episode20

 香川真と会った翌日俺は近くの書店に立ち寄っていた。特に欲しいものがあったわけじゃなくて単に立ち読みをするために。


「えー今月でもう打ち切り?今回のビンゴスティニ、化石特集で結構好きだったんだけど人気でなかったか……はぁ、残念」


 本を棚に戻すと書店から出る。


 さて、この後はどうするか。

 個人的に事件の事を調べるのもありだと思うけど星宮達が調べてる以上の事なんて知れないだろうし。やっぱりここは大人しく家で連絡を待つのが無難か。 


「そうと決まればとっとと帰るーーん?」


 あの後ろ姿は……香川?


 昨日喫茶店で姿を隠してしまった香川真。

 バイトが終わって今から家に帰る途中なのかとも思った……のだが、どうにも周りを見てるとそうではなさそうだ。


「随分とガラの悪そうな連中と一緒にいるな……」


 一般人というには些か以上に無理がある雰囲気を纏っている男達。


 どうにも気になる状況だな。

 あの楽しそうなガラの悪い連中に、香川の怯えよう……。


「……これは、スリルの匂いがするな」


〜〜〜〜〜


「さて、おかずの材料はこんなところかな。桔梗、他に買うものってなんだっけ?」

「えーとですね、米と醤油にコーヒーの粉でしょうか」

「ということはあっちだね」


 買い物カゴを乗せたカートを押す桔梗にその横を楽しそうに歩く翼。


「お嬢様、聞いてもいいですか」

「なに?」

「あの香川真という少女についてです」

「ん?」


 まさか桔梗の口から香川真の名前が出るとは思っていなかった翼は不思議そうに首を傾げる。


「どうしてお嬢様はあの時、あの喫茶店ではっきりと彼女に聞かなかったんです?それに彼にも何も言わないなんて……」

「あれ?もしかして桔梗あの店にいたの?」

「勿論。気配を消して店の天井に」


 顔色ひとつ変えず当たり前という風に言ってのける桔梗に苦笑いを浮かべる翼。


「因みにその後の、私と静希くんの会話……聞いてた?」

「いや、私はお嬢様が完全に喫茶店から離れるまで中で香川真を見張っていたので外の会話は知らないですよ」

「そう、ならいいや」

「?」


 聞かれてたらどうしようかと思い内心ひやひやしていた翼はほっとした。


「えっと、理由としてはこの後の反応を見るためかな」

「反応、ですか?」

「そう、心や行動の反応をね」

「それって何か意味あります?お嬢さまに静希さん、そして私達がいればそんなもの気にする必要なく事態を解決できるのに」


 状況の変化観察なんて不要。全て力で解決してしまえばいい考えの桔梗。


 主人の考えを否定する様な考えに発言なのだが、しかし翼はそれに関して咎める事をせず笑う。


「あはは、まぁ確かにそれが手っ取り早い解決策ではあるね。でもさぁ、それじゃあ面白くないんだ」

「面白くない?」

「そう!私ってゲームでも最初から圧倒的武力で殲滅!て、スタンスはそんなに好きじゃなくて敵の反応に応じて手を変えて弱点を突いていって頭を仕留めるってやり方が好きなんだよね」

「は、はぁ……」


 ようは翼自身の趣味なのであって効率は悪いのではないかと言いたい気分の桔梗であるがそれは言えない。

 さっきの反応を見たいの話とは違い明確に翼が好きだと口にしているからだ。


 なので否定するのではなく理解をしようと努力する桔梗。翼はそんな桔梗を見て何を考えているか見抜き優しく笑う。


「まぁ、これは私個人の趣味みたいなものだから無理に理解する必要はないよ」

「っ!い、いやでもーー」


 会話を切る様に桔梗のスマホが鳴った。


 桔梗は翼との会話中に出ていいものかと迷っていると翼は手でどうぞとし桔梗は軽く頭を下げてから電話にでる。するとほんの数秒で桔梗の顔が変わる。


「……わかった。報告はしとくからあんたは対象の監視をよろしく。じゃあ」

「電話は弥勒?」

「ええ、監視をしていた対象二人が動いたと」

「へぇ、それは朗報だね」

「それとその対象二人の事でもうひとつ」

「なに?」

「……どうやら香川真と静希さんもその場に居るようです」

「へぇ、それはまた……最高のシチュエーションだね」


 まるで新しい玩具を得た子供のように無邪気な笑みを浮かべる翼とその横で状況だと思って顔を歪ませてる桔梗。


 なにがどう最高のシチュエーションなのかわからない。

 だってこの状況は細かい事情を知った者からすると最悪以外のなにものでもない。


 食いものにされてきた者の結末がこれで決まるかもしれないのだから。

 

〜〜〜〜〜


 さてさて、追いかけてきたはいいが状況はどうだ……。


 物陰に隠れ耳を澄ませる。


「おいおい、金がないってのはどういう事なんだ?約束の期日は今日までって言ったよなぁ?」

「ご、ごめんなさい……で、でもお金がないのは、に、入院をしちゃった、せいでーーひっ!?」


 ガラの悪い男の一人が近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばす。


「入院だぁ?そんな理由俺達に関係ある訳ねぇだろうが」

「で、でも……」

「でもで何でも解決すんならな、警察も俺達借金取りがこうやって金を回収する必要もねぇんだよ。わかるか?わかるよな嬢ちゃん」

「……」


 うわぁ、おっかねぇな。

 ああいう怖い人らはテレビの中だけかと思ったら本当にいるんだな。

 と、それはさて置きどうするか。

 ぶっ飛ばして助けるだけなら簡単なんだが、金の貸し借りの話とかが絡んでるとなると俺はあんまり力になれないしな。


 金貸しと香川の交わした正当な契約の上の出来事である以上は警察に駆け込んでも意味がなし今この場で俺が暴力で助けても同義だ。解決したければ決まった金を払うか踏み倒して夜逃げでもする他にない。


「とはいえ、相手が詐欺師紛いの連中ならワンチャンあるかもだけどーーお?」


 香川とガラの悪い男達に近づく人影を凝視する。


 あれは、間違いない。

 数日前病院を訪ねた時に話をした鈴森と佐々部の2人だ。


 確かあの二人と香川は仲が良かったはずだよな?つまり香川が此処に来る前に助けを求めて助けに来たのか?だとしたら泣かせる話だな。友達のためにこんな所まで来るんだから。


 ーーなどと俺は思ったが。


「ごめんごめん、ちょっと遅れた」

「佐々部の坊ちゃん!お疲れ様です!それに彼女の鈴森の嬢ちゃんも!」


 は?


 俺の目の前で親しげに声をかけた佐々部に男達はまるで目上の相手に対する様に揃って頭を下げたのだった。

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