第5話「ローランドとサーディス」

「良いもんだな」

 小高い丘にいた。

 夕焼けが終結した戦場を照らし出す。

 鎧を着た屍が横たわり、茜色に染まった血の溜まりの中に沈んでいる。半日前、ここは無数の声や音が木霊していた。雷帝の振るう戦鎚のようにただ轟きに満ちていた。

「何が良いんだ?」

 ローランドは問う。

 傍らにいる相手は地べたに座り、軽く笑う。夕灯りすらも受け付けぬ漆黒の鎧兜を着た男、名前はサーディス。

 混沌の時代を迎え、大陸中には数多の群雄が覇を唱えた。

 ローランドと、サーディス、二人は傭兵だった。傭兵にとって食い扶持には困らない時代だった。二人とも二十の半ばを迎えた程の年だった。傭兵稼業に精を出していた二人は、神の導きか、不思議と縁があった。戦の度に同じ陣営に所属し、時には修羅さながらの戦場で磨かれ、練達された武芸を肩を合わせて振るってきた。

 今やローランドはこの黒い傭兵に絆すら感じていた。

「サーディス。俺、一度、故郷へ戻ろうと思うんだ。そして幼馴染に告白する」

 ローランドは言葉通り、幼い頃から慕っていた娘の姿を脳裏に思い浮かべる。

 流れるような赤い髪の毛を後ろで一つにまとめ、炉で鉄に向かって鎚を振るう度に揺れる。鍛冶師という仕事柄、身体は華奢だが腕は太かった。今ある剣も鎧も、彼女が丹精込めて門出に間に合わせて打ったものだった。

 お前の剣と鎧を見せびらかしてくるよ。

 まだ自分の思いを知らない燃え盛る炉を相手にする最愛の乙女に向かってローランドはそう言い国を出た。それが十六の頃。誰しも騎士に憧れを抱いて育ち、兵として志願するか、あるいは違う道を取るか、ローランドにはその二つしか見えなかった。そして後者を選んだ。両親、祖父母、兄弟の反対と心配を蹴り返して、傭兵という道を選んだ。

 好きな時に戦い、好きな時に休む。そして手っ取り早く武功を上げて、乱世という地図に染みの如く名を知らしめる。そのために傭兵になった。

 知らしめた名声と己の武を頼みに傭兵から騎士へ召し抱えられる。そんな夢をまだまだ見ていて諦めてはいなかった。

「お前はどうするつもりだ?」

 ローランドはサーディスを見下ろして尋ねた。

 陽は沈み始めている。戦場に横たわる遺骸から金目の物を剥ぎ取ろうというコソ泥達がどこからか湧き嬉々として忙し気に動いている。だが、そんなものはただの影だ。生がありながら、この風景に夕日や骸以下のちっぽけな存在しかでしかない。

 そして俺とサーディスの前ではその陽光すらも存在を恥じらっているようにも思える。

「何も変わらない。渡り歩くだけさ」

 サーディスがそう答えた。

「サーディス。何が良いんだ?」

 再びローランドは尋ねた。

「戦の終わった夕暮れを戦友と共に眺める事さ。酒でもあればな」

 サーディスは足を伸ばしたまま応じた。槍が一本傍らに置かれている。

「俺のことを戦友にしてくれるのか?」

 ローランドは感激して尋ね返した。

「さもなきゃ、腐れ縁のどちらかだ」

 サーディスは立ち上がった。腰の左右の帯に下げた長剣の存在を確かめる様に叩いた。

「だが、ここまでだ。西へ行こうと思う」

「そうか」

 ローランドは頷いた。が、僅かばかりの希望を持って尋ねた。

「俺と来ないか?」

「お前と?」

 そう尋ね返した後、黒い兜の下でサーディスは表情を微笑ませた。

 ローランドは半ば溢れる熱意に翻弄されるが如くままに戦友を説いていた。

「そうだ、俺達なら絶対騎士に這い上がれる。これからも一緒に戦わないか? サリーもお前のことを見れば喜ぶ」

「良い誘いだが遠慮する。騎士になれれば良いな、結婚の方も成功を祈る」

 サーディスは槍を取り背を向け歩き始めた。

「サーディス、お前にも少しぐらい良いことがあるように祈ってる。またいつか会おう戦友」

 ローランドは去り行く男に思いを込めて声を掛けた。

 サーディスは立ち止まり、そのまま顔を上げて応じた。

「星が出て来たな。今日死んだ連中が空で光り輝いている。ローランド、最初で最後の俺の認めた戦友。俺の分も幸福に生きろ」

 丘の反対側を降り始めたサーディスの姿は、夜の帳があっという間に覆い尽くしてしまった。

「また会えれば良いな」

 ローランドは戦友がそうしたように顔を上げた。

 何という風景だろうか。

 まるで国旗のような三日月の周囲には数多の星々が煌めく剣の如く存在を主張していた。

「本当に綺麗だ、死して荒ぶる戦士達よ。今はまだ、俺はまだそちら側にはいけない。行くわけにはいかない。だが、いつの日か、成すべきこと成し遂げたら、お前達の側に行こう」

 ローランドは首を戻し、サーディスとは反対側、故郷へ向けて歩み始めたのであった。

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