第4話「死神じゃ無くなった日」
ローランドの必殺の一撃は、文字通り敵の命を奪っていた。
長くなった髪が頬を触り汗で貼り付く。
そろそろ髪を切らなきゃな。
金色の毛を一瞥する。
兜は身代わりとなって既に遠の昔に戦場のどこかへ転がって行った。
「うおおっ!」
剣が振り下ろされる。その予測可能な単調な一撃をローランドは避け、相手の首を掻っ切ってやった。血が溢れ出る。首元を押さえながら敵の傭兵は倒れもがいている。
じきに息絶える。
もう慣れっ子だ。十六の頃から家を飛び出して、今はもう三年も経っている。
流れ流れて遠退く故郷。あいつは元気かな。俺を待っていてくれるだろうか。
戦場でそんな悠長なことを考えている余裕すら持てる。
罵声に怒声、馬の嘶き、時に命乞い、断末魔、鋼の打ち合う音。戦を司るに欠かせない変わらない音楽団だ。
ふと目を向けた同じ最前線の右手側を見てローランドはヒューと、口笛を吹いた。
背は決して高くはない。特徴的なのは黒塗りの鎧兜だった。返り血すらもその存在を否定されるほどの黒い磨かれた鎧だ。陽光を受け、双剣が唸り四つの首が吹き飛んだ。
これだから戦場は面白い。時折出てくるのだ、目を見張るような奴が。そんな奴が見つけやすいのが戦場だ。
だが、ローランドが興味を持った相手はその戦か、次の戦で必ず討ち死ぬのだった。
ごめんよ、だけど俺に関心を抱かせたお前が悪いんだ。
槍の穂先が素早く動く。ローランドはそれを弾き返しつつ、黒い戦士に目を向ける。同業者、つまりは傭兵だろう。
双剣をここまで使いこなすとは、ちょっとした舞、いや剣舞を見ているような気分だ。噴き上がる血煙がその景色に華を添えている。
「うん、見事だ」
ローランドは感心した。
「だけど、お前は今日か明日、死んじまう」
背後から傭兵隊長の突撃の号令が轟いた。
ローランドは黒い戦士から目を放し、遮二無二敵勢を切り裂き、道を開く。
そして傭兵隊は下げられ、良いところを騎士団率いる兵隊に奪われた。
今日の戦果は三十六か。
土煙を上げて猛進してゆく騎兵隊の背を眺めながらローランドは討った首の数を思い出し数えていた。
そういえば、自分の手柄だと証明するのに討った首に笹の葉を噛ませる奴もいたな。
ふと、脇を見る。
離れたところに槍を手にした黒い戦士がいた。
「よぉ、今日を生き抜いたな」
ローランドは嬉しくなってつい声を上げてしまった。
黒い戦士が顔を上げ、こちらの視線と合致する。
「色男さん。今のは俺に言ったのかい?」
相手が歩み寄りながら問う。
「ああ、すまん、聴こえちゃったか」
ローランドが言うと相手は口の端をニヤリとさせた。自分より背の小さな男だが、威圧する気配を感じた。ローランドは再び感心した。
「俺のおめがねに適った奴はその日か、明日か、死んじまうんだ。今のうちに謝っておく」
「サーディスだ」
相手は言った。
「ん?」
「俺の名前だ。覚えて置けよ、お前のジンクスを打ち破ってやる」
「サーディスか。じゃあ、俺の名前はその時に教えよう」
ローランドが言うとサーディスは頷いた。
「楽しみにしてるぜ、色男」
サーディスは背を向けて整い始めた隊列に戻って行った。
「こっちこそ、楽しみにしてる」
ローランドはその去り行く背に声を掛けた。
二
ローランドは瞠目していた。
サーディスは昨日を生き抜いた。離れたところで修羅の如く、双剣を振り回し血風を巻き散らしている。
六つの首が一気に飛んだ。血煙が後を追い、胴体が倒れる。
サーディスがこちらを見た。
「やるなぁ。死なせるには惜しい」
「色男、二十八だ! ボサッとしてると、テメェの首が無くなるぞ!」
サーディスが声を上げ敵陣の中に飛び込んで行った。
「威勢が良いね。けど、今日限りだ。本当に勿体ない戦士を亡くすことになった。けど負けられない、二十六!」
ローランドは振り向きざまに殺気に向かって槍を突き出した。
革の鎧ごと敵の歩兵の胴を切っ先は貫いていた。
戦は続く。ローランドも出たり下がったりしながら最前線を行き来する。ローランドも自分が無敵では無いと知るのはこの束の間、疲労を吐き出しながら、地面に突き刺した得物に寄りかかっている時であった。
サーディスの姿は無かった。
深く突っ込み過ぎたのだろう。骨ぐらいは拾ってやるか。
撤退のラッパが敵陣から鳴り響く。
騎士達が追撃を命じる。
「弔い合戦と行こうかね」
「誰の弔い合戦だ?」
不意に左側から聴こえた声にローランドは驚いた。
黒い戦士サーディスが立っている。肩を上下させ、槍を提げていた。
「生きてたのか! そうか、だったら少し早かったな。だが、あいにく戦は終わってないぜ」
「お前の死神面が気に食わない」
他の傭兵が追い抜いて行く。
死神面か。
ローランドはフッと笑った。
そしてサーディスが駆ける。ローランドも続いた。
疲労を忘れ勇躍する。
殿軍とぶつかる。
サーディスが槍を切り下げ、一人討つ。
ローランドも長剣を振るい鬼気迫る殿軍の兵を相手に力闘した。
気付けば戦勝の声が上がっていた。
その声が屍が広がる原野を見つめていたローランドの耳を抜けてゆく。
誰かに肩をバシリと叩かれた。
振り返れば黒い戦士が立っていた。
「生き残ったぞ、死神野郎。さっさと名前を教えてもらおうか」
サーディスが顔の殆どを覆う兜の下で不敵な笑いを浮かべる。
「ローランドだ。おかげさまで今日限り死神じゃなくなった。ありがとう、サーディス」
これほど嬉しいことがあっただろうか。言葉通りだ。俺は死神の役目を下ろされたらしい。神様は次に誰を死神にするのかなんて興味はない。興味があるとすればこのサーディスだ。
自分より背は低いが良い声をしている。
「じゃあな、ローランド」
サーディスは去って行く。
「ああ、また戦場で会おう。絶対死ぬなよ、サーディス!」
サーディスはこちらを振り返らず手をヒラヒラ振って応じ、勝ちに歓喜する兵達の間に消えて行った。
この後、二人は換金所で顔を合わせる。早い再会に互いに驚き呆れ、再び別れたのであった。
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