episode16

 狐が殺されてしまう前になんとか間に合った。しかしどうも少し目を離した隙に余計なのが巻き込まれてしまったようだ……二名ほど。


「ま、色々言いたい事はあるけれど後にしてだ。早々に片付けようか」


 独り言のつもりで俺は口走る。

 しかしそれが聞こえていたのか死獣は唸り声をあげながら俺に殺気を向ける。


 へぇ、やる気はあるのか……。


 俺が近づこうとすると死獣は素早く動く。

 それは背を向け距離をとっていく……ようは逃走だ。


「切り替えが早いな」


 狐と俺の強さの違いをしっかりと分かった上での行動だな。まぁ野生の獣らしいといえばらしいのだが。


 生かしといてところで害しかない。

 とっとと追いかけて終わらせよう。


「星宮。悪いけどこの場を任せるぞ」

「いいよ。あ、それと終わったら話があるからちゃんと私の所まで戻ってきてね」

「ん?ああ、わかった」


 話ってなんだろうか?

 今回の一件と関係ある話だろうか?それともまた別件のなにかだったりして……いや、今は考えるのはやめよう。

 油断がどんな結果を招くか分からない。


 気持ちを切り替えると星宮達をその場に残して死獣を追うのであった。


〜〜〜〜〜


 銀がその場から消え残された二人と一匹。


 無邪気な子供以外静かだった一人と一匹だが、一人がその沈黙を唐突に破る。


「さて、あれは彼に任せれば問題ないだろうし、そろそろ私は君とお喋りしたいな。お狐さん」

「……」

「ふふ、そんな警戒しなくて取って食べやしないよ」

「……」


 人当たりの良い柔らかい笑みに声。

 しかし狐の警戒心は和らぐどころか上がっていく。

 獣としての部分の直感が人としての狐に叫ぶのだ。

 

 少しでも隙を見せれば食われると。

 

 そしてそんな狐の警戒心を見抜いてか翼は残念そうな顔をする。


「これが電獣になった一種の弊害てやつかな。私的には全然そんな気はないのに変に警戒されちゃう」


 心底残念そうに聞こえる声。

 だがそれでも狐の警戒心は変わらない。


「はぁ……今回はこれ以上話すのは無理みたいだね。仕方ない。またの機会にするとしようかな」

「わんわん!わんわん!」

「ふふ、子供の無邪気な姿を見るのは悪くない。けど、今日見た事は忘れようね」


 翼は人差し指を窓越しの子供の額に軽く触れる。

 すると子供は強烈な睡魔に襲われた様に瞼を重そうに瞬きを繰り返したあと倒れた。


「!?」

「心配しなくても命に関わる事じゃないよ。ただ、今の出来事を忘れて眠ってもらっただけ」


 翼はそう言って子供の乗る車の中を見てみろと手でジェスチャーすると狐は恐る恐る車の中を覗き込むとそこには気持ちよさそうに寝息をたてる子供の姿があり安堵した狐は車から、その横に立つ翼から少し距離をとる。


「安心した?ならとっとと病院の中に帰った方がいいよ。でないと彼がさっさと此処に戻って来て帰るのが難しくなるから」


 そう言うと狐は慌てて病院へ小走りで向かおうとする。


「……」


 しかし突然足を止めてしまう。 

 銀が死獣を追って行った道を見ては病院を向いて走ろうとする。が、進めず銀の走って行った方を見るを繰り返す。


 そんな狐のおかしな様子に翼は首を傾げ、まさかといった風に言葉を口にする。


「もしかして、彼を心配してる?」


 狐は図星とばかりに頭を垂れた。


「理由はどうであれ助けてくれた。そしてその恩人は今もこわーい、こわーい、敵を追って戦っている。なのに自分は恥知らずにも病院のベッドに入って眠ってしまっていいのか……っと、こんなところかな?」

「……」

「おっと、ごめんね。少しきつい言い方をしちゃったね」

「……」


 予想以上に翼は自身の放った言葉で狐が意気消沈してしまっているの目の当たりにしてしまい本気で申し訳なくなった。


「でもさ、その心配は杞憂だよ」

「?」


 項垂れていた狐は翼の言葉に引っ張られる様に振り向く。


「彼は、強いんだ。この世界で唯一、私と対等に戦えるほどにね」


 まるで花の様に可愛らしい笑みを浮かべる翼。


 それは誇らしげで、愛おしそうに。


〜〜〜〜〜


 病院には二つの出入り口がある。

 一般の駐車場が近い正面出入り口にその真反対にある職員専用の裏口。


 死獣はあえて端から端などという距離のある裏口から脱出を狙っていた。

 理由は簡単に追跡をさせないためだ。

 これはケースバイケースではあるが、まぁ間違いではない。


 ただ追ってくる敵が常識外れのスピードであれば小細工なんて意味ないのだが。

 

「アホだな。狸が狼に足で勝てるはずもないだろうに」


 裏口手前で倒れ消えていく死獣を見下ろしながらそう言うと俺は踵を返し星宮の待つ場所まで急いで戻ってきたのか……のだが。


「……あのさ」

「なに?」

「子供はさ、親が戻って来たから帰ったんだなでいいんだよ。でもさ……」

「でも?」

「……なんであの狐まで居ないんだよ?」


 戻ってみれば居るのが星宮一人だけって、俺は頼むと言ったと思うのだが。


「え?私が今日は帰っていいって言ったからだけど?」


 呆れて言葉もでない。


 これじゃあ頼んだ意味全然ないじゃないか。


「あれが悪人じゃない保証はまだないんだぞ。もしあいつが取り返しのつかない何かをしたらどうするつもりだ」


 見逃した事への覚悟。

 それはあるのかと問うと星宮は真っ直ぐ俺を見据える。


「そのときは私が殺すよ」


 どこまで暗く深い。

 まるで血に染まった海を見ている様に思わせる程に重たい本気の殺意。

 

 覚悟はちゃんとあるわけか。


「野暮なことを聞いたな。わるい」


 知らずとはいえ俺の言葉は覚悟を持った奴への侮辱だった。

 だから素直に謝ると星宮は瞳を伏せて首を横に振る。


「いいよ。覚悟のあるなしなんて普通は人の目を見て話してみないと分からないんだからさ」

「いや、それでもーー」

「でもさ、私思うんだ」

「……なにを?」


 星宮は伏せた瞳を開き笑う。


「あのお狐さんと直接言葉を交わした訳じゃないけど、その行動と意思からは悪い事をする様な人間じゃないってさ」


 その瞳はさっきの覚悟を示した時のものと違い普段の、俺と話す時に見るどこか楽しげなものだった。


 そういえばあんまり気にしてなかったけど今思い出すとあの狐、俺が駆けつけた時にまるで星宮達を守る様にしてたな……。


「……良い奴だと、いいな」

「うん!あ、それとさ」

「ん?」

「私、終わったら話したいことがあるって言ったよね?覚えてる?」

「あぁ、覚えてるぞ」

「よし!なら今からラーメン食べに行こうと思うんだけど一緒にいかない!」

「ラーメン?」

「そ!静希くんが此処で戦ってるの遠くから観察したら星でも見ながらラーメン食べたくなっちゃってさ〜誘いに来たんだよ!」

「……はぁ」


 どうしてこんな所に来たのかと思えば、まさかラーメン食べにいくのを誘いに来ただけとは、やれやれだ。


 しかしまぁ、俺もさっきまで家に帰って星でも見ようと思ってたところだし丁度いいか。


「……今待ち合わせ少ないから行くなら極力安い所で頼む」

「心配無用だよ!あっちの方に安くて美味しいラーメン屋台があるから!」


 そう言って星宮は人間態に戻った俺の手を楽しそうに引いて薄暗い道を明るく走るのであった。

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