第3話 エレメントの力
走って駆け寄ってみる。
「っぐ……うぇ、これはマジか」
強烈な血の臭いに思わず鼻を覆う。
立ったまま死んでいるのであろう化け物の首から血がまき散らされ、草原が真っ赤に染まっている。
小型車くらいある頭は熊のような顔をしているが、眼は赤い宝石がはめ込まれたように禍々しい色を放っている。巨大熊というよりエビルベアと名付けたい風体だ。
こんな地獄のような惨状の中、血の届かない草原の中に黒髪の美女が眠っている。
黒いゴシック調の制服のような恰好をしているのは、警察とか軍隊の人なのだろうか。けど、黒いミニスカートから延びる白い脚にブーツ姿はコスプレイヤーに見えなくもない。ただ、鮮血に染まる鞭だか剣だか分からないような武器で巨大熊を切り落としたのだから、一般人ではないことは確かだろう。
先ずは声をかける。返答はない。
脈を診ると弱くて遅い。
呼吸も浅くて速い。
正直、電話があれば救急車を呼ぶ案件だ。
しかし今はスマホは無いし、ここも日本ではない。
――異世界なのだろう。
「すいませーん、誰かいませんか!?」
周囲に誰もいないのは分かっているが大声を張り上げる。
風が草を揺らす音が返ってきた。
このままでは、あまり良くない気がする。本来、身体の中で何が起きているか分からない場合は動かさない方が懸命だが、このままここに居ても仕方がない。
黒髪の美女を背負おうとすると、彼女の身体から光の粒子のようなものが出てきた。
思わず離れると、光の粒子と共に彼女の髪が白くなり身体が透明になっていくのが分かる。
――これは絶対にダメなやつだ。
腕を取り脈を診る。ほとんど感じない。
そんな、このままじゃ。
「それでも、諦めたくない!」
心臓マッサージを試みる。止まりそうな呼吸を少しでも続けて欲しい。
――突然、押した胸から電流が走る!
正確に言えばこれは『ヒビキ』だ。
鍼がツボに刺さった時の感触が何故!?
彼女の方を見ると腰に付けたバッグのような物から光が零れて見えている。
そして、白髪になって姿が薄くなった彼女の身体に青赤黄白黒のラインがまるで川のように流れているのが見えた。
この世の物とは思えない色彩だ。まるで彼女の身体が広大な青い空や風の匂い香る緑の草原と溶け合っているようにも見えた。
だが、川の所々に淀みがあるせいで、彼女と世界のバランスが崩れているように思える。
「これは……もしかして、ここか?」
淀みに手を触れる、押すのではなく、ただ、そっと補うように。
淀みが消え、身体の中に流れる川が動きだしたと思った瞬間、宙に舞っていた。
「――キミ、何故、私の胸を触っているのだ!」
白髪から黒髪に戻った美女が、鬼のような形相で投げ飛ばした俺を見下ろしている。
そうか、あの柔らかさとボリュームは、そういうことか!
「いや、待ってくれ! 俺は眠っているキミにセクハラしていたんじゃない……えーっと、揉んでいたんだ!」
「な、なな、ひ、開き直るとは……生かしてはおけない!!」
ジャララ、っと金属のついた鞭を掴んだ。
「うわー、まってまって! 揉んでいたのはそのおデカいお胸じゃなくて五色の川の淀みが」
金属鞭が俺の目の前でギャリリっと金切り音を出して止まった。
「五色の川だって!?」
彼女は手を少し捻るとそれに応じるかのように鞭が縮み、ただの鉄の剣へと姿を変えた。
「……なるほど、これは面白いのが来たようだね」
「え、おもしろい?」
「ようこそ、イセコスへ。異世界の人よ、キミの物語を聞かせて欲しいな」
先ほどの表情がウソのように黒髪美女は笑みを浮かべていた。
「なぁ、私は手を差し伸べたままなのだが?」
「あ、すいません」と言いながら細く白い手を握る。
ひょいっと音がしそうな感じで身体を引っ張り起された。
この細い身体のどこにこんな力があるのか……この豊満な胸囲から発揮されていたりするのか。
「先ほどの無礼は水に流そう……キミの住んでいる異世界の事は知らないが、イセコスじゃ街の外では魔物が徘徊しているものでね。昔に比べて脅威は下がったといえ、若いからといって無茶をするのは賢明ではないな」
「若い?」
魔物というフレーズよりも、若いと言われた言葉に食いついてしまう。
特にこんなナイスバディな美女に言われると俺もまだまだ捨てたもん……じゃなくてやはり若返っているのかもしれない。ということは、何処かにワープしたのではなく生まれ変わった……転生した?
「ふむふむ、命は一つしか無いと考えていたが、キミたちの出現でその説は考え直す必要が出てきたな」
「キミたち? って、俺以外にもこの世界に来た人がいるってことですか?」
「そこまで数は多くないが複数の存在を確認しているよ。最も他の者達がキミの居た世界から来たかは定かでは無いけど服装は似ているな」
黒髪美女はこちらから視線を逸らし、死体となった魔物へと近づき、魔物の中から赤色に光る石のようなものを取り出した。
「それは」
「これはね、エレメントコアだよ」
そう言いながら彼女は胸元を惜しげもなく開いた。
おお、なんて谷間! ……に機械が埋め込まれている?
「こう、使うのさ……んん」
胸の機械に赤い宝石をハメ込むと、某巨大ヒーローのように宝石が赤く光を放つ。
そして、ピリスは森の方へ手をかざすと、手から火の玉が現れ徐々に大きさを増す。
「――エレメント、この世界の神秘を人間が支配した力だよ」
目の前にあった森の中心部の木々が全て焼き尽くされた。
木々が燃えていく音を聞きながら、自分の中にあった常識も崩れていくように思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます