episode19

 こいつ、今なんて言った?


『街の人間に暗示を掛けて操っている』


 あー、なるほどね暗示か!

 それなら店の中から人をいつの間にか居なくならせる位は訳ないよな!納得納得!


「ーーて、納得できるかアホ!?」

「えっ!?な、なに?急に大声出して?」

「大声も出すわ!お前、自分で何言ってんのかわかってんのか!?街の人間に暗示?操る?いくらなんでもそれはアウトだろうが!」

「あ、あはは……ですよね〜」


 星宮はばつが悪そうに目を俺から晒した。


 俺と星宮には共通の認識がある。

 それは電獣同士や死獣とのいざこざに普通の人間は極力であるが巻き込まない様に配慮するだ。


 だがこれは、明らかに逸脱している。


「何か、理由があるんだろう?」


 星宮は色々と謎が多い。

 しかし良識はちゃんとあり力を間違った事に使うとは考えられない。だから何か深い理由があっての事なのだろうと推測する。


「はぁ……出来れば隠しときたかったんだけどなぁ」


 何かを諦めたみたいに苦笑いを浮かべる星宮。


「静希くんはこの街で誕生した電獣を何人見た?」


 この街で誕生した電獣を何人見た、か。

 俺が出会った電獣は狐と星宮の二人だけ。

 だが星宮は他所から来た時点で電獣だったらしいし狐の正体が分からない現時点では分からない。


「分からない」

「じゃあ、この街で生まれた死獣を見た数は?」

「……分からない」


 これも前述と同じだ。

 星宮の時や病院で遭遇した死獣が確実にこの街で生まれた個体なのか俺には分からない。


「正解は……電獣が一人で死獣は0匹だよ」

「少ないな」


 ニュースなんかでこの街では電獣や死獣が起こしたと思える事件がまったく見なかったが数がこれだけならそれも肯ける。


 だがそうなると今まで出会った死獣は完全に他所から来た事になる訳か。


「因みに他の街とかならどうなんだ?」

「電獣は把握してないから分からないから答えられないけど、街一つ分の死獣だけでいいなら答えようか?」

「ああ、教えてくれ」


 星宮は黙って俺に近づくとしゃがめとジェスチャーをし俺は黙ってしゃがむ。

 すると星宮は俺の耳元に顔を近づけて耳打ちする。


「約2000匹」

「にっ……!?」

 

 驚いて思わず後ずさる。

 

 2000!?なんなんだその出鱈目な数は!?

 しかもひとつの街だけでそんな数の化け物で溢れてるっていうのか!?異常過ぎるぞ!?

 

「この数を聞くと異常だと思うよね」

「!?」

「でも実際は異常じゃないんだ」

「異常じゃ、ない?」


 これで異常じゃないだって?

 なら他の街はこれより多いのが普通だとでも言うのか?


 俺は星宮の言葉をそう捉えた。

 だが実際はーー。


「これが普通なんだ」

「え」

「世間一般では2000程が普通なんだ。だから寧ろ異常というなら今私達が住むこの街こそが異常なんだよ」

「!」


 予想もしていなかった答え。

 まさか俺達住む街が異常で他の街の多過ぎる数が普通だったなんて思いもしなかった。


 いったいどういう理由で、なんだ?

 ビーストライフを遊んでいた奴等の数で言ってしまえば都会や田舎に大した差はないし遅かれ早かれ電獣や死獣になる人間は絶対現れる。俺のように星宮の後押しで半ば無理やり覚醒は例外として……!?

 

「……お前のおかげなのか?」

「……」


 星宮は何も言わないが、しかし。


「お前が、何かをしてくれたおかげでこの街からは電獣や死獣が生まれないのか?」


 いや、それしか考えられない。

 というかこの街の人間に暗示を掛けた理由は、そういう事じゃないのか?


「暗示は掛けたのは覚醒を阻害するためなんじゃないのか?誰も彼もが俺達の様に電獣へと覚醒できるわけじゃないから、お前は……」

「そうだとしても、私がやってる事は人としては最低だよ。何しろ自分で嫌っている人の意思を無視した強制をやっているんだから」


 自虐気味にそう言うがその言葉は俺の言葉と疑問への十分過ぎる答えだった。


 ならこうする事になんの抵抗もない。


「それでもお前が手を施してくれたから俺の街は今も平和なんだ。ありがとうな」

「ちよっ、ちょっとちょっと!いいよそんな事!私は誰かに感謝されたくした訳じゃないんだから!」


 頭を下げる俺に駆け寄った星宮は俺の頭を上げさせあたふたとする。


 星宮は自己満足と言うけど救われている方としてはそんな事は大した問題じゃない。救われた事実に何ひとつ変わりないのだから。


「とりあえず!はい!この話はこれでお終い!」

「なんだよ?そんなに慌てて話を切るようなことか?」

「切るよ!でないと私が恥ずかしさで死んじゃうから!」


 恥ずかしいか、確かに顔が赤い。


「ふむふむ……星宮」

「なに?」

「お前に出会えて俺は本当に幸せだ」

「ーーっ!?」


 星宮の顔はまるでやかんが沸騰でもしたのかと思うくらいの速さで真っ赤になる。


「なるほど。星宮は褒められるのに極端に弱いのか。良いことを知れた」

「ちょっ!?人の弱点を確かめるためにそういう恥ずかしくて誤解を招く様な冗談を言わないでよ!?」


 恥ずかしさの限界なのか星宮は俺の胸をぽかぽかと叩く。


 誤解がなんの事なのか分からないが別に俺は冗談を言ったつもりはないんだがな。


 出会ってから今まで短過ぎる期間であるが星宮に対して出会って良かったと思う事はあっても出会わなければよかった思ったことはないのだから。


「そろそろ叩くのをやめてくれないか?」


 頭を軽くぽんぽんと叩きながらそう言うと星宮は叩くのを止め、頬を膨らませながら文句ありげな目を俺に向ける。


「なんだよタコみないな顔して?」

「言い方!」

「なんか言い方悪かったか?」

「普通に女の子相手にタコみたいな顔って失礼以外のなにものでもないよ!」

「そうなのか?モノマネをした顔も可愛いな位のつもりで言ったんだが……」


 なるほど女子相手だと頬を膨らませててもタコみたいだと言うのは失礼にあたるか。

 なら今後はカエルかリス辺りに例えるとしとこう。


 俺はまたひとつ賢くなった。


「さて、星宮それでこの後なんだが……星宮?」


 返事がないのでどうしたのかと思い星宮を見ると何故か顔を両手で覆っていた。


「どうした?もしかして体調が悪いのか?」

「……なんでもない……ただ……」

「ただ?」

「……不意打ちはずるい」


 不意打ち?

 はて、なんの事を言ってるんだ?別に戦ってた訳でもないし星宮に不意打ちなんてした覚えはないのだが。


 考えどもまったく分からない俺をよそに耳まで赤くした星宮は誰にも聞こえない小さな声で呟く。


「モノマネをした顔もって、その言い方だとまるで私を異性として意識してくれてるみたいに聞こえるじゃないか……」

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