episode15

 冷たい風が吹き抜けていく屋上。

 向かい合う俺と狐の電獣は互いに動かず動きを探り合っていた。


 さてどうしたものか。

 敵ならこの場で身動きがとれなくなるまで痛めつけて話を聞けばいいが、敵意らしいものを感じないんだよな……それどころか怯えてる様にすら感じられるし。


「……」

「……」


 いや、このまま睨み合っていても時間の無駄だ。望み薄だけど会話してみるか。


「えー、こんばんは!いい夜だな!」

「……」


 無視かよ!?社交的に接してやってんのにそれはなくないか!?


 狐の電獣は一歩、後ろは後退する。


「てめぇ!?なに逃げようとしてんだ!?平和的に会話がしたいから話しかけたのに無言でさよなら〜、なんて人を馬鹿にすんにも程があんだろうが!?」

「っ!」


 震えながらまた一歩退がる。


「てんめぇ、それが返答だって言うならこっちにも考えがーー」


 下から突如影が飛び出してきた。

 それは先程狐の電獣の体当たりで屋上から落とされた死獣だ。


 死んでないだろうとは思ってたけどもう戻ってきたのか。随分と執念深いやつだ。

 とはいえ、あの程度どうとでもなるだろう。


 と、この時の俺はたかを括っていたのだが実際は……。


「っ……!?」

「はぁ!?ちょっ!?」


 死獣はさっきの逆襲とばかりに狐の電獣の前足に噛みつく。そして随分と弱気な抵抗虚しくビルの屋上から二匹揃って落ちた。


 一人その場に取り残された俺は数秒程フリーズするが事のヤバさに慌てて後を追う。


「まず過ぎだろうがそれは!?」


 見誤った!

 スペック的に狐が反撃すれば振り解くことは容易だった。でもあいつ、完全に動揺して反撃もなにもできてなかった!戦いが得意じゃないんだ!


 このままだと最悪殺される!


「っ、どっちだ!」


 着地した後落ちた付近を見まわすが2匹の姿がどこにもない。


 一体何処へーーっ!

 少し離れたところで物音がする。

 硬いものが削れる音に何かがのたうち回る様な音、間違いない!戦ってる音だ!

 それに成り損ないの気配も感じる!


「あっちか!」


 急いで音のする方へと走る。

 どうか最悪の事にはなってくれるなと祈りながら。


〜〜〜〜〜


 人気のない病院の駐車場へ追い込まれた狐の電獣は自分がどうすればいいか分からなかった。


 この場から逃げればいいのか?

 それとも大人しく助けを呼ぶべきか?

 いや、そのどちらもきっとダメだ。

 何故ならあのモヤ、死獣はきっと逃げても助けを呼んでも何処までも追って来て襲う。

 なら自分はどうすればいい?

 大人しく殺されればいいのか?

 それともろくに出来もしない戦いをすればいいのだろうか?


 どれも選べずぐるぐるとどうしたらいいかと考えながら死獣の攻撃にただ耐えるだけサンドバック状態。

 やがて狐はこれを耐えていたらいつかは飽きて終わるとありもしない事を考え出す始末。


 しかしここで予期せぬ事態が発生する。


 ダン、と何かを叩く音がその場に響く。

 狐はその音の鳴った方に視線を向けるとそこには車の中から自分達を見る子供の姿があった。


「わんわん」


 無邪気に窓を叩きながら声を出す子供。

 狐は恐る恐る火のついた爆弾の導火線を見るように視線を子供から死獣へと向ける。


 すると死獣は子供を見ておりモヤのような体に浮かぶ頭蓋が笑った様に狐には見えた瞬間、何が起きるかを悟った。


「っ、やめーー」


 静止など聞くはずもなく死獣は子供の方に駆け出し、狐は慌てて起き上がそれを止めようと後を追う。

 しかし走りだしたタイミングとダメージのせいでどうしても死獣との距離が縮まらない。


「間に合わない……!」


 悲壮感から声を出したその次の瞬間、まるで不幸が連鎖する様にその人間は現れた。


「おやおや、これはまた妙な場面だねぇ?」


 自分達の向かっている車の直ぐ横に小柄な女子高生、星宮翼が不思議そうな顔をして現れたのだ。


「っ、なんで次から次に……!」


 狐にとって最悪だった。

 ただでさえ死獣に追いつけず焦っているのにここにきて二択を突き付けられたのだから。


 その1、このまま全力の全力、超全力を出して死獣を追い抜き子供を救う。

 その2、超全力を出して死獣を追い抜き星宮翼を救う。 


 選べるのは1つ。救えるのは一人。


「っ……」


 迫る時と極限の精神の中、狐の選んだのはーー。


「ーーぐっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 どちらでもありどちらでもない。


 超全力を出し成り損ないを追い抜く。

 そして突っ込んでくる死獣を正面からの体当たりで突き飛ばし狐は2人を背にし守るように立ち塞がる。


 一人だけを見捨てず助けるのではなく二人とも助ける。それが狐の選んだ選択だった。


「わんわん!わんわん!」

「うーん、わんわんじゃなくて、こんこんかな」

「わんわん!」

「あー、興奮して聞こえてないか。まぁ、いいけど……それより、中々面白い展開になってきたね」


 興奮する子供と腕を組み興味深そうに目を細める翼。

 そんな二人を他所に狐は目の前に集中していた。自分後ろに一歩も踏み入れさせないという固い意志を胸に。


 しかそ狐の二人を守るという意志とは裏腹に死獣の意識は今完全に狐一匹に向けられていた。何しろこれで二度目なのだから。突き飛ばされるのは。


「っ!?」


 凄まじい殺気を浴びて一瞬たじろぐ狐。

 その隙を今の死獣が見逃すはずもなく一気に距離を詰めてその喉笛に牙が迫る。


「ーーあ」


 狐は直感的に感じた。

 これはダメなやつだと。

 

 数年分の生きた思い出が牙が突き立てられる数秒の間に一気に駆け抜けていく。 

 良い事も悪い事、それに最後の最後に思い残したこと。

 

 そして果たせなかった誓いを悔やみながら終わりを受け入れようとする。


「ーーバカが!!何を諦めてんだ!!」

「っ!?」


 死の淵から引きずり戻すかの様なその声に狐はハッとするといつの間にか首に牙を突き立てようとしていた死獣は少し離れた所に倒れこんでいた。


 そして代わりに目の前にいるのは狐を守る様に前に立つ月光に照らされる灰色の狼なのであった。


「お、ナイスタイミングだね!」

「わんわん!わんわん!」

「そうだね。あれは確かにわんわんだ」

「こら!キッズにロリ!今修羅場なんだから気の抜ける事言わず空気を読んで口閉じてなさい!」

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