第7話 ギャルと話してみた!

 なつみかんのことを十人見たら全員がギャルだと思うと言ったが、ギャルとはいったい何なのか。

 その疑問を解決するため僕は思考のアマゾンに潜った。

 ギャルが元々意味するところは若い女性であり、そこから現代的な意味に翻訳すると明るくてコミュ力が高くて流行に敏感な若い女の子のことを指す……さらにわかりやすく言えば陽キャとかパリピの女の子ということになる(僕の中の解釈である)。

 その要素から考えると、女子高生向けのオシャレをメインコンテンツとする小豆とあもとい東屋あずまや兎亜とあもギャルに分類されても全然おかしくはない。

 けれども、僕は兎亜に対してギャルっぽさは感じたことはないし、兎亜が中学時代にあらゆる褒め言葉でもてはやされた際もギャルを枕詞にされることはなかった。

 その理由は恐らく僕を含めた一般大衆の中にあるギャルのイメージと兎亜の見た目や言動があまり一致しないからだと思う。

 化粧っ気のある顔に派手な髪色、爪にはネイル、耳にはピアス。

 スカートはなるべく短く、制服の上着は普通ではなく少し着崩す。

 おまけに学校指定の鞄は派手に改造されている。

 もちろん、僕の偏見と憶測にまみれているけど、多くの人が今の特徴を聞いてギャルっぽさを感じられるはずだ。


 では、改めて今隣を歩いているなつみかんを見てみよう。

 化粧はちょっとしている(と思う)が、髪色は普通に黒で、木場きばの言っていた通り後ろで髪を束ねていた。

 ネイルとピアス(と言っていいのかわからない耳の装飾)を付けていて、スカートも普通科のクラスの女子よりはかなり短め。

 制服の上着はやっぱり着崩し気味だが、鞄は思ったよりも普通。

 それらを総合すると……間違いない。彼女はギャルだ。


 それがわかったところで僕は……どうすればいいんだ。

 広義的な意味で兎亜や西沢にしざわをギャルと考えても、最上級ギャルのなつみかんと今からまともに話せる未来が見えない。

 それくらい目の前にいる存在は僕が今まで関わり合わなかったタイプだ。

 というか、何で僕はほぼ今日知り合ったばかりのギャルと放課後の時間を共有しているのだ。これからいったい何に付き合わされるんだ?

 アサシンの活動のためにお前の戸籍を利用させて貰うとか!?

  顔を取られて闇に葬られるのか!?


「あ、そういえばまだ自己紹介してなかったわ。うちは双葉ふたば夏海なつみ。2年5組のインクリ科」

「は、はぁ……」

「え。何そのビミョーな反応。もしかして、なつみかんの自己紹介聞きたかった?」

「い、いや……木場が喋ってる時に名前を聞くから初めて聞いた感じがしなくて」

「あいつ……本当に教室でベラベラ話してるんだな……」


 双葉はちょっとしかめっ面になりながら言う。

 僕からすればその反応は少々困惑してしまう。


「あの……木場とは幼馴染なんだよね?」

「そうだけど……幼馴染って言われるなんかむずがゆい。5歳くらいの時から家が近所だっただけだし」

「そ、そうなんだ……」

「そういう阪梨さかなしくんは冬也とうや……木場とは仲いい感じ?」

「いや……木場が社交的なだけだと思う」

「あーね。あいつ外面だけはいいんだわ。でも、気を付けた方がいいよ。あんな感じでスケベでしょうもないことばっかり考えてるから」


 双葉は恐らく善意でそう言ってくれた。

 それは非常に参考になるアドバイスだが……なぜこの2人はお互いに警戒し合っているんだ?

 木場とは幼馴染の立場的に同じものを感じていたが、実際の関係性はかなり違っているのかもしれない。


「てか、阪梨くんも自己紹介しなくていいの?」

「さ、阪梨礼人れいとです。普通科2年3組の」

「うん、知ってた」

「じゃあ、自己紹介させな……じゃなくて、そもそもなんで僕の名前を知ってるんだ。そして、何の目的で僕を連れ歩いてるんだ」

「いきなりぐいぐい来るじゃん? ちな阪梨くん的にはどう予想してるの?」

「それは……幼稚園の時に水槽でひっくり返っていた亀を助けたから、今になって恩返しに来た……とか?」

「は? 何言ってんの?」


 しまった。いつもの身内ノリで話すようなボケ方は駄目だった。

 いくらギャルがノリがいいからって最初から飛ばし過ぎだ僕の馬鹿。

 ちょっと会話が盛り上がったと思ってしまったけど、まだ木場の話で繋いだだけだった。


「い、言い間違えた……見当も付かない。動画やSNSで見たことはあるけど、実際には今日初めて会ったと僕は思ってる」

「それは間違ってないよ。学年集会で見かけたとかをノーカンにすれば、うちも阪梨くんと会うのはお初」

「じゃあ、なんで……」

「ホントに思い当たるとこないの? 絶対あると思うけどなー」

「……東屋兎亜から聞いた」

「そそ。わかってるじゃーん」


 当たってしまった。いや、逆にそれ以外のところで僕の存在がフリー素材になっているのだとしたら今すぐ登録している全てのアカウントのパスワードを変更しなければならない。本当は定期的にやった方がいいらしいけど、面倒くさいんだよな。


「で、でも、たとえ東屋さんから聞いたとしても、初対面の僕を連れ出している意味はわからない」

「それは今からわかるんだよなー ところで、阪梨くんは今の状況についてとあに伝えてたりする?」

「いや、(その隙が無かったから)伝えてないけど……」

「え、そうなの? じゃあ、ちょっとショックが大きいかもな~」


 僕が双葉の発言の意図を掴み損ねている中、双葉はスマホを取り出して何やら操作を始める。

 凄いフリックの早さだ。これも偏見だが、ギャルはスマホの扱いが上手い印象があるので、今の行動は非常にギャルポイントが高い。

 なんて考える前に僕は歩きスマホを注意すべきだろうか。


「よし。仕込みは完了したからもうちょいゆっくりぶらぶらしよっか?」

「仕込み? いったい何の……?」

「知りたがりだなぁ。阪梨くん、自分のスマホをチェックしてみ」

「スマホ……?」


 双葉の指示を受けてスマホを見たその瞬間、ちょうど1件のメッセージが入って来る。

 それは兎亜からの「今どこにいるの!?」というシンプルな問いかけだった。

 それに返信しようと足を止めたら、今度はいきなり電話が入ってきて、僕はびくりと驚いてしまう。


「も、もしも――」

『礼人!? 今どこにいるの!? 本当に夏海ちゃんと一緒!? 変なところ行ってない!?』

「え、えっと……」

『いいから答えて!!!』

「い、今は駅前の辺りで、双葉とは一緒だが」

『変なところは!?』

「変の基準がわからないけど、少なくとも変な状況に巻き込まれてると思ってる」

『わかった! 今すぐ行く!』


 僕が事情を聴き返す前に兎亜は電話を切る。

 珍しくちょっと怒っている感じだった。

 そして、電話の内容に名前が出てきたということは、原因を作ったのは目の前の双葉に違いない。


「いったい何をしたんだ」

「うんとね、これ送ったの」


 そう言いながら双葉はスマホの画面をこちらへ見せてくる。

 それは兎亜とのトーク画面で、3分ほど前にある文面と写真が双葉から送られていた。


「……今から阪梨くんと楽しいコトしてくるね…………楽しいコト!?!?」

「え。反応するのそこなんだ」

「ほ、本当に何をしようとしてるんだ!? それにいつの間に僕が写ってる写真を!?」

「うん? 一緒に歩き出して阪梨くんがなんか考え事してた時」


 ギャルのことを考えていた時だった。

 周りが見えないほど緊張してたのか僕は。


「それより……阪梨くんはうちと楽しいコトしてもいいって思ってるんだぁ」

「そ、それは……どういう意味かによるというか……」

「阪梨くん的にはどう取ったのー?」


 楽しそうな顔で双葉は僕の方に近づいて来る。

 その時、頭の中に浮かんだのは……濡れ透けのなつみかんの姿だった。これだから男子はと責められても仕方ない。


「ど、どうもこうもない! 兎亜へ嘘付いて何をしようというんだ!?」

「ウソじゃないよ。うち的にはこれから本当に楽しいコトが始まるんだから。まー、阪梨くんを巻き込んじゃったのはちょっぴりゴメンだけど、事が終わったらそれこそ阪梨くんが望むような楽しいコトしてあげてもいいよ?」

「ひ、必要ない! それより僕を巻き込むってことは……本命は兎亜か!」

「そ。うちは……とあと真剣勝負したいんだよねぇ」

「真剣勝負って……まさか本当にアサシン!?」

「は? 何言ってんの?」


 しまった。まだ双葉に僕のこの感じはハマっていなかった。

 けれども、僕のおふざけと同じくらい双葉は滅茶苦茶なことを言っている気がする。


「ま、間違えた。真剣勝負って喧嘩でも始めるつもりかと……」

「……ま、とあが来るまで待つのにちょうどいっか。阪梨くんはさ、インクリ科のクラスメイト同士ってどういう感じになってると思う?」

「どうもこうもクラスメイトなんだから……程々の距離感なのでは」

「なんか思ってた答えと違うな……」


 僕の答えは何故か双葉を困らせてしまった。

 でも、これは双葉が悪い。クラスカーストの欄外個体の僕に一般的なクラスメイトの回答を求めてはならない。


「うちが聞きたかったのは、ランキングで比べられるからクラスでは常にバチバチでやってるか、それとも普通のクラスメイトっぽくなってるかってこと」

「あ、ああ、そういうことか。だったら……いや、どうなんだ……あんまりクラス内の雰囲気とかは話を聞かないし、お邪魔することもないから、インクリ科の5組だけ修羅の国になっている可能性も……? どっちなんだ!?」

「いや、うちが聞いてたんですけど……ま、いいわ。実際のところは普通も普通。むしろ、長く険しい推薦を勝ち抜いた仲間って感じだし、中には受験前の見学で顔見知りだった子もいるから、2年以上の付き合いでめっちゃ仲良くなってることもある。誰かがバズったりしたらクラスみんなで喜び合うような、そういう関係性」

「それならいいじゃないか。インクリ科は3年間クラス固定なんだし、仲がいいに越したことはない」

「うちもそう思ってるよ。でもね、仲良しこよしだけじゃダメだとも思ってる。インクリ科ではランキングを目に見える形で全体に公表されるんだから、他のクラスメイトと競い合う気持ちも必要なの。そうじゃなければ……今の2年インクリ科は一条いちじょう穂希ほまれとそれ以外になっちゃうから」


 双葉は真剣な眼差しで遠くを見つめていた。

 一条穂希に唯一打ち勝てる可能性があると言われる存在。

 木場はそう評していたし、実際に他のクラスメイトもなつみかんが一条穂希に追いつけるか抜かせるかと話しているのをよく耳にする。

 僕からすればその比較は小豆とあの上空で行われる神vs神のような争いだと思っていた。

 だけど、今の言い方からして双葉にとっての一条穂希は、もっと大きな存在であるように聞こえる。


「だから、インクリ科全体でもっと切磋琢磨するためにとあ……ううん、東屋兎亜とも一度は真剣勝負したいなぁとはずっと思ってた。ジャンル的にはうちも似たようなことしてるから、トロワちゃんみたく戦いづらくないし。だけど……阪梨くんも知っての通り、とあってめっちゃいい子でしょ?」

「ま、まぁ、そうだな」

「本当にいい子過ぎるくらいにいい子。さっき言ったように受験前からの2年以上の付き合いで仲いいし、たぶん普通に勝負しよって言うと、普段の兎亜の性格的にぬるーいコラボとかそういう感じに収まると思ってる。だけどね、うちはとあにも一条穂希と戦う舞台に上がってきて欲しいんだよ。絶対跳ねるポテンシャルはあるから」


 双葉の急な評価にこんな状況ながら僕はちょっと嬉しく思ってしまう。

 現在2位のなつみかんがこう言ってくれるなら兎亜にとって相当心強いはずだ。

 まぁ、その双葉は今から兎亜と敵対しようとしているのだけど。


「そんなわけで、うちは兎亜の闘争心に火をつけた状態で、何らかの勝負をしたいと思った。それで兎亜を焚き付るためにどうしたらいいか考えた結果……彼氏である阪梨くんにちょっかいをかけようと思ったわけ」

「……いや、僕は彼氏じゃないけど」

「……え?」


 その日、僕は初めて双葉兼なつみかんの間の抜けた顔を見た。

 いや、今日初めて会ったのだから一挙手一投足が新鮮に見えていたけど、この瞬間は今後見ることがないような硬直具合だった。

 恐らく前振りで自信満々に言っていたのが効いている。


「ウソぉ!?」

「嘘じゃない。いったい誰が言ってたんだ」

「誰が言ったわけじゃないけど……だって、あれだけ頻繁に名前が出てて……楽しそうに話題を挙げてて……未だに行き帰りを一緒にして……」

「おいおい、それだけの要素で彼氏だと思い込んだのか。男女の仲がちょっといいから付き合ってると思うだなんて、中学生以下の発想だぞ」

「ち、違うし! そ、そもそも普段のとあの言動が……」

「じゃあ、兎亜本人が言ったのか?」

「……言ってません」

「だったら、双葉の思い込みじゃないか。天下のギャルさんは随分とピュアなんだなぁ」

「う、うう……」


 恥ずかしそうにする双葉を見て僕は少しだけ心に余裕ができた。

 ここまでの僕はギャルみかんにやられる一方だったが、ようやく反撃の目が見えた。

 いるんだよな、こういう勘違いをする奴。高校になってからはあまり言われなくなったけど、誇張ではなくこれまでに100回くらい言われたと思う。


「じゃあ、阪梨くんは単なる友達で、とあも怒ることはないってこと……?」

「残念ながらそうなるな」

「それなら阪梨意味ないじゃん!!!」

「僕自身に意味がないみたいに言うのやめろ!?」

「はー……何だったのここまでの時間」


 こっちの台詞だ。僕がこの時間で得られたのはギャルも普通に人間だし、小豆とあは2位から見てもポテンシャルを秘めているということだ……案外悪くない収穫か。

 それに自慢するつもりはないけど、あのなつみかんとたくさん話せたと考えれば中々良い経験ができたとも言える。


「礼人!!!」


 完全に足を止めて長話していたものだから、電話を入れてから向かっていた兎亜が到着する。これからどう話を進めるのだろうか。

 既に消化試合のような雰囲気で僕と双葉は兎亜の方へ振り向くと……


「夏海ちゃん。私、今日は優しくできないかも」


 ……珍しくめっちゃ怒っていた。

 僕は電話で声を聞いた時のことをすっかり忘れていたのだ。

 双葉は大きな勘違いをしていたが、本来の目的は果たせる状況は整えられていた。


「阪梨くん……聞いてた話と違うんだけど」

「……僕も想像していた話と違う」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る