episode32
家族間における父親とはなんだろう。
家族という群れの絶対的存在?
家族間なら何を許しても許される存在?
金を稼いでくれるだけの存在?
はたまた我儘を聞いてくれる都合の良い存在?
どれも違う。
父親とは守る存在だ。
愛するべき家族を何者からも守る存在。
少なくとも俺は自身の父親を見てそう思っている。例え日常生活で起きる些細な気に食わないところがあったとしてもだ。
だがあの香川家の父親はそうではない。
家族は他人であり道具。
父親の資格以前に人として最悪のクズ。
そんな人間と自分の命、どちらを取るかと聞かれれば答えなど一つしかない。
なのに名無しは……。
「お、お父さん……」
目に見えて動揺していた。
信じられない事に名無しは迷っている。
父親という肩書きで理不尽をしいていたこの男の命を助けるかどうかを。
「……名無し」
「静希くん……わ、わたし……」
迷う必要なんてない。
見捨ててしまえ。
このクズの呪縛から解放され楽になってしまえばいい。
そう言えばいいのに言えない。
何故なら俺は香川家に関しては完全に部外者だ。何を言ったところだ名無しの迷いをどうにかする事は出来ない。名無し自身が答えを出すいがいに解決策はない。
「やっぱり真は迷うよね。助ける事に意味も価値もないと分かっていてもあんたは見捨てられない」
「あく、趣味め」
「私としても君達を手に入れるために必死なんだよ」
鈴森は足元に転がるクズ親父を足で軽く小突くとクソ親父はうめき声を漏らす。
「……悪党やってる私でも正直こいつはどうかと思うよ。金なんかのために妻や子供を殺して娘を借金の担保にして今日までのうのうと生きてるこいつは」
「なら、どうして……」
「殺さなかったかって?殺すタイミングじゃなかったのもあるけど一番は足枷になるから」
「あし、かせだと?」
「そう、この出し難い程の博愛主義者のね」
「っ……本当に、悪……しゅみな、奴」
ああ、なんて度し難い程丈夫な足枷だ。
しかも鉄球のついた足枷並みの重量とまできた。
対象の善性を利用した足枷。
足枷自体はなんの価値のないゴミだったとしても作用する悪趣味な足枷……いや、名無しの人生を縛っている事から考えると鎖か。
「それでどっちが死ぬ?」
そう言って鈴森は手に力を込めると首回りの装甲がミシミシと音を上げ割れていく。
「ぐっ……」
「静希くん!」
「静希くんか、それとも……」
鈴森は足元のクズ親父の腕を踏みつける。
ゆっくりゆっくり力を加えながら。
「お父さん!」
「……このクズか。どっち?」
〜〜〜〜〜
別のビルの一室から向かいのビルの様子を見る翼と桔梗。
「これは、まずいですよお嬢様」
「……」
「敵に歯が立たないだけならまだしもあんな選択を迫られては静希くんはもう……」
殺されるにしろ命乞いして敵に回るにしろ鈴森はエレメントという明確に翼と敵対する組織の一員。どうなろうと翼にとっては害にしかならない。
それがわかるからこそ桔梗は言う。
「逃げましょうお嬢様」
「……逃げる?どうして?」
「分かっているでしょう?これは紛れもない負け。なら最悪の事態を想定しこの場からーーいえ、この街から逃げるべきです」
「ふーん……それで?」
「そ、それでって……」
駄々をこねないでくださいと口に出そうとした桔梗だったが耐える。
お嬢様にとって静希は大きい存在。
それこそ我々やご両親以上に。
そんな存在を見捨てて逃げる事に抵抗があるのは当然だ……だがそれでも。
言わなくていけない。
例えそれで翼の逆鱗に触れ殺される事になろうとも。
静希銀を見捨てようと。
「お嬢様……静希くんをーー」
「ーー静希銀を見捨てましょう」
どこからともなく現れてそう言ったのは弥勒だった。
「お嬢様。お辛いお気持ちはわかります。ですが私達が守りたいのは彼ではなく貴女なんです。だから、どうか」
深々と頭を下げて嘆願する弥勒。
言わないといけない事を先に言われ口を閉じた桔梗は一度も振り返らず黙って銀達を見ている翼の方を見る。
沈黙すること数秒、翼はゆっくりとした動きで弥勒達の方を向くと桔梗から弥勒へと視線を向けたあと目を瞑り二人は翼の言葉を待つ。
しかし翼の放った言葉は予想外のものだった。
「はぁ……分かってないな」
スポーツなどの古参ファンが得意顔でまだ何も知らない新参ファンに語る様なその言い方に二人は目を丸くする。
「まだ終わってないのに尻尾をまく準備なんて早すぎるよ」
「お、終わってないって、でもお嬢様……」
「あれは、どう見ましても……」
二人は何度も銀達の方を見る。
しかしそれでも尚翼の態度は変わらない。
「あの鈴森杏って女は地雷を踏んだんだよ」
言葉の意味がわからない二人は互いに顔を見合わせる。
一人訳知り顔をし再び銀達の方に目を向ける翼は心底杏に同情をし笑う。
「卑怯な手を使うなら最初から使ってればいいものを……中途半端に正面切ってPVPなんかするから余計恐ろしいモノを見る羽目になるんだよ」
〜〜〜〜〜
「さぁ、どうする?私も暇じゃないんだから早く決めてよね」
「そ、そんな事言われても……」
息遣いが荒くなり始める名無し。
「んー、このままじゃ埒があかない……よし!もうこの選択肢は止めよう!」
「!」
途端に閃いたとばかりにそう言う鈴森に名無しは本当かとばかりに鈴森を凝視する。
だがそれは決して名無しの期待するものなのではない。
「二人とも連れて行くとしてこいつは……ふっ、普通に考えて要らないよね」
「!?」
笑いながらそう言う鈴森と目を見開く名無し。
鈴森はクズ親父に蹴りを入れて転がした後指を一回鳴らす。するとどここらもともなく死獣が五匹現れる。
「さぁ皆んなおやつだよ。ゴミ以下の魂だろうけど我慢してね」
「どうして!?お父さんを殺す必要なんて……!?」
「いやいや、生かす理由もないでしょう?」
「それは……!」
「ほら言葉が続かない。本当は分かってるんでしょう?こいつは生きる価値もないってさ」
「そ、そんな事ない!死んでいい人なんてこの世界には一人だっていない!」
「……それ、本気で言ってるの?」
「えーーぐっ!?」
急に雰囲気が不機嫌なものに変わった鈴森は名無しを持ち上げる。
「死んでいい人間は一人だっていない?バカなこと言わないでよ。死んでいい人間なんてこの世界には腐るほどいる。あんたがそれをわからない筈ないでしょう?ねぇ?」
「うっ……!?」
「ねぇなんで黙ってるの?答えてよ……答えろって言ってんのよ!?」
「っ……」
「はぁ……もういいや。そんなにこの親父が死ぬのが嫌ならせめてあんたも一緒に餌になればいいよ……ただし」
胸ぐらから首に持ち替える。
「死肉になってからだけどね」
冷たい声と共に名無しの細い首をへし折ろうと力を込め始める。
ーーしかし。
「ーーえ」
鈴森は力を入れるのを止めて見た。
自身の今まさに名無しの首をへし折ろうとしていた右手。それを掴む不定形な何かを。
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