episode25

 色々聞いてしまった俺は若干気が重かった。今飲んでいるフルーツ牛乳のを口へ運ぶのが億劫なくらい。


「はぁ……世の中色んな事情を抱えた奴がいるんだな」

「こ、こんな事よくある事だと思いますけど?」


 よくあってたまるかよ……。


 横でコーヒー牛乳を飲む香川……いや名無しは困った事に本当にそう思っている様であたふたしている。


 だが風呂で色々話したからか心なしか名無しから怯えた気配は薄くなっていて返答もしやすそうだ。


「ったく、胸糞悪い」

「す、すみません……私のせいで不愉快な思いをさせて」

「……お前のせいじゃない」


 と言ったが今にも泣きそうな顔して下を向く名無し。


 気にする必要なんて何ひとつないのに……不憫な奴だ。


「名無し」

「は、はいーーあう!」


 顔を上げた名無しの額を指ではじく。

 そんなに強くやったつもりはないが名無しは涙目で額を押さえる。


「借金がーーいや、お前を追ってる奴がいなくなったらお前は何をしたい?」

「え、な、なにをしたいか、ですか?」


 黙って頷く。

 すると名無しは考え込むように顔を数秒だけ伏せたあと苦笑いを浮かべた。


「学校に行ったり、友達と遊んだりしてみたいです」

「……ささやかだな」

「あ、あはは……つまんないですよねこんなの……」


 本当にささやかな望みだ。

 境遇を考えればもっと強欲にもなっていいだろうに。 


 だが、これが名無しの本質なのだろう。

 気弱で、ささやかで、人を思いやる。

 それ故に望むのは何処にでもあって安らげる日常。


「つまらなくなんてない」

「え」

「それはお前が本当にやりたい事なんだろう?なら、つまらなくなんてあるもんかよ」

「ーー」


 絶句している名無し。

 ショックなのかそうでないのか全然分からないが、まぁ、泣いてはいないからそこまで気にする事もないか。


 空になった瓶を返却箱に入れると俺は少しその場から席を外す。

 

 玄関付近まで歩いてくると俺はスマホを取り出し電話をするのだが相手は星宮だ。


『もしもし?どうしたの電話なんか掛けてきて』


 電話に出た奴の声は自身のセリフと比べて然程驚いていない……というか、若干笑いを堪えている感じがする。


「どうしたのじゃねぇよ。まったく、妙な悪戯しやがって」

『イタズラ?なんのことかさっぱりだよ〜?私がしたのは、ほぼ初対面の二人がが緊張せずにゆっくりと話をする場所の提供くらいなんだけど〜』

「こっちが詳しく説明する前に自分が犯人ですって言いやがったよ……」


 最初からそうだろうとは思っていた。

 あんな狙い澄ましたみたいな突発な仕掛けが出来るのなんて街に住む人間全員に暗示を掛けている星宮以外考えられない。


 まぁ、大体の理由は検討がつく。

 どうせ悪い癖がでたんだ。


「そうやって色んな人間の反応を見て楽しむ趣味、どうかと思うぞ」

『……あは、あははは!やっぱり静希くんには嘘つけないね!』

「そりゃあゲームの中とはいえそこそこな付き合いだから大体はな」


 星宮は昔っからそうだった。

 俺は勿論のことだが様々な相手に様々なドッキリを仕掛けては、怒り、喜び、哀しみ、楽しそう、などの反応を観察して楽しむ趣味がある。


 例えばビーストライフの中で一二を争うほどたちの悪いプレイヤーがいた。

 そして星宮ある時思ったそうだ。


『あの人、他のプレイヤーを無差別にキルしたり何をするでもなく粘着して追いかけ回したりするって噂だよね?ならさ、その彼が同じような事をしばらくの間されたらどんな反応してくれるんだろう』


 表情は分からなかったがそれを俺に言った時の星宮は声から分かる通りさぞかし良い笑顔を浮かべていた事だろう。


 そしてしばらくして星宮は言葉通り悪質プレイヤーと同じ方法でその悪質プレイヤーに嫌がらせをした。


 ……2週間ほど。


 その後悪質プレイヤーは二度とログインする事はなく星宮は2、3日の間クリスマスプレゼントを貰った子供のようにご機嫌だったのを今もハッキリと覚えている。


「それでお前が楽しめる反応は見れたのか」

『うーん、見れたか見れなかったで言うと見れてないかな』

「ふーん」

『あ、その反応は信じてないでしょう?』

「隠し事が多くて捻くれた趣味を持ってる女の言葉をそう易々とは信じねぇよ。それで何度被害を被ったことか……」


 昔を思い出すと自然と肩が下がっていく。


「はぁ……とりあえずその話はもういいとしてだ。二つ聞きたい事がある」

『二つと言わず何個でもいいよ』


 まるで初めから俺が何を聞くかわかっているような返答に俺は心底呆れた。


「お前、知ってたな。香川家の内情や佐々部達が犯人だってこと」


 確証を持ったのは名無しの話を聞いたつい先程。


 喫茶店で星宮が名無しにした質問。

 あんなのは全て知っていなければ出るはずもないものだ。


 どの段階で全てを把握したかは知らない。

 だがあの爆発事件の被害者達の調査をしていたのだから知らないなんて事はありえない。

 何より調べたのが風磨さん達であり支持したのが街を事実上支配している星宮だ。

 調査対象達すら知らない真実だって掘り出すだろう。


「どうなんだ」


 星宮は沈黙する。

 ほんの数秒ほど。


『勿論知ってたよ。2、3日位前から』

「2、3日……病院に行った時点で知ってたわけか……一応聞くが、協力者の俺にまで黙ってたのはなんでだ」

『なんで?それはまぁ聞かれなかったから。後はまぁ、いま言うべきじゃないと思ったから』

「真実を言うのにタイミングなんてあるのかねぇ……二つ目だ」


 ある意味これが本題だ。

 過ぎた事への文句ではなく今聞かないといけないこと。


「敵は、佐々部達はどうして名無しに借金返済をさせず攫おうとする?聞いた限りじゃ名無しはもうとっくに返済を終えていてもおかしくない言っていたのに」

『答えは単純。借金一千万を返して貰うより名無しちゃんを捕まえる事の方が意味があるからだよ』

「それはどういうーーっ!」


 この気配は……いや、だとしてもどういう事だ?


 この気配は死獣だ。

 だがどうしてか死獣は俺達の居るこの場所にいま向かって来ている?


 偶然かそれとも俺に引き寄せられてか……それともまったく別の要因か……いや、今は気にしてる場合じゃないな。


 こっちを狙って来るなら誰であろうと倒すだけだ。

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