03

 模擬戦で華々しくニレットを倒した俺だが、それでもやっかみをかけてくる連中は多い。

 平民ってだけで唾をはきかけられるような学院だ。

 奴隷だと知ったマウント取りの連中は、どこからか拾った噂を頼りにネチネチ迫ってくる。

 暇なのか?

 そんなに俺なんかにマウント取りたい?


 まぁ、俺は短気だからすぐ殴っちゃうんだけど。


「いったい、あなたが生徒指導室に来るのはコレで何度目ですか?」


「3回目?」


「4回目です」


 俺の目の前ではぁと呆れるのは、帝国が誇る美姫・ネフィリア。

 皇位継承権は低いものの、皇帝の娘。

 才色兼備にして、その物腰の柔らかさから教官の信頼も厚い。


 まさに未来の帝国を背負しょって立つ人物だ。


 ネフィリアは人手不足の教官のかわりに、生徒指導も行っている。

 将来は今期代表生として壇上に立つんじゃないだろうか。そうなったら俺、最前列で話を聞くけどなぁ。あ、いま俺のこと睨んだ。

 …………ツンとした顔も可愛いなぁ。


「終わりましたか?」


「終わった終わった」


 反省文をネフィリアに渡す。

 

「じゃあ、これで今日は帰っていいですよ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! ネフィリア……さん!」


 部屋出ていこうとするネフィリアを、大慌てて引き止める。

 三度目ならぬ四度目の正直。

 ここで言わねば男がすたる!


「なにかごようですか?」


「放課後、ひま?」


「暇というほどではありません。公爵令嬢とのお茶会、ダンスとヴァイオリンのレッスン、それが終わったら明日の授業の予習を──」


「無理やりどっか時間を開けられねぇか!? 俺、ネフリィアと一緒に街で買物がしたいんだ! 頼むよぉネフィリア! このとおりだっ!」

 

 九十度、いや百度は腰を折り曲げた俺に、ネフリィアはしばらく沈黙していた。

 おそるおそる、顔をあげてみる。


「ネフィリア……さん…………?」


 ネフィリアは。


「……………………ふふっ」


 とても小さく、微笑んでいた。

 普段は氷の姫とも恐れられ、一切表情を緩ませない彼女が。


「仕方ないですね。見ていて飽きないので、一回だけですよ?」


 破壊力が凄まじすぎて。

 俺の心臓、マジでもたん…………。


「オルヴィ、どうしたのですか? オルヴィ…………?」


 俺…………今なら死んでも悔いないわ。



 …………………。


 …………。


 ……。



 あれ、なんか体が冷たいな。

 もしかして、昔の記憶かよみがえったとか? 

 え、いくら死んでもいいって言ったけど今さら前世の死ぬ瞬間なんて──


 バシャァアアンン。


「ってつめてぇぇえええ!!」


「ようやく正気に戻りましたね。出かけようって誘ってきたのはあなたのほうでしょう」


 なんだこれ、全身水浸しじゃねぇか。

 まさか、ネフィリアがかけたのか?


「あなたがずっと、呆け面してたので水をかけたんですよ?」


「え、ツッコみたいけどマジで? 俺、そんな長い間バカ面さらしてたの?」


「私が水をかけるまでは」


 確かにネフィリアの格好をよく見てみると、ブレザーの制服からオシャレな私服に変わっている。

 周りだって、学院じゃなくて街中だ。


「デート、するんでしょう?」


「え!? べ、別に俺は、た、ただ親睦を深めるためにネフィリア様と一緒にお買い物をだな!」


「? 二人きりの男女の買い物をデートというのではないのですか? そうですか、これはただの付添い──」


「デートしようぜ」


 俺はいま、最高にかっこいい表情を浮かべている…………と、思いたい。

 しかしどうやら、氷の美姫はデートというものをそんな深い意味だと捉えていないらしい。

 緊張したのに損したぜ、まったく。


「しっかし、誘った俺が言うのもなんだけど、いいのか? 俺みたいな問題児と一緒にいて。しかも、放課後に街へ降りるのは禁止だぜ?」


「それはさっきも言ったでしょう。私は生徒指導室を請け負う人間として、問題児を管理しなければなりません。これは遊びではなく、監視です。か・ん・し」


 監視ねぇ。

 俺より楽しそうにおめめキラキラさせてますけどねぇ。


 でも、ネフィリアが俺と一緒にいる動機がわかった。

 彼女だって、ちょっとは学生らしいことがしたいのだ。

 いつも周りに取り巻き連れて、全生徒の模範生みたいな振る舞いして。

 そのかわり、女子なら当然できそうな貴重な時間を無駄にしている。


「よし、ちょっくらかっこいいところを見せてやりますか」


「なんです? 私に勝てない僻みですか?」


「悪かったな学年総合二位で! む、むしろこの位置がちょうどいいんだよ! ネフィリアを目立たせるには俺という存在が必要なんだよ!」


「そう……かもしれませんね」


 な、なんだこいつ。急にどうした。


「じゃあ、今回はエスコートしてくれますか? 騎士ナイトさん」


「……………」


 優しく、微笑むその姿に。


 あぁ、どうやら今回も。


 俺は、惚れさせるより惚れる側なんだと、思った。


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