episode5

 最初にスリルを楽しんでいると言われた時、俺は否定も肯定もしなかった。いや出来なかったの方が正しいのだろうか。


 何しろ俺は自分の気持ちが分からなかったから人の言う事を鵜呑みにしたくなかった。

 

 だが今は違う。


 だってもう認めるしかないだろう?


 指摘された通り笑っていた。

 嫌だった退屈は綺麗さっぱり忘れていた。

 極め付けは追われてた時から死にそうになっている今も高鳴っているこの心臓、気持ち悪いどころか気持ちが良いとすら感じられるこの脈動……否定する方が無理だってものだ。


 我ながらイカれてる。

 これが俺の本性とは……だが仕方ない。


 これが俺という人間だ。

 きっとそこに笑みが浮かび心臓が高鳴る様なスリルがあるなら例え化物が跋扈する死地へとも本能のまま足を踏み入れる。


 そう、血に飢えた獣の様に。


「ーーっ!?」


 瞬間、心臓が今までで一番苦しい位に高鳴った。


 心臓が爆発したのかと思い慌てて自分の胸に手を伸ばすと先に添えられていた星宮の手に触れる。


「蓋が開いたね。さあ、声に耳を傾けて」


 星宮は何やら不思議な事を言って手を離した。


「耳をって、いったいーーっ!?」

『ーーーー』


 声がする。


 まるで頭の中に直接響く様な不思議な声。

 それでもってこの声には聞き覚えがある。

 これは階段で聞いた声と同じものだ。


 しかし違うところもある。

 それはハッキリと何の声であるか分かる事だ。

 

「人の声じゃなくて獣の鳴き声……いや、遠吠え?」


 まるで犬の様……だがしかし、なんというか犬ではない様にも思える。

 この遠吠えは犬とは比べ物にならない位の力強い野性味と近寄り難い誇り高さの様なものを感じる。


 こんな動物の声、聞いた事もない。


「……でも、なんでだ」


 俺にはこの遠吠えは何を言っているのか分かる。


『こっちへ来てくれ』

 

 呼ばれている。


 しかし一体どうしたらいいんだ?

 姿は見えないし何処に居るのかも分からない。ましてやこんな状況で誰かの元へなど行けようがない。


 するとそんな俺の疑問に答える様な内容の遠吠えが聞こえる。


『会いたいと望めば会える』

 

 何を突飛な事を言ってるんだ?

 望めば会えるなんて魔法や超能力じゃあるまいし。


 現実的じゃないと否定的に思う。

 しかし俺は声を疑ってはいなかった。  

 本当の事を言ってるのだと感じるから。


「望む……望む……」


 会いたい。

 俺はお前にあいたーー。


 瞬間視界が突然停電したみたいに暗転し何も見えず聞こえず闇の中へと落ちていった。


〜〜〜〜〜

  

 暗転して数秒後、肌を突き刺す様な物凄い冷気と共に視界は徐々にクリアになり俺はいつの間にか夜の雪原に立っていた。


「…………本当に来ちゃったよ。てか、ここ何処だよ?異世界転生でもしたのか?」


 漫画アニメ好きが思う一度はやってみたい異世界転生。神様からチートスキルもらって平凡から一転。俺TUEEEで女からキャッキャッ、モテモテの夢のような生活に俺も仲間入りか!


「ーーなんて、そんな夢みたいな話が本当にある筈もーーっ」


 背後に何かの気配を感じ振り返った。


 するとそこに居たのは青い炎に包まれた1匹の獣らしき何かだった。


 しかし綺麗だ。

 このままずっと見てられると思えるほどに……。


「………………あ」


 ゆらゆらと穏やかに燃える美しい青い炎に見惚れること数秒後思考が戻る。


 なんなんだこいつは?

 獣なのか?

 実はそういう変わったオブジェだったりして、燃える獣像みたいな。

 

 などと思っていると青い炎に包まれた獣はゆっくりとした動きで俺を見上げた。


「う、動いた……てことはオブジェじゃないのか」


 返事はない。

 

 此処といいこの獣らしきものといい分からない事ばかり。だが今一つだけはハッキリとしている。

 

「お前、なんだよな?俺を呼んでたのは」


 何となくだがそうだと感じる。

 この青い炎に包まれた獣こそが俺を呼んでいた声の主だと。


 青い炎に包まれた獣は俺の問いに対してやはり言葉を発する事はない。

 しかし代わりといったい風に俺に歩み寄り目の前で座ると撫でろと言わんばかりに頭を少し下げる。

 

「撫でろと言うなら撫でるけど、火傷しない?」


見た目から火傷しないかと恐る恐る手を近づけるのだが結果的にそれは杞憂だった。


「全然暑さを感じない……寧ろ暖かい」


 指に触れた揺らめく青い炎はまるで温風の毛皮。とても心地よく当然火傷一つしない。

 

 安心した俺は獣の頭部にそっと添えたその時だった。


「ーーーーーー」


 突然俺の頭の中に知らない知識が流れ込んだ。

 

 出所先は今俺が触れている青い炎に包まれた獣。内容はやはり声の主であったこの獣の事であったり此処の外。現実世界で俺達を襲う陽炎の獣達も含まれる俺の今分からない事の全てだ。

 

「……そうか、そういう事だったのか。だからあの獣達は俺を……」


 混乱は多少ある。

 だが色々知れてスッキリした気もする。

 

「星宮の奴もあんな回りくどい言い方をせず本当の事を言えばいいのにな」


 獣の頭を撫でながらそう言って俺はしゃがんで獣を抱き締める。


「全部分かった……お前がなにで此処が何であるのかも、どうしてこうなったのかも全部……」


 全部知ってしまった。

 だからこそ俺は今からこの獣に最低なことを言わなければならない。

 16年の人生の中でこれ程最低な事を言った事はないほどのを。


「どうか、俺に上書き・・・してほしい」


 本当、自分勝手で最低な願いだ。

 

 今のを噛み砕いて訳すと俺のために死ねと言ってる様なものなのだから。


 きっと俺はこの後噛み殺されるだろう。

 だが悔いはない。

 チャンスを棒にふるう事をせず一応はトライしたんだから。


 そう思いながら首に牙が突き立てられるのを待っている時だった。


「!」


 獣は牙を立てる事をせずに小さく鳴いたその直後にその姿を燃え盛る青い炎へと変えて俺を包み込んだ。


 噛み殺すじゃなく焼き殺しにきたか……それもしかたーーいや、これは!?


 炎は俺を燃やしていない。

 それどころか炎は俺の全身に染み込んでいく。この現象は間違いなく上書きだ。


 炎が、獣の中へと入ってくるのを感じる。

 これは間違いなく俺が願った上書きだ。

 

 だが……。


「……どうして、殺さないんだ」


 殺されない事に信じられず呟く。

 するとその返答、獣の意志もまた炎と一緒に流れ込んだ。


『今を生きる私の心・・・のままに』

 

 そこに怒りはなくただただ温かい。

 まるで子を信じ愛する親の様な慈愛に満ちている。

 

「……ありがとう」


 言葉と共に瞳から溢れた涙が炎の風に乗って夜空に舞い上がっていくの見送った後、俺は瞳を閉じる。

 炎だけでなくこの世界そのものが俺へと集まり上書きし終わるその時まで。


 やがて上書きの全てが終わり再び瞳を開けた時に俺を待っていたのは……。

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