episode28

「……エレメント?」


 聞き慣れない名称に桔梗は眉を顰める。 

 すると翼は変わらず退屈そうに桔梗に説明する。


「エレメントっていうのは簡単に言えば悪の秘密結社・・・・・・の事だよ」

「……悪の秘密結社」

「表の世界には決して存在を出さず裏の世界でも滅多に姿を出さず自分達は他所の組織の裏で糸を引く。正に秘密結社……の筈なんだけど」


 翼は目を細めて杏の方を向く。


「どうして今回に限っては表に姿を現したのかな?秘密なら秘密らしく慎ましく活動してればいいのに」


 その翼の態度に桔梗は驚く。


 いつもの人当たりの良い態度が完全に消え今の態度は嫌悪感に満ちた誰がどう見ても敵に対する接し方だからだ。


 だが杏は翼の態度など意に介さず鼻で笑う。


「貴女が此処にいて私が此処にいる。それだけで答えになってると思わない?」


 ピシッと突然杏の背後の窓に亀裂が走りこの場に居る。翼以外全員の心臓がビクッとする。


 静かに翼はソファーから立ち上がる。


「それは、開戦と受け取っていいのかな?」


 翼の一挙手一投足は脅し。

 放つ言葉の一つ一つはまるで周囲に剣を投げ同室に居る人間達を針の筵にする様で部屋を息苦しい空間へと変えていく。


 流石の杏もプレッシャーに押され余裕の笑みは苦笑いへと変わる。流石にこれ以上冗談を言えば自分が背後の窓の様になりかねないと確信して。


「香川真を貰いに来た」


 杏のその言葉に桔梗は目を丸くした。

 しかし数秒後には合点がいき納得する。

 佐々部達が執拗に名無しを狙っていた事にエレメントが組織の裏で糸を引いている組織であること。

 全てエレメントが名無しを手に入れるために仕組んだ事だったするなら。


「はぁ……君達のことだ。そんな理由だとは思ってたよ」

「……その言いぶり、もしかして最初から全部気づいてたの?」

「勿論。でなければ私の手の内であるこの街で死獣や電獣が絡んだ爆発事件なんか起きる筈ない」

「手の内ときたか……はぁ、上の懸念通りったってわけね」


 やれやれと首を横に振る杏。


「鈴森杏、君達の目的が名無しちゃんである事はわかった。なら君はわざわざこんな所に何をしに来たんだい?標的を取り逃した操り人形にお説教?それとも単に友人である佐々部くんを遊びに誘い来たとかかな?」

「残念。どれも違うね」

「なら、さっき書いた通り私に宣戦布告をしに来た?」

「それも違う。現時点で君にそんな事をしたら私は勿論エレメントも間違いなく消えるからね」

「なら何をしに?」

「そうだね。強いて言うなら……」


 杏はその場から歩き出すと机を挟んで翼の前で腰を抜かしている佐々部の元に寄ると冷たい視線で見下ろす。


「人の言う事に従わない奴へのケジメかな」


 杏にそう言われた佐々部は顔から滝の様に汗を流し始める。


「私は言ったよね。あんた達では対処不能もしくは妨害する何者かが現れたのならこっちで対処するって」


 杏のその言葉に何か弁明をしようとする佐々部。しかし彼は翼への恐怖の影響で未だ体はまともに動かず会話もできないでいた。


 しかし杏には端から佐々部と会話する気がないのか気にせず話し続ける。


「それなのにあんた達は何をやってんの?今近付いたら巻き込まれて死ぬ可能性があるって忠告したのに部下に真を攫わせてさ。穏便に済まそうとした私の計画が大無しじゃん」


 佐々部の顔色は青くなりまるで過呼吸の様になりながら必死に声を出そうとし続ける。最後のその時まで。


「はぁ……もういいや。だからせめて……」

「やめーー!」


 何をするのか一番初めに気づいた翼は杏を止めようとするが一歩遅かった。


杏はそう言った瞬間ヒビの入った窓ガラスを破って現れた死獣が杏を素通りし座り込む佐々部を襲った。


「この子の餌になりなよ」


 肉を咀嚼し骨を噛み砕く生々しい音が室内に響き渡る。


 その音で一人、吐瀉物を漏らす。


 血と肉片が撒き散らされ室内は赤に染まり人形だったものがみるみる食べカスへと変わる。


 その光景で四人人、吐瀉物を漏らす。


 煙草臭かった部屋が吐き気を催す鉄臭いに匂いへと変わる。


 その匂いで佐々部の手下の残り全員が吐瀉物を漏らした。


 地獄と化した部屋の中平常心を保つ三人の女達。その中の一人、翼は心底不愉快そうに杏を睨みつけ真っ先に言葉を発した。


「なんで殺したの」

「使えない駒は食わして問題ないからだけど?」


 どうしてそんな当たり前の事を聞くのかと言いたげに首を傾げる杏。


「友達だったんでしょう。だったら口止めや痛めつけるだけでもよかった筈でしょう」

「よくないよ?友達だろうと家族だろうと使えないなら餌。それが弱肉強食ってもんでしょう?」


 その杏の言葉に桔梗は杏の異常さを垣間見た。


 人間社会においても弱肉強食は確かに存在する。それは会社の上司や部下だったり学校の先輩や後輩、家族間の親や子だったりする。


 しかし杏のは明らかに違う。


 野生動物間における弱肉強食とも似ているとも思えるが実際は違う。

 何故なら動物間の弱肉強食は社会の定義であり絶対のルールだからだ。

 

 杏が言い行った弱肉強食とは上が下を一方的かつ理不尽な搾取でしかない。


「……狂ってる」


 そう桔梗は苦虫を噛み潰した様な顔を平然としている杏を見る。


「さて、此処での用事はこれで済んだ」

「帰るつもり」

「いや、もうすぐ此処に真を連れた他の子ががやって来るからそれを待ってから」

「そう、偶然じゃないと思ってたけど彼や名無しちゃん達の方に行った死獣は君の仕業ってわけだ」

「そういうこと」


 腹がいっぱいになりげっぷをする死獣を撫でる杏。


「死獣をどうやって手懐けたの」

「企業秘密」


 翼は一歩前に出る。

 すると死獣は慌てて杏の前に立ち翼を威嚇する。


「さっきも言ったでしょう。戦う気はないって」

「ここまで事を目の前でされて私が逃すと思ってるの?」

「確かにあのヤバい人達の誘いを蹴った貴女ならそうかも……でも今の貴女はそうなって本当に大丈夫?」

「……どういう意味」

「気づいてないと思った?私は既に知っている。貴女が第3フェイズの能力を使って街を支配し著しく力が落ちていること」

「……」

「それと普通のお仲間がそこの美人さんだけじゃなくて大事な彼氏である静希くん・・・・がいる事とかね」


 弱味を知っていると得意げに笑う杏と知らない事実を知り驚いた様子の桔梗の視線を集める翼。


 どう反応するかと思われていた翼。

 しかしその反応は意外なものだった。


「ーーぷっ、あははは!彼氏?彼氏か!それはいいね!そう見えてるなら私としては万々歳だよ」

「「ーー」」


 シリアスな雰囲気は何処へやら、本気で、心から笑っている翼に2人は絶句する。


「さて、鈴森杏。私の機嫌を少しながらも良くしてくれたお礼にだけど教えてあげるよ」

「……なにを」


 怪訝そう見られながら笑みを浮かべる翼は指を三本立てる。


「あと3秒ほどしたら君の目的の名無しちゃんは此処へ来る」

「……それがいったいなにーー」


 言葉は最後まで続かない。

 何故なら翼が立てた指を曲げ終わると同時に窓から三匹の獣が入り乱れて飛び込んで来たからだ。


 予想していた状況と違うのか杏は目を見開き翼は歌う様に言う。


「君は知らないだろうけどね。私の彼氏は意外性の塊なんだよ」

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