episode30

「ぐっ!?なんなの急に……!」

「おらおらどうした!?そんなんじゃ俺を殺すなんて出来ねぇぞ!!」

「ちっ!舐めんなぁ!!」


 轟く戦闘音と声。

 一室に取り残された翼は鼻歌混じりに隣ろに立つ桔梗に声をかける。


「さて、一先ずビルの中の連中は避難させたし静希くんがお楽しみの間に私達はとっととこの建物から離れようか。動ける桔梗?」

「は、はい……」

「ん?どうかした?」

「……お嬢様。彼は、静希くんはどうしたのですか?まるで、その、ハイになったみたいに……」


 普段の若干の言葉遣いの荒さからそれなりにテンションが高くなると言葉はそれなりにキツくなるのだろうと予想していた。

 しかし今の状況のどこにそれ程までにテンションが上がる要素があったのか分からない。


「今の彼はまるで命のやりとりを楽しんでいるようです……」

「あはは、それを聞くとまるで狂人だね」

「いや、事実そうなのですが……」

  

 桔梗の様子に笑う翼。


「まぁ、人には色々あるって事だよ」

「それはどういうーー!」


 桔梗はポケットから鳴るスマホを取り出す。


「弥勒から電話ですね」

「弥勒から?はてはて、一体どうしたんだろうね」

「出て良いですか?」

「勿論」


 許可をえて電話に出る。

 通話に対して何事もなく淡々と相槌をうつ弥勒。しかし数秒後その表情は歪み通話が終了する。


 その様子を黙って見ていた翼は流石に只事ではないと察し目を細める。


「何があったの」

「……お嬢様が命じられていた要警護者が、連れ去られました」

「……はぁ、敵もそうそう甘くないか」


 流石に油断したと思いつつ翼はチラリと視線を銀が戦っている方に向ける。


「さて、なにが目的なのかな」


〜〜〜〜〜


 戦闘が始まって数分、鈴森の動きは中々だった。


 俺が何度距離を詰めて攻撃をくらわしてもすんでのところで受け流しすぐさま距離をとったり出来る時は反撃をしっかりしてくる。

 これまでやり合った死獣は一撃与えて終わりだったし大変歯応えがあっていい。


 ーーだがそれだけだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息を切らし俺から距離をとっている鈴森。


「威力に速力。そのどれも俺を殺せるものじゃないな」


 威力は俺がやや上。

 速力に至っては話にもならない。


 最初こそはどうにかこうにか対応していたが今は守備に回りきっているし体力も着実に削れてきている。

 あと攻撃を10回もしない内に鈴森は勝手に負けるだろう。


「はぁ、はぁ……ふん、そうだね。悔しいけどあんたの言う通り」


 なのにどうしてだろう。

 結果だけ見ていたら俺が求めるスリルはない筈なのに鼓動は今も高鳴り続いている。


「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅー……本当に予想外だったよ」


 息が整うと同時に鈴木の雰囲気が変わった。


「まさか、第1フェーズ同士の戦いでここまでの差が出るなんて」

「フェーズが同じでも個体差が出るのは当然だろう」

「はは、確かにね……でも、そのフェーズが変わるとどうなると思う?」

「!」


 鈴森の体が人間態や獣化態に姿を変える時に放つ光と同じ光を放ち始める。

 だがそれはまったく同じなのではなくより強く圧迫感を感じさせるもの。


 何かあると思ったが、なるほど。これがあったのか。


「見せてあげるよ……第2フェーズ、電獣の本当の姿を!」


 光が完全に鈴森の姿を覆い隠すと数秒後に光は強く爆ぜる。

 ゆっくりと視界に広がった光が宙に溶けて消えていき俺の正面、鈴森が立っていた場所を凝視するとそこには居た。


 人も獣も超えた新たな人間、電獣。

 その真の姿といえる姿へと至った者が。


 堂々と二本の足で立つその姿は獣の特徴を少し残した人形、俗に云う獣人。

 だがその体を覆うのは毛皮や皮膚ではなく獣化態の時と同様に何にも傷付けられない鋼の装甲。


 そして獣の時には野生味のある凛々しさしか感じなかったが人形になると敵ながら美しく見えてしまう。

 

 しかしまぁそれも所詮初見の印象だ。


「マスク美人と似た様なもんだな」


 獣人態へと姿を変えた鈴森はゆっくりとした動きで周囲をみわたした後俺を見据える。


「この形態になると毎回思うけど不思議な気分がするよ」

「不思議な気分?」

「そう、獣化形態の時の高揚感とは違うもっと高い感じ……表現するなら全能感、かな」

「大層な言葉だな」

「実際そうなんだからしょうがないでしょう?それにあながち間違ってもないよ。君のその、興奮した尻尾を見ると」

「……」


 指をさして指摘する鈴森。


 そんな事は言われずとも分かってんだよ!

 でもどう隠そうとしても体が正直に反応するんだからしょうがねぇだろうが!


 恥ずかしさ好奇心に挟まれて大変だが今は気にしてる時間が惜しい。

 今はさっきまでの失望を払拭しこの興奮に見合ったスリルを与えてくれるかどうかを確かめたいのだ。


「そんじゃあその全能感が勘違いじゃないかどうか……見せてくれよ!」


 地面を蹴って距離を詰める。

 何も反応しない鈴森だが気にせず顔面目掛けて最初と同じように前足を振り下ろす。

  

「……へぇ」


 最初は軽く倒せた。

 だが今は倒れる事なく立っている。

 しかも装甲に傷一つない。


「ね、言った通りでしょう」

「みたいだなーー」


 俺の前足を払うと鈴森は体を軽く捻った後回し蹴りを俺のガラ空きの胴体に叩き込む。するとその威力で俺はふっ飛ばされ外壁を砕いて外へ放り出された。


 体を捻って回避したのに蹴りの余波だけでふっ飛ばされた。

 しかも当たってないのに装甲に少しヒビが入ってるとなると直で当たると致命傷レベルの威力か。


「ふ、ふふ……っ、はははははははは!やれば出来んじゃねぇか!!」


 落下する俺を追って飛び降りる鈴森。


「この姿になったんだから後悔をさせるつもりはないよ」

「そいつはありがてぇ話だ!さぁ、こっからが正真正銘のスリル増し増しの戦いだ!とことんやろうぜ!!」


 空中で攻撃を躱しながら地上に着地すると間髪入れずに突撃し攻勢に出る。

 だが俺の与える攻撃は一切効かず敵が俺に与える攻撃は一撃必殺。


 勝敗の天秤は完全に相手に向いた。


 あぁ、そうだ……これだ、これなんだよ。

 俺が求めてたスリルってのは。


「はは」

「っ、笑うな!」

「ぐっ……ははは」


 敵の攻撃が掠るたびに痛みが走り着々と俺は死に近づいていく。


 恐怖がないわけじゃない。

 だがそれ以上に嬉しいのだから笑ってもしかたない。


「嗚呼、今日が死に時なのかな」

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