四次、のちに

 外はうだるような暑さだった。俺は松葉杖をつきながら、歩道を歩いていた。この道をまっすぐ行けば、甥の家があるはずだった。だのになんでだろう、俺は何か道が他の家に通じているような気持ちがした。

「ヴァルシュタッドの人間」

 脳裏に閃く、かつて関わっていた極秘任務の符牒。非人間とされた人間たちの末路の映像は、いくら頭を振っても拭い去ることはできない。そういう時代だったと自分を納得させることは、何年経ってもできなかった。

 甥は、第四時世界大戦後に生まれた。槍と棍棒で殴り合ったあの時代を過ぎてなお、人類が生きていることに驚嘆の念を感じる。密告・徒党・リンチ。あんな時代はもうまっぴらだ。人間性の欠如によるおぞましい個人同士の戦争は、多くの人間に傷を残した。俺でさえ最後は朦朧としていたんだ。心優しい甥が耐えられるとは思えない。甥が戦後にこの世に生まれたことを、何度でも神に感謝しよう。

 長い坂道に差しかかった。太陽が容赦なく皮膚を焼いてくる。こんな美しい世界で、人間は何をやったか。考えるだに吐き気がする。鞄の中の林檎が、突然重力を主張しはじめたように思った。くそったれが。何もかもが忌々しい。俺はあの戦争のとき、母を見捨てたのだ。連行されていく母を尻目に、俺は群衆の中に没入した。その時の胸の焼け焦げるような苦しさを、忘れることなどできやしない。

 道が開けていく。白い道の果てに、甥の住む家が見える。俺は踊るような足取りで、そこへ向かって走っていった。俺の後ろには、点々と林檎型のシミが残っていたが、そんなものはもう気にする必要がなかった。

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