第2話 サイタマかグンマか

 ――都内某所


「あー、ねむ」 


 欠伸をすると、白い息が夜の街に溶けた。

 もう十時過ぎだ。

 東京の街でも車の往来が減る時間帯だな。


「っていうか、仕事終わった後にWEB会議はシンドイな」


 赤信号だが、左右に車がいないことは分かっているので一歩を踏み出す。


「頭が疲れた時に耳を引っ張って動かしても限度はあるしな」


 患者さんへのアドバイスはセルフケアにもなるが、そもそも長々とWEB会議をしないことが健康への近道だ。

 とは言え、長い会議や読むのに時間が掛かりそうな本に手こずっているときは、耳を動かすに限る、はぁ、癒される。


「鍼灸院の売り上げも下がってきているし……そろそろ協会の仕事も減らして、婚活も考え……」


 けたたましいブレーキ音が右側から聞こえてきた。

 顔を向けた瞬間、身体中に衝撃が駆け巡り、痛みで意識が飛んだ。


「痛ってぇぇ……くない?」


 右肩を抑えながら転がると草の匂いがした。

 目を開けてみると緑色の絨毯のように草原が広がっている。

 口に入った少しの草と泥をぺっぺと手で取りながら立ち上がる。


「夢か、天国か……?」


 少なくとも東京で無いことは確かだろう。こんなファンタジー世界のように草原が広がっているのとしたらサイタマぐらいしかない。


「いやいや」と言いながら、草原にへたり込む。


 今、置かれている状況は普通じゃない。

俺は多分車に跳ねられた、それもトラックとかの大型車だ。

 なのに身体の痛みどころか肩の痛みさえ無い。


「これは……いや、まさか」


 柔らかな風が吹き、草原がざざっと揺らめいた。

 草の匂いを大きく吸い込みつつ、雲一つない青空を見上げた。


「太陽が二つとかあれば、分かりやすいんだが」


 万に一つ、もしかするとここは地球のサイタマの可能性だってある。

 ゆっくりと立ち上がり、尻についた草を払い落とす。

 さっきまでの東京は十二月、ジャケットを着ていると汗ばんでくる。

ここは五月頃の陽気といったところか。

 そういえば心なし服が大きいような気がする。

腹も出ていないし、脇もオジサン臭くない?

 鏡のような物があればと周囲を見回すが仕事鞄も無くなっていることに気がついた。

 財布が無い、つまり身分証も無いし、スマホもタブレットも無い。


「はぁ……まずは人を探そう」呟きながら歩きだす。


 悪く考えなければ旅行に来たともいえる。なかなかここまで壮大な草原を歩く機会は無い。何より東京では味わえない新鮮な空気を吸えるのがこんなに嬉しいものか。

 少し歩くと遠くに森が見えた。


「ん? なんだ? ……なにしてるんだ?」


 森の近くで巨大な……生き物と人が戦っている。


「グォアアアアアアアア!!」


 距離はかなり離れているはずなのに、巨大なケモノの咆哮で地面が震えるように感じる。


「ここはサイタマではなく、グンマだったか……」

 っと冗談を言っている場合じゃない。

 あんな化け物と人が戦っているなんて、あり得るのか?

 森の木々を刈り取る化け物の攻撃を俊敏な動きで回避している。

 普通の人間の動きじゃない、ましてや、銃を持っているわけでもなく、斧を持っているわけでもない。


「あれは鞭か?」


 目をこらした瞬間、鞭の軌道が化け物の首をスパンっと音が聞こえるように薙ぎ取った。

 マジか……グンマケンミンが化け物倒しちゃったぞ。

 これはもしかして、撮影か?

 周囲を確認してみるが、誰もいないしロケバス的なのもない。

 仕方ない、近寄って声をかけてみるしかないか。


「すいませーん! 教えて」

 

 言い終わらない内に、鞭の人は倒れた。

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