episode3

「星宮、翼……苗字で呼ばせてもらうけど、星宮、ちょっと聞きたい事がある」

「別に下の名前でもいいのに?」

「友達でもない人間に対して馴れ馴れしく下の名前で呼ぶのは俺には出来ない」


 それと俺は頭パリピの陽キャじゃないしいきなりフレンドリーに接するなんて出来ないし。


「おかたいなぁ。で、なにかな?」


 その場から立ち上がると星宮を目を細めて見下ろす。


「あの犬はなんなんだ?」

「なにって、そんなの私に聞かれても困るよ。私だってあんな生き物初めて見るんだから」

「なら言い方を変える……お前、なんであんなのに追われてたんだ?」

「んー、改めて言われても返答は変わらないかな。分からないし私に聞かれても困る」


 そうだろうな。

 被害者にこんな事を聞いたところで答えられる答えは分からないしかない……。


 だがどうしてか星宮は何かを知っている。隠していると感じる。


 だがどうやってそれを聞いたらいい?

 あくまで勘のようなもので説得力は皆無。なのに直球で「嘘をついてるな?」「包み隠さず話せ」なんて言ってしまったら星宮は怒って話すら出来ず、もしもの時に勝手な行動をして窮地に陥るかもしれないし、どうしたものか。


「ふふ」

「ん?」


 星宮は顔を少し伏せて笑う。

 四苦八苦する俺が面白かったのだろうか?


 そう思っていると星宮も立ち上がり閉じていた瞼を開ける。


「得た情報から導く答えより精度のある直感力……上書き・・・もまだだろうに、流石と言うべきだね」

「!?」


 目が合った瞬間、俺は少し後ずさった。

 考えてではなく咄嗟に、本能的にだ。


 なんなんだ、星宮から感じるこの圧迫感は……まるで首元を数十本のナイフで狙われてるようなーー。


「ビーストライフ」


 突然星宮はそう言った。

 そしてその名は俺は知っている。

 しかし何故星宮の口から今その名が出たのか全く理解できない。

 そしてさらに俺の思考回路がその言葉に対しての返答を思いつくより早く星宮はまるでスピーチを読む様に語り出す。


「突如なんの説明もなくサービスを停止した人気アプリ……さて、何が理由で終わったんだろう?人?金?」


 なんの話をしているんだ。


 今起こっている事について聞いているのであってゲームの話はこれっぽっちもしちゃいない。まったく無意味な言葉……。


 考えとは裏腹に手がポケットに入ったスマホに伸びる。


「違う。そのどれでもない……正解は、もう遊びと・・して運営する必要がないから」

「どういう、意味だ?」

「それはーーいや、ここから先は私の言葉よりも自分の目で見て心で感じた方が早い」


 星宮の指がポケットに手を突っ込んでいる俺の腕を指し示す。


「全てはそのスマホの中、灰色になったアプリに」


 言われるがままスマホを取り出し灰色となったアプリのアイコンを見る。


 なんの意味もない。

 アプリはもう開かないし動かない。

 星宮の言う全てを知る事なんて出来はせずもう俺に生き甲斐を与えてくれないと知っているのだか。


 だが……。


「……なんだこれ?」


 今の今まで役目を終えて墓石の様に灰色となりまったく動かなくなったビーストライフのアプリ。

 それが灰色のアイコンを中心にして魔法陣の様な模様がぐるぐると回っている仕様に変化していたのだ。

 

「アップロッド……いや、似てる様な気もするけどそれならこんな事には……いや、そもそもサービスが終了した筈なのになんで……」


 視線だけを訳知りな星宮に向ける。

 すると星宮は何も言わずに押してみろと言わんばかりに笑っている。


 どうせ何かの間違いだ。

 押すだけ無駄だ。

 何も変わらない。

 無意味だ。

 

 そう、頭ではわかっている筈なのに……。


「……馬鹿かよ俺は」


 本当の本当に俺は馬鹿だ。

 こんな状況下なのに俺は俺自身の生き甲斐が戻ってくるかもしれないと考えてアイコンに指を伸ばし押すのだから。


 淡い期待を胸にアイコンに触れた瞬間魔法陣は消え去りスマホに文字が表示される。


『Beast release』と。

 

 文字が燃えた紙の様に消えると次の瞬間俺のスマホは普通では考えられない程の光を放ち部屋全てを塗りつぶした。

 

「ぐっ……っ、っ?」


 一分も満たない短い時間で光は収まり視界が元に戻った。


「な、なんだったんだ……今のは?急に光ったかと思ったら止まって、俺のスマホに何がーーなっ!?」


 手に持ったスマホの画面を見て俺は自分の目を疑った。


 消えていたのだ。ビーストライフだけが。


「消えてる!アイコンが、ビーストライフが!?どうして!?」


 電源を切ってはつけてを繰り返し画面を確認する。間違いであってほしいと思いながら……。


 しかし現実は残酷で消えたアイコンが復活する事はない。


「役目を終えたんだからそれは消えるよ」

「はぁ!?」


 淡々と事実だけを口にする星宮を俺は睨みつけた。


「これで役目を終えただって!?まだなんにも分かってないんだぞ!」


 やめろ……これ以上余計な事を口走るな。


 怒号を上げる自分が酷く惨めに思えた。


 こんなのただのみっともない八つ当たり。

 もう終わったと、今は役に立たないと思っていながらいざ生き甲斐が帰ってくるかもと勝手な可能性を感じて、飛びついて、ダメだったら惨めに怒りを抑えられず叫く……はは、本当我ながら惨めで格好悪い。


 しかしそんな惨めでお門違いの怒りを向ける俺に星宮は一切怯まない。


「分かるさ」

「なにを根拠にーー」

「あるさ」

「っ……」


 揺るぎない声と真っ直ぐな視線に気圧されさらに吐き出そうとした惨めな怒声を抑え込まさせられた。


「お前、一体なんなんだ?」

「それは今話す事じゃなーーあ」

「どうしーーっ!?」


 音がする。妙な音が。


 俺は慌てて音のする方を、塞いだ扉の方を見る。


 なんだこの音は?まるで鋭く硬い何かでコンクリートを何回も削っている様な。

 工事……いや、違う。

 何しろ今この近辺には人っ子一人居ないのだから工事の筈ない……つまりこれはそういう事だ。


「っ、急いで此処から離れないーー」

「静希くん、このビルって屋上あるの?」


 俺が言うより先に星宮は行かなくていけない場所を口にした。


「聞くって事は、今から俺達がやる事は分かってるんだよな?」

「勿論」


 削る音がどんどんと近づいてくるを感じながら上に続く階段の方に向かう。


 しまった。気を抜きすぎた。

 余計な話をするのは後回しにしてとっとと、警察に電話するなり他にも案を考えるべきだった。

 

 遅過ぎる後悔をした直後、壁にテニスボール位の小さな穴が穿たれその直後に穴から獣の片手が突き出る。


「走れ!」

 

 叫ぶと同時に俺達は階段を駆け上がる。


 このビルは正面入口が閉鎖されているの使える出入り口は今獣がいるすぐ横だ。

 なので他に良い案がない以上とれる選択は屋上一択しかない。


 しかしそれも時間凌ぎでしかない。


「誤算だった!まさかコンクリートの壁を壊すなんて!これじゃあここに逃げ込んだ意味もバリケードの意味がねぇじゃねぇかよ!」


 完全な袋のねずみ。


 壁や扉が獣の攻撃に耐えられる時間は遅く見積もっておそらく2分か3分。それまでに救助、或いは脱出の方法を見つけないと俺達は死ぬ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る