episode7

 獣達が消え嘘の様に静かになった屋上で一人景色を眺めている星宮に俺は歩み寄る。


「人間態に戻らないの?」


 星宮は景色を見たまま呟く。


「ああ、もう少しこの姿でいる」

「ふーん、なんで?」

「この姿でいるとビーストライフで遊んでた時を思い出せてなんかほっとするから」

「ふふ」

「なんで笑うんだよ」

「だって、理由がなんか子供ぽくて」

「むっ、なんか馬鹿にされた気がするな……でも結構な事だろう?三つ子の魂百までってやつさ」

「おっ、言うね〜」


 横に座る俺に星宮はずっと笑顔で会話をする。楽しそうなのは結構な事だが相手である俺は内心不思議だった。


 俺って基本人見知りで口下手の筈だけど、なんでかな。星宮と話していると口籠る事もなくすらすら話せる。


「ーーさて」

「ん?」

「談笑はこの辺りにして約束した通り本題に入ろうか」

「あー……そうだったな」


 おっとと、そうだったそうだった。忘れてた。


 まるでコメディードラマからシリアスドラマに番組が変わる様に終始柔らかい笑みを消し真面目な顔と雰囲気を出す星宮と俺は改めて話をする。


「さて、色々あるんだがまずこの話題からいこうか……星宮。お前、わざと俺を巻き込んだな?」

「あはは……面と向かって言われると結構心にくるね」

「否定しないんだな」

「否定する意味がないからね」


 確かにその通りだ。

 上書きを終えた今の俺はどうしてあの獣達が俺や星宮を襲ったのかわかっている。


 奴等の名は『死獣しじゅう

 心を持たず魂の強い人間を襲い食らうだけの怪物。

 襲われる魂の強い人間の例を一つ挙げるならそれは元ビーストライフプレイヤーなんかは恰好な獲物だ。


 つまり死獣に追われており電獣の事など知っていたなどと踏まえると星宮もまた電獣というわけだ。


「上書きを終えてるお前なら死獣から逃げ切るなり倒すなり簡単だった筈だろう。なのにどうしてわざわざ……」

「んー……どうしても聞きたい?」

「そりゃあまぁ、一応」

「そうか……そうだよね……」


 早々に自分が巻き込んだ事を認めた星宮だが何故か理由については何か言いづらそうに考え込む。


 予想外の反応だな。

 相当複雑な理由でもあったんだろうか?

 正直気にはなるけどここまでの反応をする女子に無理に聞くのは男としてはな……。


「……そんなに言い辛い事だったら、べつにーー」

「いやいや!言う!言うから!ちょっと待って!少し怖気付いただけだから!今すぐ気持ちを整えるから20、いや10秒だけ待って!お願いだから!」

「え?あ、はい」


 そう言って顔を真っ赤にした星宮は深呼吸を繰り返す。


 あんなに顔を真っ赤にして声を荒げるなんて、もしかして怒った?いや、あの慌てようから考えるとなにか恥ずかしい事だったりするのだろうか?


 などとまぁ予想をしていると星宮は落ち着いた様で語り出す。


「私が静希くんを助けた理由……それは君が私にとっての唯一だからだよ」

「…………はい?」


 まったく意味が分からない。


「あーごめん、少し省略し過ぎたね」


 咳払いを一つすると星宮は目を瞑る。


「自慢じゃないけど私はビーストライフをやってた頃は誰が相手でも絶対勝つ敵無しの最強だった。けど強過ぎたからか戦ってくれるプレイヤーはいつしか殆いなくなって退屈だった……」


 言葉を吐き出すと共に遠い過去に思いを馳せているのかどこか悲しそうな表情をする星宮。


「もういっそ辞めてしまおうかとも思った……けどね、そんな事を思っていた私の前に現れたんだよ……一匹の狼が」

「!」

「あの時は本当に面白かった。まだ始めたばっかりのレベル1なのに最大レベル50に達している私に戦いを挑んでさ」


 先程の悲しげな声とは違い今の星宮の言葉は温かな熱、喜びが感じられた。


「レベルやステータスなんか関係ない。がむしゃらに本能のまま戦って私に一撃を見舞ったただ1人のプレイヤー。私を退屈から救ってくれた柊生のライバルであり友人……ふふ、唯一っていうのはこんな意味だよ」


 嘘の様に悲しそうだった表情も消えまるで無邪気な子供の様に目を輝かせ語る星宮は本当に楽しそうだ。


 そして話を聞いていた俺もまた星宮と同じ気持ちだ。

 なにしろ俺にとってはその出来事こそがあの世界にハマる最大のきっかけとなったのだから。


「……そうか、お前が最強のコウモリ、静寂サイレントだったのか」

「そうだよ。改めてはじめましてだね。最速のオオカミ、疾風ハヤテ


 何度も牙と爪を振るいあったライバル。

 もう二度と会うことはないと思っていたのに、それがまさかこうやって現実で再び会える日が来るなんて嬉しさで少しうるっときそうだ。


「こんな偶然もあるだな」


 そんな俺の発言に対して星宮は不思議そうに首を傾げた。


「偶然?違うよ。私は君がこの町に住んでるのを知って引っ越して来たんだよ」

「嘘つけ。引っ越してくる理由は置いといても俺の個人情報なんて知りようがないだろう?」

「それは最終ミッションの報酬であるなんでも願いを叶えるっていうやつでお願いして開発者に聞いたんだよ」

「ふーん……ん、今なんて?」


 どうにも今、聞き逃さない事を言いやがった様な気がするけど気のせいかな?


「だから、サービス終了前にやった最終ミッションあるでしょう?その達成報酬で開発者から狼、つまり静希くんの個人情報を聞いたんだよ」


 まるで近所で家の場所を聞いたみたいな軽い感じで言いやがる星宮に対して色々堪えて俺は空を見上げる。


 へー、あのミッションの報酬のなんでも願いを叶えるってやつ本当だったのか。

 まあ、コウモリなら当然優勝するだろうし叶えててもなんら不思議じゃないよな。

 という事はさっきのは聞き間違いじゃない訳だ。はははははーー。


「ーーバカじゃねぇの!?」


 やっぱり我慢出来ず叫んでしまう。

 すると星宮は突然なんだと言いたげな目を丸くした。


「え、な、なにが?」

「なんでも願いが叶うかもしれなかったんだぞ!?それなのに人の個人情報なんぞを知るためにそれを使うなんてバカだろうが!?」


 心底勿体無い。

 もっと自分のためになる願いをすればよかったものを……。


 だが当の本人は俺の言葉を笑い飛ばす。


「あはは、今さら怒鳴っても後の祭りだよ。第一私は他に願いなんてなかったしこれでいいんだよ」


 まったく、どこまでも変わった奴……。


 俺なんかの個人情報が知れてどうしてそこまで満足なのか理解出来ない。

 だがまぁ価値観は人それぞれ、これ以上何かを言うのは野暮だし聞くのはやめよう。


 とりあえず星宮翼の正体は分かった。

 次にこれからについて色々話そうと俺は思っていたところ、何かが近づいて来る気配を察知したのだった。

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