電獣オーバーライド

有希

プロローグ

 風を切る音と共に景色が流れていく。

 薄暗い野を駆け山を越える度に全ての感覚が研ぎ澄まされていく。


 実に気分が良い。


 この調子なら直ぐにでも辿り着いてしまいそうだ。暗闇の中、空に一番近いあの山の頂上でまるで星のように輝くあの光のもとに。


「ふぅ……目的地まで後10キロ。余裕だな」


 などと甘いことを呟くと左右の茂みから犬が2匹俺へと飛びかかる。

 口は災いの素とはよく言ったもんだ。

 

「ふんっ!」


 停止はせず減速する。

 すると飛び出して来た2匹は丁度俺の前で着地する羽目になり慌てて俺の方を見る。


「遅い」


 動き出す暇を与えず即座に2匹の首を噛み砕き手早く倒すと再び山の頂上まで向かうために速度を上げようとする。


 しかしまたして邪魔者が現れ立ち塞がる。


「2人を瞬殺とは、いやはやおっかない」

「退け」

「断る」

「これは殺し合う主旨の最終ミッション・・・・・・・じゃない筈だろう?ならーー」

「邪魔をしてはいけないというルールはなかった筈だろう?」


 敵の言葉は正しい。


『最終ミッション』

 内容は、誰よりも早く目的地である山の頂上に到達すること。

 その達成報酬はーーーー。


「この手のミッションで俺達パワー型がお前みたいなスピード型に勝つには色々仕込みがいるんだ。こんな風にさ」


 目の前に立ちはだかる熊の姿をしたプレイヤーはそう言うと茂みからわらわらと他の熊が現れる。


「悪いけど押し潰させてもらうぜ。ビーストライフ最速の狼さん」


 5匹か。

 しかも全員パワー型である熊。最初の犬2匹は仲間、というより捨て駒だったか。やり口は汚くて好きじゃない。


 ーーが、だ。


「いいな……いいぜ。これだから好きなんだ。此処は……」


 自由で本能のままに、誰もが手を尽くし挑んでくる。こんなスリルを味わえる場所は他にない。


 他を蹴り駆け出す。


「ーーっ!全員かかーーれ!?」


 あまりにも遅い命令。

 全員かかーーれ!?の、れを言い終わる前に俺は右2匹の内1匹の首を噛み飛ばし続いてもう1匹を後ろから押し倒して頭を噛みちぎる。


「っ、化物がっ!!」


 正面の奴は取り乱しその前鈍足で俺を薙ぎ払おうとするーーが、そんな単調な攻撃、当たるはずもなく俺はくぐり抜ける。


「ど、どこだ!?どこに行った!?」


 敵は完全に俺を見失った。

 敵が俺に気づいた時はもう目と鼻の先まで近づいた時で断末魔を上げることさえできず消える。


 そして残りの1匹に俺は歩み寄って行く。


「っ、こ、こんな事が……パワー型4人がかりだぞ?そ、それがどうして……」


 一歩一歩と歩み寄り敵は一歩一歩と後退し木にぶつかると震えながらその場にへたりこむ。


「楽しかったぜ。またやろう」

「……皮肉のつまりかよ……それに次なんてもうないだろうが……」

「……そう、だったな」


 犬2匹と熊を5匹を屠った俺は頂上に向けて再び走る。

 しかしその道中ふと思ったのだ。


 嗚呼、これをゴールしたらこのゲーム・・・は終わってしまうのだなと。


 今俺達の居る世界は現実ではない。

 この世界は無料スマホ用VRゲーム『ビーストライフ』プレイヤーはランダムで決められた動物になって広大なフィールド駆け回りプレイヤー同士と戦う対戦ゲーム。

 その人気は老若男女問わず世界一で今もプレイヤーは増え続けている事だろう。


 だというのに、リリース2年目にして突如ビーストライフのサービス終了が決定した。


 理由は不明。

 運営からの詳しい説明は一切ない。

 1月1日、午前1時をもって終了するとだけ俺達は告げられた。

 

 どうにもならない決定ーーだが最後のチャンスはあった。

 

 それがこの最終ミッションの報酬。

 勝者はなんでも願いが1つ叶える権利を得る。


 嘘か本当かなど分からない。だがこれしかないのだ。

 勝って、そして願うのだ。このゲームの存続を。


「あと少し、この調子で行けば……」


 あともう少しだというのに足を止める。


 止めなければやられていたからだ。


「そう都合良くはいかないか……居るんだろう?出てこいよ」


 姿を見せないそいつに声を投げかけ待つこと数秒後ーー。


「ーー流石だね。私の気配に気づくなんて」


 何処からともなく声がする。

 聞こえる声の大きさから近い場所に居ることは確か。しかし正確な位置が特定出来ないな。


 匂いは……風が吹き荒れてるせいで同じ。流石にさっきの熊達と違って俺への対策はバッチリだな。


 ゾクゾクして思わずに笑いそうになる。


「久しぶりだな。最強のコウモリ」

「ああ久しぶりだね。最速のオオカミ」

「直接こうやって会うのは1ヶ月ぶりくらいか?」

「あれ?そんなに長い期間会ってなかったっけ?」

「そうだよ。普段は探さなくても何処からでも現れるくせに会おうとすると全然見つからないんだから、困った奴だよお前は」

「あはは、それは心から面目ない」


 本当に申し訳なさそうな声のコウモリ。

 

「はぁ……でもまぁ、いいさ。最後の最後でこうやって会えたからな」

「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ……さて、時間は有限だ。そろそろ……」

「ああ、そうだな。そろそろ始めようか」


 もう我慢ができない。

 直ぐに始めたくてしかたない。


「今日こそ勝つ!覚悟してもらうぞ最強!」

「その意気や良し!返り討ちにしてやるぞ最速!」


 始まった戦いは熾烈を極めた。

 ミッションの事など忘れて一心不乱に戦って楽しんだ。

 その結果はあっさりとしたもので不意を突かれてコウモリにボコボコにやられて敗退。

 全てを出し尽くして敗北。悔しくはあるが気持ちの良い終わり方だ。


 戦闘後、リスポンを待っている間ミッションクリアのアナウンスが放送される。


 ミッションをクリアしたのは当然コウモリで何を願ったのかまったく知らない。

 だが残念な事にゲームの存続ではなかったようだ。その証拠にビーストライフは予定時刻通りにサービスが終了したのだから。


 嗚呼、これで本当に終わったんだな……。


 良いゲームの終わりはいつだって悲しい。

 おそらく全世界のビーストライフプレイヤーが俺と同じ様に生き甲斐の終わりに涙している事だろう。 


 しかし俺は思いもしなかったのだ。


 これは世界を変える出来事の前座にしか過ぎないという事に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る