episode27

 薄暗い応接室である二組が向かい合う。

 一人は男子の制服を着た佐々部陸と背後には控える手下達。

 一人は女子の制服を着た星宮翼と望月桔梗。


 切っ掛けさえあれば直ぐにでも殺し合いを始めそうな両組。

 しかしこの女、翼だけは場の空気を読まず呟く。


「何やら慌ただしい感じだったね。静希くんの方で何かあったのかな?」


 通話の切れたスマホを見て眉を顰める翼。


 しかしそれはほんの冗談に過ぎない。


 何故なら翼も電獣で死獣の気配が分からない筈もなくその気配が向かってる先が銀達の居る銭湯だという事もしっかり把握している。


「どうした?随分と心配そうな顔をして?悪い報せでもあったか?」


 テーブルを挟んで翼と相対する今回の事件の黒幕、佐々部陸。


 翼は銭湯に居る銀と名無しの反応を見るため授業員を少し操った後、ある目的のためにこうやって敵の本拠地である金融会社まで足を運んでいたのだ。


「いや、彼氏からの近況報告」

「……惚気の電話なら他所でやってほしいな」

「いや〜ごめんね。私達ラブラブだからさ」


 息を吐く様にない事をのたまう翼。

 その後ろに立っている桔梗は顔を真っ赤にしてソファーに腰掛ける翼を凝視し誰にも聞こえない音量で独り言を呟く。


「彼氏って、あの彼氏?手を繋いだり一緒に出かけたりするあの?お嬢様、いつの間にそこまで……」


 意外にも純情な反応をする桔梗。

 しかしそんな彼女だが警戒を一切解かず佐々部の手下達を牽制し続ける。


 ここは紛う事なき敵地。

 隙を見せれば何をされるか分からない。

 

「さて、話を戻そうか。此処へは何をしに?同学年の花であるあの星宮翼がまさか世間話をしたいからって理由で此処へ来たなんて訳ないよな?しかも、わざわざ社長である俺を出せと名指しまでして……」


 佐々部はただの高校生ではない。

 その正体は若き金融会社の社長である。

 しかしそれは真のであって表向きには別の者が社長という事になっている。

 理由としては同業者や客になめられないためや警察の目を逸らすためだ。


 なので佐々部陸が社長だという事実を知る者は彼の会社に勤める者達と約1名……の筈だったのに、星宮翼は知っていた。


『おーい!闇金会社社長の佐々部陸!同級生の星宮翼が会いに来てあげたぞー!ちょっと大事な話があるから出て来なよ!』


 と、こんな具合に事務所の玄関前で翼は叫んで見せたのだ。

 正体を隠してる者からしたらこれ以上ない嫌がらせに佐々部は渋々翼を事務所の中に通して今に至る。


「それじゃあ単刀直入に言わせてもらうね……この件から手を引いてもらえるかな?」

「この件?この件とはなんの事だ?」

「君達がこわーいパトロン・・・・に言われて狙っている名無しちゃんの件だよ」

「!?」


 佐々部は慌ててソファーから立ち上がりその様子を見て薄っすらと笑う翼。


「お前、いったい何処でそんな情報を……!?」


 佐々部の見せた想像以上の反応に背後で控えていた手下のゴロつき達はまずいと判断したのか一歩踏み出そうとする。


 するとそんな彼等を翼は冷たい赤い瞳で静かに見据えて言った。


「伏せ」


 佐々部の手下達はその場に待てを命令された犬の様に一斉に伏せる。


 手下達は何が起きたのか理解出来ない。

 何故なら体が一人でに言葉に従ったからだ。


 見ていた佐々部も勿論理解出来ない。

 何となく原因が分かったのは桔梗だけ……しかし目の前の異常さに信じられない気持ちを隠す事は出来ない。


 これがお嬢様の暗示の力。

 この街に住む人間の殆どには掛けてあるとは聞いていたけどここまで目に見えて強い力だったなんて……。


「さて、佐々部くん」


 赤い瞳が手下達から流れる様に佐々部へと向く。


 佐々部と翼の目が合う。

 すると体が震え出しまるで金縛りにあった様に佐々部はその場から逃げる事は勿論、再びソファーに腰を下ろす事も出来ない。


「どうしたの?座らないの?」


 体が動かない事を分かったうえでの意地の悪い質問をする翼に佐々部は怒る事が出来ない。


 何故なら眼前の怪物に対しては怒りより恐怖の方が優ってしまっているからだ。


 目が合った瞬間に感じたこの異様な恐怖……間違いない。仲間達が突然地に這いつくばったのはこの女の仕業だ……ダメだ。か、体が、ふ、震えて、指一本動かせない。


「はぁ……」


 翼はやれやれといった具合にため息を吐くと目を伏せて呟く。


「おすわり」


 その言葉と共に佐々部の腰が意思と関係なく動き落ちる。

 しかし落ちた先はソファーじゃなく床の上でまるでぶつかって転んだ時の様に尻餅をつく。


「っぐ……!?」


 尻を抑えて悶える佐々部。


 そんな佐々部の姿が面白かったのか翼はほんの少し口角を上げる。


「椅子じゃないけど腰を下ろしてくれた事だし話の続きをしようか」

「っ、バカにしやがーー」


 その時は翼の言葉に恐怖に対して怒りが勝って怒声をあげようとするが、目の前の女の開いていた目を再び見るとあっという間に恐怖に引き戻される。


 赤い目をした人知の及ばぬ化け物は哀れな小物に冷たく言い放つ。


「奴等と手を切りなさい。でないと君達に明日はない」


 最後通告。

 

 要望を受け入れないのなら間違いなく自分達は今この場で殺されると本能で察した佐々部に聞いていた手下達。


 後ろの手下達から首を縦に振ってくれという無言の視線と目の前の翼の何を考えているかわからない無言の冷たい視線を受け心が完全に折れた佐々部は首を縦に振ろうとする。



「ーー話中お邪魔するわね」



 翼のせいで誰も声があげられなかったその場に突然したその声に翼以外の全員が反応し声のした方を見た。


「きょ、杏」


 窓際に立っていたその女を見て佐々部は名前を口にする。


 女の名前は鈴森杏。

 佐々部と同じく事件に関わっていた思われる人物だ。


「たしかにあれは鈴森杏。でも……」


 どうやってこの部屋に入った?

 まさか最初から居た?

 いやそれはない。この部屋に入った時は確かに居なかったしまず間違いなく後から部屋に入って来た……。


 桔梗は解せなかった。

 この数日間桔梗は弥勒と共に事件に関係した人間は全て調べ杏が犯人側である事まで知った。

 しかしその調べた限り杏は桔梗が気づかない様な動きをする事の出来る人間ではなかった筈なのだ。

 

「んー、本題に入る前に挨拶だけしておこうかな」


 杏は視線をまったく反応しない翼へと向けると仰々しい動きでお辞儀をする。


「私はエレメントの鈴森杏。よろしく、異端者の星宮翼さん」

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