第2話「剣と鎧と」

 乱戦だ。もはや敵味方隊列は崩れた。ここから先、生き残れるかは自分次第。無能な指揮官のせいにもできない。

 ローランドは駆けた。

 右手の剣を振るって振るって血風と断末魔を生産するだけの人形となった。

 生きて帰らなければ。今日は戦士として傭兵として身を置いて十年目になる。年は二十六。今日、生き残れれば言うつもりだった。いつも俺を待ってくれているアイツに。

 左手から敵の傭兵が襲い掛かって来た。

 後退して剣を避け、掻い潜り喉元を斬る。

 新たな血煙が戦場に上がった。

「三十八人目!」

 ローランドは竜の咆哮の如く声を上げた。

 兜は既に失われ、土埃を被りくすんだ金髪が揺らめく。

 髪の長い男は好きじゃ無いわ。女々しいもの。だったら無い方が男気があってマシよ。

 その言葉がどうしても胸から離れず、以来、ローランドは髪を耳より下に伸ばしたことは無い。

 右側から鋭い音が聴こえた。

 ローランドは反射的に剣を振るい、それを弾き落とす。地面に転がったそれは短剣だ。

 戦場を見回す。剣戟が鳴り響き、断末魔の声、四肢のどれかを失ったのだろう苦痛に叫びが聴こえる。この目まぐるしい戦士達の築く命の壁の中に隙間は無い。どこの誰が投げてきた物かは分からずじまいだった。よくあることだ。俺が油断していると踏んだのだろう。

「うおおっ!」

 足元に横たわる死体が舞い上がり、一人の偉丈夫が姿を見せた。

 そんなところに潜んでいたか!

 だが防御は間に合わなかった。

 戦斧がローランドの胴を打つ。

 凄まじい衝撃に、内臓がぶつかりあいローランドは反吐が出るところであった。

「金色の風ローランド、俺が討ち取った!」

 敵がそう言った。ああ、俺は死ぬのだ。そのまま立ち尽くし、死が訪れるのを待った。が、痛みは無い。死ぬからだろうか。いや、変だ。

 ローランドは自分の腹を見る。胴鎧はヒビこそ入っていたが持ち堪えていた。

「あれ?」

 敵も驚いたように言う。

「驚いたろ、俺も死んだと思ったよ」

 ローランドが言うと敵は慌てて戦斧を薙いできた。

 その両腕の鍛えこまれた一撃をローランドは跳躍して足を縮めて避けた。敵が膂力に振り回されている僅かな間にローランドは剣を振るい敵の首を分断した。新たな血煙が上がる。

 三十九か。四十二までいけば最高記録だが。つまるところ頃合いだ。

 退却のラッパが鳴り響く。

 夕暮れに照らされ影となったこちらの軍旗が前進してゆく。

 勝ったらしい。

 追撃するように各指揮官が声を上げるが、ローランドはそれを見送り、剣を担いで悠々と歩んで後に続いたのであった。



 二



「よぉ、戻ったぜ」

 町に戻るとローランドは幼馴染のサリーの家に顔を出した。

 町の端にあるサリーの家は代々鍛冶をやっていた。だが、先代が若くして死に今ではサリーがその後を継いでいる。実際腕は大したものだった。

「お帰り、金色の風さん」

「ああ、知ってたのか」

「アンタが有名になってくれなきゃ、うちに客が来ないからね。良い通り名を貰ったけど、長い髪の方が似合いそうな名前だね」

 赤い髪を後ろに一つで結ったサリーはその職業柄か、筋肉が目立っていた。

 こいつに盾で殴られたら顔面土砂崩れだろうな。

「お前、長い髪の男嫌いだろう?」

「そうよ」

 サリーは言った。

 相変わらず鈍いね。

 ローランドは内心溜息を吐く。

「剣と鎧を頼む」

 ローランドは腰に提げた鞘から剣を抜き、サリーに渡す。

 燭台の灯りを頼りにサリーが剣を見て言った。

「しっかり手入れはして持ってきたみたいね。毎度感心するわ」

「まぁ、待て。驚くのは早いぜ」

 ローランドは鎧を脱いでサリーに渡した。そしてニヤリと微笑む。

「こいつはまた凄まじいの貰ったみたいね。アンタ、どこか傷んだりしてないの?」

 サリーが驚いたようにこちらを見る。

「ああ。お前の打ってくれた鎧だからな」

「それはそうか」

 サリーは言った。そして鎧に目を落とす。

 ああ、鈍い。

 ローランドは鎧の亀裂を食い入るように眺めているサリーを正面から抱き上げた。

「え、何よ?」

 鎧が石の床に落ちる音がする。

「なぁ、サリー。俺と結婚しないか?」

「結婚?」

「ああ。俺は俺自身、お前を嫁にすると決めてからもう十年経った。あの頃はガキだったが、年を重ねる度に実感していったよ、お前が好きだと」

「ア、アタシなんか、筋肉ゴリモリの荒っぽい男みたいな女よ? 良いのそれで?」

「ああ。お前が欲しい。お前と共に歩んで行きたい。俺とお前の子供を作りたい。二人で幸せな家庭を築かないか?」

 ローランドはジッとサリーを見詰める。サリーも抱かれながらこちらを見上げて目を放さない。

「ローランド」

「何だ?」

「悪いけど下ろしてくれない?」

「あ、ああ」

 サリーは床に降りる立つと彼を見上げて言った。

「ごめん、アンタとは小さい頃から一緒だけど、結婚だとか子供だとか、家庭だとか、親父が死んで、あたし全然考える暇が無かったから少し混乱してるわ」

 そして表情を更に真面目なものにして言った。

「ほんの少しだけ時間を頂戴。アンタの剣と鎧を打ち直しながら相談してみる」

「相談? 弟子でも雇ったのか?」

「違うわ。火花とよ。今までだってずっとそうしてきたもの」

 サリーはそう言うと明るい微笑みを残し、剣を担ぎ鎧を抱き上げ、奥の炉のある部屋へと行った。

「明日の昼に取りに来る。だから」

「分かってるわ。その時までに答えを出しておく」

 サリーは器用に扉を開け、剣を握った手を振って応じて見せた。

 そして閉められた扉を見詰めながらローランドは今頃になって緊張を覚えたのであった。

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