episode10

 死獣に追われ電獣になり星宮と愉快な仲間達と出会ってから数日が経過した。

 

 まったく何事もなく。


 俺はもっとバチバチに命のやり取りをするものかと思っていた。だが現実はこんなもので変に期待をしすぎたのだろう。


「ーーさて」


 電獣になっても俺は学生。

 今日も今日とて学校へ行かないといけない……訳なのだが。


「あー……嫌だな。帰りたい」


 玄関を出て数秒で俺は家に戻りたくなっていた。


 一応言っておくと正確には学校へ行くのが嫌のではなくてその道中立ち寄る港、そこに居るであろう人物に会うのが嫌なのだ。

 

「一回本気で休んでしまうか?そうすれば顔を合わせる事はないし万事解決……いや、ダメだ。今日は良くてもあの人の性格だとまず間違いなく明日から家の前で待ち伏せをする筈だ。そうなったらいよいよ逃げ場がない」


 進むも下がるも地獄。


「があああ!俺はどうしたらいいんだ!?」

「朝から元気ですね。静希さん」

「っ!?」

「おはようございます」

 

 ば、バカな、どうして此処に……。


 まるで景色の一部のように溶け込んでおり声を掛けられるまで前に立っている事に気がつかなかった。

 いや、実際声を掛けられて目の前に立っているのに今も気配がないしワンチャンこれは俺の心の生み出した幻影幻聴という可能性もあるにはあるのではないかーー。


「ーーて、んな訳あるか!?本物じゃねぇかよ!?なんでこんな所に居るんですか風磨さん!?おはようございます!?」

「おやおや、予想外に元気の良い挨拶。何か良い事でもありましたか?」

「へ?あー、えーと……目覚めろテレビの星座占い……かに座が、一位でした」

「おや、それは運が良いですね。おめでとうございます」


 どうでも良いくせに心にもないことを……いやそんな事はどうでもよくて今重要な事はたった一つだ。


「……風磨さん。一応聞きますけど、今日此処に来た目的は、ひょっとして……」


 恐る恐る尋ねると風磨さんは和やかに笑う。


「ええ、勿論貴方に我々、いえ、お嬢様に忠誠を誓ってもらいたいがためです」


 男の名は風磨弥勒ふうま みろく

 俺が電獣になったその日に会った星宮の手下の一人。


 そして最近俺を悩ませるしつこい勧誘行為を繰り返す悩みの元凶その人である。


〜〜〜〜〜


 銀が弥勒と遭遇する30分程前。

 学校の制服を着た一人の少女、星宮翼がコーヒーの入ったカップ片手にマンションのベランダから身を乗り出して外を眺めていた。


「ふぅ、今日はいい天気だね」


 最近曇りばっかりだったしこんなに晴れると心なしか面白い事が起きるような気がするな〜。とは言え私が面白いと思う事であって他人からしたらきっと嫌なんだろうけど。


 悪戯な笑みを浮かべながら翼は部屋に戻ると中には呆れ顔で翼を見る長身ポニーテルの美女が立っていた。


「ちょっとお嬢様、毎回言ってますけど落ちたら危ないから身を乗り出さないでくださいよ」

「あ、桔梗ききょう。おはよう」

「はぁ、返答は相変わらずなしですか……おはようごさいます」


 彼女の名は望月桔梗もちづきききょう。此処には居ない風磨弥勒と同様に翼に忠誠を誓う者の一人である。


 翼は心配性な桔梗に対してやれやれといった具合に笑い朝食の並べられたテーブルにつき遅れて桔梗も座り朝食を始めた。


「まったく朝から心配性だね。私こんな見た目でも今年16だよ?」

「小柄や年齢で人を心配しないなんてありませんよ。あとお嬢様の体のごく一部分を見て言わせてもらえば子供扱いしたくありませんね」


 桔梗はやや腹立たしげに翼の大きめに膨らんだ胸部を自身の平坦な胸部と見比べる。


「えー、でもこの間見た……驚き!世界の不思議!って、番組だと海外のある地域のお嬢様小学校に通う子達皆んなDはあってそれが普通って言ってたからやっぱり私って小柄じゃない?」

「なんたる理不尽!おのれっ、一体どういう育ち方をすればそんなっ……」


 夜の理不尽に憤慨し桔梗は手に持った箸をへし折る。


 うっはぁ、相変わらず良い反応して〜、ご馳走様ご馳走様ーーとっ、でも朝からヒートアップさせ過ぎるのはよくないよね〜。


「そういえば弥勒はどうしたの?」

「ぐぐぐっーーえ?弥勒?あ、あー……多分、今日も説得しに行ったんじゃないんですかね」

「え、また行ってるの?」

「はい。それもはりきって」

「……はぁ」


 自分で話を変えといてあれだけどこの話題は失敗だったな……主に私的に。


「因みに聞くけど、それって静希くんに私の手下になれや忠誠を誓えなんて頭のおかしい話でいいんだよね」

「頭のおかしい話じゃありません!お嬢様に忠誠を誓う事は誰にとっても幸せな話なんですから!」


 まるで狂信者……いや、事実狂信者である桔梗は興奮した様子で目の前に座る翼本人に対してそう言ってのける。


 しかし信仰の対象である翼はコーヒーを一口だけ口に運んだ後大きめなため息を吐く。


「……私は前に言ったよね。君達が私に対して狂信的に慕ってくれるのは嬉しいと」

「はい!だから今もこうやってーー」


 それ以上何かを言おうとした瞬間桔梗は気づく。そして凍りついた様に口が止まる。

 

「でもね、私もこうも言った筈だよ。それはあくまで君達だけのものであって無理に人に押し付けようとするなって」


 酷く冷たい声。

 そしてその気持ちを形にした様に一切笑っていない瞳。


 桔梗の全身に震えが走る。

 そしてじんわりと桔梗の目から涙が溢れる。


「す、すみません!わ、私達、気づかない間にお嬢様の気に触ることをーーは!そうだ!今から弥勒のところに行って直ぐにでもやめさせます!謝らせます!だ、だ、だから、だからどうか……わたしを、私達を捨てないでください……」


 対象への恐怖ではなく対象から必要とされず見捨てられてしまう事からの恐怖。

 

 それが桔梗。

 そしてこの場に居ない弥勒にとってそれがこの世で何よりも恐ろしい事だった。


「どうか!どうか!」


 祈る様に繰り返す桔梗。

 するとそんな彼女の頭に翼は手を置く。


「私は君達を捨てる気なんてさらさらない」

「っ!?」

「ただね、私を主人として仰ぐ以上は気持ちの強制や押し売りなんかを君達にやってほしくないんだ。だってそれは私がこの世で最も嫌いなものの一つであって君達のまた一度はその被害にあった人間なんだからさ」

「っ……」


 翼の言葉で完全に口をつぐんでしまう。

 そんな彼女に翼は涙で濡れた顔をハンカチでぬぐい笑い掛ける。


「さ、この話は一旦終わりにしてご飯食べよ?でないとせっかく桔梗の作ってくれた美味しい朝食が冷めちゃうからね」

「っ……はい!」


 鼻水を啜って嬉しそうに返事をする桔梗。

 そして楽しい朝食を再開する二人。

 そんな中ふと、翼はテレビを見た。


 そこに映っていたのは……失礼しました!先程やった占いの結果は誤りで1位はかに座ではなくおとめ座です!繰り返します1位はおとめ座です!……というものだった。


「へ〜、こんな事もあるんだね。最下位だった私の星座がまさかの1位なんて。ふふ、今日は本当に何か楽しい事でもありそうだ」

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