episode26
電話を切ると俺は名無しの待っているフリースペースへと走る。
敵の狙いが俺であれ名無しであれこの場に居続けると周りの人間を巻き込んでしまう。
とりあえず此処から人気のない所に移動しないとおちおち戦いなんてできない。
「名無し!急いで此処からーー」
名前を叫びフリースペースの部屋に入るとそこには名無しの姿がどこにもない。
嫌な予感がする。
「ーー名無し!何処にいるんだ名無し!」
部屋中に響く俺の声。
しかし返事は何もなく他の客から不思議そうに見られるのみ。
「くそっ!早くこの場から離れないとまずいっていうのに!」
フリースペースを飛び出し前と後2つの道を交互に見る。
俺が行ってたロビーに通じる道では見てない。となると風呂に行く前か非常口のある裏、このどちらかだがどっちに行ったのかまるで見当もつかない。
「名無しはいったいどっちに……」
焦りで冷静な判断ができなくなっていく。
いっそのこと獣化して……いや、それをすると死獣に俺の気配をより強く感じさせて煽るのと同じ。やって来る時間を早めるだけだ。くそっ、どうすれば……。
「ーーあの」
声と共に肩を軽く叩かれて振り返る。
するとそこには全然知らない若い女が立っていた。
「えーと、俺に何かようですか?」
くそっ、こんな時になんだってんだよ。
今は見ず知らずの人間に時間を割いている場合じゃないのに……!
内心苛つく感情を表に出さないように努力して接していると見知らぬ女は一台のスマホを差し出した。
「これ、貴方のお連れさんのですよね?」
「……連れ?」
「ええ、長い黒髪で両サイドが金のメッシュの入った女性、貴方と受付で一緒に並んでましたよね?お連れさんでしょう?」
「!」
女の言う特徴は確かに名無しのと合っている。
そして女をよく見れば鞄から職員の名札が垂れているし此処の関係者である事も間違いないし受付で俺と名無しを見たのも本当だ。
寝耳に水ーーいや地獄に仏とはこの事か!
手がかりらしき奴が向こうから現れてくれた!
「はいそうです!それでこのスマホ何処で拾いました!というか、どうしてあいつのだと?」
「それは、私はこの銭湯の清掃員でして丁度入り口を掃除をしてる時に先程言ったようにお客さん達が受付で並んでるのを見たんです。その時にお連れさんがこれと同じスマホを持ってたのを覚えていたので……」
「な、なにか?」
「あ、いえ……その、お連れさんには失礼だと思うのですが、その……」
女は困ったようにチラチラと自身の差し出したスマホを見る。
「あんな美人な方なのに持ってたスマホは、古くてボロボロで似合わない印象だったので」
「あー……それは、言われてみたらーーじゃなくて、知った経緯はわかりました!それでこれを何処で!」
「へ?あ、はい。裏の非常口に続く通路ですけど?」
「ありがとう!助かりました!」
差し出されたスマホを受け取ると一目散に非常口に向かって走る。
普通なら非常時でないから鍵が掛かっているだろう非常口。
しかし先程の女が名無しの姿を見ず見つけたのがスマホだけである以上は非常口の鍵は開いている可能性が高い。
となると問題なのは名無しがどうやって裏口から出たのでは無くどうやって鍵を開けたのかだ。
非常口に辿り着いた俺は躊躇うことなくドアノブを回して引くと予想通り扉は開く。
「やっぱり扉には鍵が掛ってない。それとこれはどう見ても名無し仕業じゃないな」
外に出て扉を確認するとノブは鍵ごと壊され足元に転がっている。
「外部からの侵入者……となると名無しは拉致られたか」
となればこのスマホにはあるかもしれない。
名無しスマホを凝視した後電源を入れる。
するとスマホはパスコードが設定されておらず問題なくスマホは起動する。
しかし画面はホーム画面でなくメモ帳。内容は俺の予想通りのものだった。
『たすけて』
スマホをポケットにしまうと走り出す。
俺が離れてた時間は5分から10分程度。
その短い時間から考えると名無しを連れ去った奴はまだそんなに遠くには行ってない筈だ。
生暖かい温風にカビ臭いに包まれた裏から表の道へ出ると人混みを無視して吸い込まれる様な自然さで少し離れたところで信号待ちしている車に吸い寄せられる。
「あれか」
電獣として直感が言っている。
あれに名無しが間違いなく乗っていると。
信号が変わり車が進み出し後を追いかける。
このまま走ってても所詮は人間の脚力だ。
途中で人の目を避けて獣化しよう。
そうすれば車になんて余裕で追いついて名無しを助けられる。
結果的にだが無関係の人から遠ざかる目的は達成され心に余裕が生まれたから疑問が浮かぶ。
「そういえばなんで敵は俺達が銭湯なんかに居るってわかったんだ?」
敵に電獣が居る事を考慮し匂い消しや意表を突くために俺は銭湯を選んだ。
なのにそれが1時間程度でバレた。
普通ありえるか?
こんなに早く俺達が銭湯に居るとわかるなんて?
いや、現にバレたのだから名無しは拉致られたんだ。現実を受け入れよう。
「だが、あの死獣達はなんだ?」
銭湯に居た時に感じた接近してくれる死獣の気配は進行方向を変えて名無しの乗る車へと近づいている。
「俺を狙ったのかと思ったが明らかに狙いが名無しだ。どうなってる?名無しは電獣ってわけじゃないないのに」
死獣の動きはまるで何か明確な意思を持って追っているように感じる。
死獣は人を喰らう以外能の無い化け物の筈なのにそれを混乱させるような動きに俺は銭湯でも感じたある疑問を合わせ一つ回答を呟く。
「まさか、飼ってるのか?飼って手懐けてる奴が居るっていうのか?」
ありえない。
死獣は決して俺達とは相容れない。
どちらかが最後の1匹になるまで滅ぼし合う運命しかないのだ。
そう断じてみた……しかしそう決めつけるのは早い気がするという自分もいる。
例え、例えば。
電獣のフェーズ3は特殊能力の獲得だ。
その能力が星宮の様に他者を支配する力だったとしそれを死獣にも行使できる電獣が存在したとするなら、可能性は決してゼロじゃないのではないだろうか、と。
「はー……ダメだな。まだ確証を持ってるわけでもない事に気を散らして」
今は不可解な死獣なんかよりもさっさと名無しを救出する事が優先。
余計な雑念は振り払い車を追う。
追っている事を悟られず物陰や人影に隠れながら。
追跡は順調。
そして車の交通量や人の少なさからそろそろ獣化する頃合いかと思った時だった。
「なっ!?」
名無しの乗る車が俺の目の前で死獣によって襲撃されたのだ。
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