episode1
ある日のある教室の窓辺から俺は見る。
桜舞い散る校門の前で新しい生活に浮き足立つ新入生達を。
毎年のことだが実に不思議な気分だ。ただ新しい年になったというだけなのに。
だがしかしだ。
俺もまた新入生の一人なのであるし今からでもあの輪に混ざってみてはどうだろう?
「ーーいや、ないな。自分で思っててあれだけどマジでない。俺、そんなキャラじゃないし」
急に冷めた気分になった俺は自分の席で頬杖をついて下駄箱前で騒ぐ連中を虫かごの中のカブトムシが餌を食べているのを見る様な虚無感にも似た微妙な気分で観察する。
「はぁ……いいよな。生き甲斐に溢れた奴らってのは」
ひがみを口にしスマホを取り出すと机の上に置いて表示される白黒のアイコンを指で叩く。
アプリは全然起動しないのに何度も何度も未練がましく。
それから程なくして教室にはクラスメートに担任がやってくると教室から体育館で入学式を行い何事もなく終わり戻ってきた俺を待っていたのはお決まりの自己紹介。
「サッカー部に入って全国大会優勝を目指します!」
「クラスの皆んなと仲良くなって沢山思い出を作って最高の一年のしたいです!」
「俺はーー」
「私はーー」
誰も彼も自己紹介を終えると拍手喝采。
生き甲斐があってやる気に満ちた顔。
退屈な俺なんかとは違い羨ましいことだ。
などと人を羨んでいるといつの間にか俺の番が回ってきた。
「えーと、
「「「……」」」
「は、はい!拍手!」
担任が苦笑いで拍手を促しクラスメイト達は従って拍手をする。
しかしそれはあまりにも小さく戸惑いや白けた感が一目瞭然だ。
つまらない内容だったしこうもなる。
だがこの結果も考えようによってはありだ。俺は率先して誰かと仲良くする気もないしつまらない奴だと認識された上で少し距離を置いてもらってた方が気楽だ。
「えーと、最後は……
「はい」
いつの間にか自己紹介は最後に。
そして不思議な事にクラス中が少しざわつく。
一瞬何事かとは思った。
だが俺の興味は仲良くするつもりのないクラスメートより窓の外の景色にあったのでわざわざ見ない。
「趣味は読書と……そうですね……寝ること。以上です。これからよろしくお願いします」
クラスメイト達からの明るい拍手が鳴る。
自己紹介の内容、俺と丸被りなのにえらい違いだな。なんか違いでもあったのだろうか……いや、そんなのはどうでもいい。
何もかもが。
そう思える程に俺は退屈なのだから。
〜〜〜〜〜
入学式や自己紹介を終えすっかり人が居なくなった教室。
活気に溢れていただけに一人になってみると途端に静けさを感じてなんだか不思議な気分になる。
例えるなら……祭りが終わった直後、屋台が畳まれ人も居なくなった跡地にいるような寂しさ、だろうか。
寂しさ……そう仮定して私は本当に誰も居なくなったから寂しいと思っているのだろうか?
「はは、全然違う。私はクラスメイトが居なくなったから寂しいわけじゃない」
視線を窓際の一番後ろに向け歩み寄る。
私は、今日彼と話が出来なかった事が寂しいんだ。
机の上に指を乗せ滑らせる。
彼が触れていた事を確かめる様に。
寂しい思いを紛らわす様に。
「話せなかったな……ずっと待ち続けて、ようやく会えたのに……ふふ」
声に出してみるとなんだが恥ずかしい。
今日本人に会って話をするつもりだったっていうのに。
まったく、寂しかったり恥ずかしかったりと、私もまだまだ感情のコントロールの出来ない小娘だということか。
でもここまで来たなら焦ることは無い。
明日は
「いよいよ明日、私達の世界は変わるか……さて、そうなった時この景色はどうな風に見えるのかな?」
彼が今日ずっと見ていた窓の外の景色。
そこから見える景色は何処までも続く水平線。空の青を太陽の光を反射し不思議な美しさを放つ天然の水鏡。
嗚呼、本当に綺麗だ。
「……あ、でも」
明日から見る景色への不安より大きな不満が一つ。
「私てきにはやっぱり今日話したかったな……静希、銀くん」
〜〜〜〜〜
入学式翌日。
現在時刻は午前7時30分。
俺は学校へ向かう通学路をのんびり歩いているとある異変に眉を顰めた。
「変だな……
不思議、いや不自然。
人の姿は全くなく音すら聞こえない。
この道は学生だけじゃなく社会人も通る道の筈なのに俺以外誰もいないのは、いったい何でなのやら。
考える中一つだけ思い浮かびスマホで検索する。それは昨晩夕方、テレビで見たニュースだ。
『エリアA綿津見市にて正体不明の動物らしきものによる傷害事件発生。負傷者多数』
エリアA綿津見市とは俺が住んでいるこの町の事でおそらく皆んなこの事件を怖がって外出を控えている。
一体どんな動物の仕業なのか情報が全くないから分からないけど動物は人と違って見境がないから恐怖に思っても仕方ない。
「やれやれ、田舎の熊や猪じゃあるまいし、こんな中途半端な田舎で人を襲うなんてどんな動物なのやら……というか正体不明ってなんだよ?」
新種か絶滅したと思われたやつか何か知らないけど早々に捕獲される事を願うばかりだ。
そうこうするうちに目的地が見え始める。
琵琶湖に浮かぶ人工島にある高校、綿津見高等学校へ向かう船が出る港が。
「ふぅ、人気ないからもしかしたら船が出てないかもって思ったけどちゃんとあるな」
船がある事に安心し港へ真っ直ぐと歩き出そうとしたその瞬間だった。
「ーーそこの君!」
「え?」
背後から突然聞こえた声に釣られて振り向く。するとそこには綿津見高校の制服を着た女子生徒が何やら息を切らして俺を見ていた。
うわ、すっごい美人ーーっと、じゃなかった。
「えーと、どちら様ーー」
「助けて!」
「……はい?」
「追われてるの!お願い助けて!」
「あー……いいよ」
「え、いいの?助けを求めといてあれだけど」
信じられないといった顔をする女子。
「いいよ。だって女を追いかけ回す様な奴はきっと碌な奴じゃない」
「た、確かに、碌な奴ではないのは確かだろうけど詳しい話も聞かずに……」
「いいんだよ。俺がやりたいだけだから」
悪人に追われる美少女。
まるで漫画の主人公の様な展開、こんなの滅多にない機会だ。
生き甲斐を失って退屈な今を少しでも紛らわす事が出来るかもしないのだから助けない手はない。
「さあ、何に追われてるのか教えてくれ。知らないと捕まえるなり警察を呼ぶなり出来ないからな」
手首や足首のストレッチをしながらそう問いかけると女子は困った顔で俺の後ろを指差す。
「あれ」
「あれって………………………なんだあれ?」
振り返った先、港を背にして佇んでいたのは薄らと揺れる蜃気楼の様なモヤの体をした獣らしきものだった。
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