episode22
「あ、あの……」
「なんだ?」
「聞いても、いいですか?」
「どうぞ」
「は、はい、じゃあ……私達は、どうしてこんな所に、居るんですか?」
「ん?そんなの安全な所に決まってるだろう?」
「い、いやですね、安全って……ここ……」
俺の横で周囲を見わたす香川。
「
その通り。
此処は銭湯だ。
もっと言えば俺と香川は銭湯に受付列に並んでいる。
「銭湯嫌いか?」
「い、いや、嫌いか好きで言えば、来た事ないので、答えられないんですけど……」
「そうか、奇遇だな。俺も銭湯に来たのは生まれて初めてだ」
「え!?」
子供の頃はテレビなんかで見て行きたいと思っていたが両親が家に風呂があるのにわざわざ行く意味がないと言うタイプで縁遠い場所だった。心の距離感で言えば青森から東京位。
なので俺はわりと今わくわくしている。
数多の風呂は勿論、噂に聞く電気風呂というやつはどれだけビリビリするのだろうなどなど考えてしまう。
「わくわくするな!」
「い、色々言いたい事はあるんですけど、そ、その、わ、わたしたち追われてるんですよね!?」
「まぁ、厳密に言えばお前だけなんだけどな」
「う……た、たしかに」
おどおどしていた香川は項垂れてしまう。
やれやれ、俺は人のメンタルケアが出来るほど気の利いた人間ではないのだが仕方ない。
「言い忘れたが此処に来たのにはちゃんとした理由がある」
「理由、ですか?」
「そ、意表を突くことと匂いを落とすこと」
連中もまさか追われる身の奴が呑気に銭湯に居るなんて毛程にも思わない。
そして風呂の湯で匂いを落とす事は電獣の嗅覚対策にもなる……筈、多分。
その説明に香川は納得した様に口を半開きにするが直ぐに顔を真っ青にする。
「も、もしかして私、臭いました?」
「え?」
「に、匂いを落とすってそういう事じゃないんですか?」
自身の体を涙目で確認する香川。
うーん、これは俺の言葉足らずというか言い方に問題があったな。
追っ手に匂いを追跡してくる化け物がいるなんて説明するわけにもいかないし……いや、それな、端から匂いの事を言わなければよかったのでは?
考えたところで後の祭り。
自身の思慮の無さに呆れつつ俺は何とか香川の誤解を解くため列で順番が来るまで試みる。
しかしこの後俺は頭を抱える状況に直面する事になるがこの時は知る由もない。
〜〜〜〜〜
自宅のマンションでスマホを眺める翼はニヤニヤが止まらない。
理由は銀から送られてきたメールの内容が原因だ。
「いや〜、流石は静希くん。私の予想を面白い位に裏切ってくれるね」
桔梗から弥勒の報告を聞いた時翼はその後の展開はまず間違いなくその場で佐々部達に手を出すものだと思っていた。
だが事後報告を聞いてみたらまさかまさかの香川真を連れての逃走。
しかも逃走先に選んだのは銭湯ときたものだから笑いが止まらない。
「まさか銭湯とはねぇ、まぁメールに書いてあった通り電獣なんかを想定するとありの手ではある」
湯に浸かってしまえば一時であるが匂いを消して敵を撹乱する事は可能。
だが翼はそんな理由はどうでもいい。
彼女の関心はこの状況をどういう風に利用すればさらに面白い反応が見れるかという一点に尽きるのだから。
「銭湯なんだし2人きっりていうのは大前提、でもそうなると他の客がどうしても邪魔……ん?」
スマホで銀達の向かった銭湯を調べているとある項目が翼の目に止まる。
そして細かく詳細を読んでいるとこれだという思い意地悪く笑う。
「おあつらえ向きとはこの事だね。となれば後はちょちょいと念じれば……よし!さて、これで2人がどう反応してくれるか……ふふ、楽しみだね」
〜〜〜〜〜
さて、いきなりだが疑問だ。
なに、大した疑問じゃない。
普通の奴なら思う他愛無い疑問。
……銭湯に混浴なんて存在したんだっけ?
カップル限定混浴と書かれた脱衣所を前にして俺は頬をひくつかせる。
「ど、どうしてこうなった?」
俺は普通に男湯女湯と別れた入るつもりだったし受付にそう言った。
なのに受付は何故か俺と香川はこの場まで案内した。
それなら戻って男湯女湯へとそれぞれ向かえばいいと思うだろう。俺も思ったとも。
しかしどういう仕様か此処へと繋がる扉が開けられなくなっていた。
しかも扉にこんな張り紙もされていた。
『こちら混浴しないと出られない浴場でございます。羞恥心に負けず裸の付き合いを。そして他のお客様がおられる場合欲情によるプレイは控えください』
アホじゃねぇの?
てかカップルじゃねぇし前提が間違ってんだよな。
「ど、どうしましょう?」
「ほんと、どうしようか」
静寂した空間で考えること数分後。
結局俺たちはタオルを巻いて浴場に立っていた。
まぁ、こうなった以上手っ取り早く解決するには風呂に入るのが一番。
恥ずかしいのはお互い様だし香川には割り切って諦めてもらった。
「うぅぅ、どうしてこんなことに……」
「言ってもしょうがないだろう?ほらとっとと体洗って湯に浸かろうぜ。このまんまだと風邪ひいちまう」
そう言って俺はとっとと流し場で体を洗い始める。
〜〜〜〜〜
何故か私と一緒に混浴をする事になった恩人の静希銀という男性。
彼は不思議だった。
助けてくれた事もだが私がこんなにも緊張しているのに彼はまるで気にした様子を見せず今体を洗っている。
私なんて眼中にないという事なのだらうか?
そしてなにより、あの星宮翼という女性と居たからてっきり怖い人なのかと思ったけどそうでもなく怖さを全然感じさせない。
これらの事を踏まえて今の彼を表現すると、不思議。それに限る。
「……ほんとうに、不思議な人」
自然と呟くと私は慌てて口を押さえて我に帰ると咄嗟に彼の後ろの流し場に座りお湯を被り体を洗い始める。
それからは不思議なものであまり混浴の事に関してまったくとは言えないが気にならなくなっていた。シャンプーなんかの良い匂いでリラックスしたからかそれともお湯を全身に浴びた事でもう一日の終わりだと体が錯覚しているからなのか。
「はぁ、なんだか今日は疲れたな……」
と、鏡に映るびしょびしょになった自分の顔を見て思わず呟く位にリラックスしていた。
しかしそれもほんの一瞬。
偶に鏡越しに映る彼の逞しい背中を見て状況を思い出しては恥ずかしくなり忘れるまでお湯を被り続けるを彼が離れるまで続ける始末なのであった。
本当になんなのだろう、この状況は。
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