episode6

 銀が突然立ったまま意識を失って数分。

 獣達は獲物である2人を逃げ場のないビルの屋上に追い込み戦意を失わせたうえでなぶり殺して食らおうと考えていた。


 そしてそれはあと少しで達成されようとしていたのだが獣達は出来ず動揺していた。


『何故近づけない?』

『何故前に出した筈の足が後ろに下がる?』

『脆弱な人間を仕留める。ただそれだけなのに……』

『どうして?』

『どうして?』

『どうして?』

『『『どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてーーーーーーーーー』』』



『『『どうして、あの人間の女・・・・が恐ろしくてしかたない?』』』



 獣達はただ立っているだけの翼を睨みつける。


 なにかをしたわけじゃない。

 本当にただ立っているだけで銀から手をどけた後は腕も指も一切動かしていない。

 なのに、獣達は恐ろしくて近づけない。

 まるで無数の銃や刃物を突き付けられている様な気がして。

 

 そんな異様な気配を感じる現役JK翼に対して3匹はこう思った。


 あれは人間ではないのではないかと。


「……はぁ」

『『『!?』』』

「まったく、つくづく頭のおかしい話だよね。資格を与えておきながら説明は一切なし。成功すれば万々歳。失敗すればそれまでなんて……」


 翼は自分を取り囲んでいる3匹を見回した後、酷く気の毒な物を見るかのような目をした後瞳を伏せた。

 すると先程まで感じていた恐ろしい気配が嘘の様に消える。


「とまぁ、他人事みたい言ってるけど結局のところ静希くんに詳しい話をしていない時点で私もあの人外・・と大差無いんだろうけど……」


 これは罠だろうか?

 それともさっきの気配が気のせいなのかと、動揺ばかり大きくなり結局3匹は動けず無駄に時間だけが過ぎていこうとする。


 しかしそれを拒むように塞がれていた屋上に繋がる扉が弾け飛ぶ。


「やれやれ、気配が消えるなり突撃……機を狙ったのかそれともただ単に我慢の限界だったのか。まぁどっちにしろ愚かだね」


 心底呆れた様子を見せる翼に対し扉を破って飛び出した4匹目、いや翼達を追っていた最初の1匹目は猛々しく吠える。

 すると動揺していた3匹からまるで最初から無かったように突然動揺が消え迷いなく翼達の方に向かって走り出す。

 

「愚者であってもそれが頭で命じられれば下は黙って従うか。ほんとに愚かだよ……君達は」


 心底愚かだと思いながら一歩も動かない翼に三方向からナイフより鋭利な獣の牙に爪が振るわれる。


 もう気が変わって動こうとも手遅れ。

 翼のこの後の結末は間違いなくの死。


 阻む者がいなければだが。

 

「ーーオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

『『『!?』』』

 

 その場にあるもの全て、体を地を大気を揺らす咆哮が轟く。


 獣達はその咆哮を聞き本能から即座に攻撃を含めた一切の動きを止めて視線だけを咆哮の発生源に向ける。

 するとそこには、銀が居た場所に銀の姿はなく代わりに1匹の青い炎の獣が空に向かって吠えていた。


「体だけじゃなく魂も震える様なこの声。あの世界で遊んでた時と何も変わらない……良い声だ」


 青い炎の獣を見てそういう翼。

 しかしそれをチャンスと捉えたのか4匹は硬直から復活し即座に攻撃を再開した。


 狙いは頭、胴、腕、足。

 不定形ながら鋭利さを感じさせるその牙で四方から噛みで砕こうとする。


「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」

『『『『!?』』』』


 しかし牙は決して翼に届く事はない。

 そして獣達は知らない。

 かつてある世界で青い獣がなんと呼ばれていたか。


 青い炎の獣は吠えると瞬く間にその場から姿を消し星宮の前に現れる。

 そしてそれと同時に獣達は来た方にぶっ飛ばされた。


「最速の獣、その異名の通りまさに疾風」

 

 青い炎の獣の炎はやがて風に吹き消される様に消えていき、中から現れたのは全身灰色の金属装甲の体に青い双眼を輝かせたその姿は獣、いや正確にその呼称するのならーー。


「狼」


 その姿を前に祝福する様に翼は言う。

 

「おめでとう。そしてようこそ。新たな人間……電獣でんじゅう


〜〜〜〜〜


 目を開けてから思った事は晴れ晴れしさ。

 悩みを解消した時や勝ちたい相手に勝利した時や未知に触れた時の様な言い表しようなない文字通りの太陽の光に照らされた時の様な晴れ晴れしさだ。


 これが上書きの結果……電獣・・になるという事か。


「やあ、お帰り。静希くん」


 声を掛けてきたのは星宮だった。


「電獣になった気分はどう?頭が痛かったり体の感覚がなかったりしない?あとちゃんと話せる?」


 痛みはないし感覚もちゃんとある……が、話せるかはどうだろう?今の俺は一応狼だし一応確認がてら試しておくか。


「ん、あーあー……うん、話せるみたいだ。それと痛みはないし感覚もある」

「それは良かった。もしどこかに異常があったら私は私を許せなくなっちゃうからね」

「……色々言いたい事や聞きたい事はあるけどそれは後にしとく。今は……」


 周囲を取り囲む3匹とぶっ飛ばした怯んでいる最初の1匹の計4匹を順に見る。


 まだ咆哮の影響で動きは鈍い。

 襲って来たとしても反撃は容易……だが奴等の戦意の無さからこの後の行動を考えるとそう悠長に構えている訳にもいかない。


「ふむふむ、このままだと間違いなく逃げるね」

「それだけで済まないだろうが」


 得た知識から知った奴等の性質上このまま放置しておくと間違いなく俺達以外の人間を襲う。だからこそこの場で迅速に倒す必要がある。


 前足を数回上げて下げて大地を踏み締め感触と体の調子を確認する。


 調子は悪くないが、やっぱりまだ思うままとはいきそうにないか……。


「星宮、悪いがそこから動くなよ。まだこの体に慣れ切った訳じゃないから、巻き込まない自信がない」


 普通なら何処かに隠れてろと言うのが普通だが俺の場合後ろに居てもらった方が守りやすいから反論される前提でそう言う。


 しかし星宮の反応は予想とは違った。


「私は此処に立っていれば君は間違いなく私を守ってくれるんでしょう?」

「ん?ああ、そのつもりだけど?」

「じゃあ問題ないね」


 星宮は後ろで手を組んで瞼を閉じた。


「私は君を信じてるから」


 迷いなど微塵など感じられない言葉。

 

「まったく、何でか知らないがえらく信用されたもんだな……だがまぁ」


 敵の方を向き四肢に力を込め始める。

 すると4匹は俺の動きを察知しその場から慌てて逃げようとする。時間にしたらおよそ10秒程でバラバラにこの場から完全に逃げ果せるだろう。


 俺が相手でなければだが。


 4匹の後ろ足二本は動き出そうと力を加えた瞬間砕けた。いや、見た目が蜃気楼の様なモヤなのだから霧散したといった方が正しいのだろうか。


 最初に4匹まとめてぶっ飛ばした時点で足に致命傷を与えていた。逃げようとしたり攻撃してこようとした時点で足が崩れる様に。

 

 勝負は既についていたのだ。


 地を蹴ってその場から2秒ほど姿を消し再び星宮の前に立つと同時に頭部の消えた4匹が倒れその数秒後、倒れた獣達の体は煙の様に宙に溶けて消えてなくなった。


「信用されるってのは悪くない」

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