episode24

 子の殆どは望まれてこの世に精を受ける。

 人の善悪関係なしに両親からの純然たる愛をその小さな体に宿して。

 ……しかし悲しいかな。

 この世界全ての子供が両親の愛を受け望まれて生まれてくるわけじゃない。


 その一人が今から語る少女だ。


 まず少女の父親はクズだ。

 働きもせず家でいつも酒を飲み気に入らない事があれば家族や他人に平気で暴力を振るう。

 母親は気が弱く泣き虫。

 ただでさえ気が弱いのに夫の様々な理由による暴力のによりその性格に拍車をかけ四六時中怯えて生きる事を強いられた悲しい女性。


 そんな二人の間に生まれた少女。

 出生届は出されず戸籍はなく名もない。

 しかし兄が原因で呼び名は名無しとなる。

 

 家族での名無しの扱いは酷いものだった。

 6歳の時点では父からは当然の如く暴力を振るわれ母からは生活費を圧迫する厄介者と忌避される。そして兄からは危ない遊びの掛け金扱いや性的虐待の対象。


 ああ、本当に気分の悪い話。

 きっと俺なら我慢出来ないだろう。


 ーーだが皮肉なことに当時の名無しはこれが普通だと思い我慢出来てしまった。


 夏に来る台風だったり冬に降る氷塊のような自然災害と一緒で黙って我慢してしまえば直ぐに終わるのだと思うと同じ様に。


 生きてる事が辛いとはこの事だ。

 だが彼女はまだ辛いと思う事はない。

 何故なら彼女にも楽しいと思えることがあったからだ。


 それは家族が家に居ない間に近所の老夫婦の家に遊びに行くこと。


 名無しと老夫婦との出会いは奇跡だった。

 家のインターホンが鳴り名無しが出ると回覧板を持ってきた老婆に会ったという留守番している子供ならよくあるパターンだ。


 だが名無し本人がただの留守番している子供とはとても呼べなかった。

 服はボロボロ、顔や腕はアザだらけそして極め付けはその死んだ様な目をしているのだから。

 

 ことの異常さに老婆は急ぎ名無しを警察へ連れて行こうとした。

 だが名無しはそれを拒絶しテコでも動かなかった。

 その理由は両親から警察へ行けば自分達は殺されてしまう。警察は怖い奴らだ。外の世界は怖いもので溢れていると教えられていたからだ。


 異常な名無しの家庭に恐怖し下手に騒げば名無し自身がどうなるか分からないと危惧した老婆はとりあえず警察関係に連絡するのをやめ一先ず自分の家に連れて行くことにした。


 その行動は良いか悪いかでいえば良かった。名無しはそこで様々な初めてを知るのだから。


 あたたかな食事に風呂。

 ボロ布と新聞じゃなくふかふかな布団で寝る気持ちよさ。

 そして悪意じゃなく善意をもって自分に接してくれる老夫婦の人としての優しさ。


 これらを知った名無しの心境は変わった。

 

 ここに居たいとこの暖かい場所にずっと居たいと、初めて願望をもった。


 だがそれが出来ない事は幼いながら名無しは理解していて偶に遊びに来たいと老夫婦に願いでた。

 すると老夫婦はそれを快く受け入れた。

 それからは先に語った通り老夫婦の家に行き遊んだり読み書きを習ったりするのが楽しみとなり名無しは家族に似ず優しい性格になった。


 だがこの事が原因で名無しは3つの不幸を知る。


 一つは名無しが9歳の時に老夫婦が病で亡くなり大切な人間がいなくなる悲しみを知ったこと。

 二つ目は何も感じなかった昔の自分には戻れないこと。

 そして三つ目だが……それは、名無しの頭が一般の子供に比べてよかった事だ


 名無しは物覚えがよく見た事聞いた事は二度ほどで完全に覚え小学生が6年かけて覚える事を2年で覚えきってしまったのだ。

 そして残りの1年で中学3年分も網羅。

 誰が見ても素晴らしいこのハイスペック。

 聡い名無しは隠そうとしていたがその片鱗に一番最初に気づいたのは家族内でも一番たちの悪い兄の真だった。


 真は直ぐに閃いた。

 この天才な妹をテレビにでも出したら儲かると。


 そうと決まると真は両親に名無しを見せ物にして儲けようと持ち掛けると二つ返事で合意を得られた。

 だがこの後直ぐに問題が起こった。

 それは父か真のどちらが金を総取りするかでもめたのだ。


 二人に分け合う気持ちなど微塵もない。


『名無しの才能を見抜いたのは兄である自分だ!だから俺が全てを得て何が悪い!』

『名無しは俺の種から生まれた!つまり俺の所有物だ!そしてそれはお前もおんなじだ!グダグダ言ってんじゃねぇぞシャバ増が!』


 この様な聞くのも愚かしい罵詈雑言の応酬は半日続いた。


 そしてその結末はどこまでも愚かなものだった。


 血の海になった居間に立つ血のついた酒瓶を握る父に顔を真っ赤にし白目を剥いて倒れる真。そして玄関手前で同じく頭から血を流し倒れる母。


 地獄ここに極まれりだ。


 ーーだが無情にも地獄はまだ続く。


 父の命令で名無しが吐きながら真と母の亡骸を居間にある畳下に片付けた翌日香川家にある男達がやってくる。

 それは死んだ真がよく賭けをして遊んでいた金貸し達だった。


 真は死ぬ前に大金を借金したのだそうだ。

 理由は名無しの才能を知って一攫千金出来る!なら今金を借りて豪遊しても直ぐに返せる!などという理由で。

 しかしその借金をした真は死んだ。

 なら取り立て相手は自ずと一人、父だ。


 しかし金のない父が借金を返せる筈もない。

 

 いったいどうするのかと名無しが見守っているとクソ親父は名無しを見て薄く笑い最低な事を口走った。


『あんたらに金を借りたい!一千万だ!』


 金貸し達は正気かと揃って首を傾げる。

 返せる宛のない人間がさらに借金をしようなんて頭がおかしいにも程があると。


 だがクソ親父の頭のおかしさは金貸しや名無しの予想を遥かに超えていた。


『俺の娘は天才なんだ!その気になれば一千万の借金なんてチョチョイのちょいだぜ!』


 なんとクソ親父は借金の返済人を名無しにしたのだ。


 絶望に染まった名無しと頭を抱える金貸し達。金貸し達は真が名無しを掛け金にしていた都合上戸籍がない事を知っている。

 だから最終何処かへ売って金にする事も考えた。

 しかし借金を返済させるとなると話が変わってくる。


 戸籍がないと収入を得られない。

 だが戸籍を得ようと市役所になど行けば9年も出生届を出さなかった香川家の異常を知られて家を調べられる恐れがあり家に隠した死体も見つかる。

 そうなれば金貸し達は借金の回収なんて出来よう筈もない。


 するとクソ親父はあろう事かこう言った。


『なら今日から名無しが真になればいい!死んだ奴に戸籍なんて必要ねぇだろう?あ、それと戸籍とか弄るのは得意だろう?変えといてくれよ』


 これが名無しが俺達の知る香川真へとなった瞬間だ。

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