episode2

 目の前の獣、なのだろうか?まぁ、とりあえず獣の様な気がするし獣と呼称する。


 目の前の獣がニュースで見た奴だという事は直ぐに分かった。

 そしてそれに対して幾つかかもしれない予想を立ててみる。


 その一、CG。

 そのニ、特殊な着ぐるみ。

 その三、幻覚の類。

 その四、ニュースを含めた大がかりなドッキリ。


 アホか……あれはそんなものじゃない。あれは幻覚の類じゃなく実物。そして間違いなく人にとってのだ。


 そう直感したとき俺のとる行動は一つしかなかった。


「ーーど、どうしたの!?急に!?」

「逃げるんだよ!」

「え!?」


 有無を言わさず女子の手を引いて走る。


 なんなんだよあれは!?

 痴漢なんかの方がまだマシだぞ!

 あれ、ちょっと喧嘩に自信あります!なんて学生がどうにか出来る相手じゃねぇよ!?

 とにかく今は路地を使って最短距離で交番なんかがある所まで逃げるしかない!


「ちょっ、いきなり逃げるの!?さっきの何でも来い!みたいな感じは何処に行ったの!?」

「人間相手ならな!でもあんな化け物は無理!なのでここは素直に警察にバトンタッチだ!」

「清々しい程の人任せ!?」


 人任せで結構。

 あんな化け物、一般市民がどうこう出来る存在じゃないのだから。

 

 近道のため薄暗い路地に入ること数分。

 道中手を引かれる女子は不安そうに尋ねてきた。


「追いかけて、きてる?全然姿が見えないけど……」

「……来てる」

「分かるの?後ろを振り返ってもいないのに?」

「……分かる。なんでかは分からないけど、こう……なんだろうチクチクというかゾワゾワというか」

「気配?」

「そうそれ、気配だ。感じるんだ」


 正直不思議だ。

 これまで生きてきて気配なんて曖昧なものを感じた事なんてないのに今はそれを確かに感じるのだから。


 命の危機からくる生存本能だろうか?

 だとするなら今の状況は俺が思ってる以上にまずいのではーー悪寒!?


「伏せろ!」

「っ!?」


 俺は女子の手を離すと身を翻し覆いかぶさると直後、頭上を風が吹き抜けていく。


 慌てて俺は頭を上げて見ると目の前に俺達の進路を塞ぐようにあの獣が佇んでいた。


「っそが、ミサイルかよ……化け物が」


 思わずそう呟くと聞こえてるのか獣は笑う様に唸り声を響かせる。


「どうする?このままじゃ……」

「……なぁ、お前にはあれが何に見える?」

「え?」

「あの蜃気楼みたいに揺れてるモヤの獣はお前にはどういう風に見えてる?犬?猫?猿?それとも熊?」

「今はそんな話ーー」

「頼む教えてくれ」

「……犬、だと私は思う」


 自信なさげに口にする女子。

 しかしその答えで満足だ。


「だよな」


 再び立ち上がり女子の手を引いて走り出す。

来た道を引き返す形で。


「ちょっ、なんで来た道を引き返してるの!?これじゃあ交番には……」

「分かってる!でも今は生き残るのを最優先にしたいから交番は後な!それに良い考えがある!」

「良い考えって!?」

「説明してる暇がない!けど今は信じて走ってくれ!」

「っ、分かった!」


 来た道をひたすらに戻る。

 その最中に何故か姿を見せず追ってくる獣の気配を感じながらある疑問が浮かぶ。


 あの犬、やっぱり妙だな。

 俺達なんて直ぐに追いついて殺せる力はあるだろうに殺そうとしてこない。

 俺達を警戒してか?

 いや、そんな感じじゃないなし、となると……。


〜〜〜〜〜


 走ることおよそ20分。

 路地の入り口が見え始める。


「よし見えた。それにあれもあるし記憶通りそのまま、後はーー」


 一度目と同じく悪寒が走る。


「伏せろ!」


 最初の時と同様、獣がこっちに突っ込んで来る気配を感じ俺は再び女子に覆いかぶさる形で身をかがめると風が頭上を駆け抜けていく。

 

「ふぅ……二回も頭上を飛び越えていくなんて、そんなに自分の足を自慢したいのか?それともこっちの絶望した顔を見て笑ってるのか?」


 俺の言葉に対して獣は笑うように唸った。


 この反応、完全にこっちの言葉を理解してるよな。となると俺の推測は当たってる。


 つまりそれはこっちにとっては好都合だ!


「おらっ!」


 横に置いてあったゴミ袋。それを拾い上げ締め口を開けて獣に投げつける。

 まるで散弾の様に飛び散る中のゴミを前に獣は露骨にたじろぐ。


 いくら訳の分からない獣でも所詮は獣。

 眼前に急に物が広がれば人以上に動揺するしさぞかし嗅覚も効く事だろう。

 何しろこの路地に置いてあるゴミは大概生ゴミで鼻を摘みたくなる悪臭を放っているのだから。

 

「今だ!あそこに逃げこむ!」


 女子の手を引く俺は前ではなく横にあるビルに向かって走り出す。


「逃げこむって、鍵は!?」

「この時間帯なら大丈夫だ!」


 ドアノブを握って回して引くと扉はすんなり開く。するとそれを見てたじろいでいた獣は慌ててこっちに向かってくる。


 想像通り悪趣味で助かった。

 でなければ俺達はもっと早く仕留められていただろうから。


「じゃあな、犬ころ」


 そう言って笑ってやり俺は扉の閉め鍵を掛けた。


 それからビルの中に逃れて30分ほど。

 その間獣が扉を破ろうと体当たりをしているのか振動と音がしばらく鳴っていたが諦めたのか音と振動は止み一先ずの危機は去り落ち着く時間を手に入れた。


 念のためにドラム缶などの廃材を扉の前に置いてバリケードを作ってあるから安心して俺はその場に座り込む。


「はぁ……疲れた」


 緊張が解けてついそう漏らしていると女子が俺の横に来て腰を下ろした。


「はぁ……助かったよ。もし私一人ならどうなっていたか」

「……」

「ん、どうしたの?私の顔をじっと見て?」

「いや、改めて見たら美人だなって……」


 ショートカットの黒い髪はサラサラでその瞳はまるで宝石のルビーを連想させる美しい赤。体型も小柄ながら出るとこは出てるし、可愛いと綺麗が同居する超絶美少女だ。


「ふふ、それって口説いてるの?でも面と向かって言ってくれるクラスメイトは君が初めてだよ。静希銀くん」

「別に口説いてる訳じゃ、てかなんで俺の名前を……それにクラスメイト?」

「やっぱり気づいてなかった……でもまあ仕方ないか。静希くん、自分の自己紹介終わったら外ばっかり見てたし」

「いや、あー……ごめん」


 申し訳なくなり頭を下げる。


 まさか俺なんかが話を聞いてなかった事を気にする奴がいたなんて考えもしなかった。

 

「ふふ、じゃあ改めて自己紹介。私の名前は星宮翼。長い付き合いになると思うからよろしくね」 


 星宮翼はそう言って心底楽しそうに笑った。

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