隙に乗じて鈴木はこの場から逃走しようと動き出す。


 なので死獣を瞬殺すると逃げようとしていた鈴森を捕まえ顔面目掛けて拳を叩き込む。

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