第6話 ギャルには気を付けよう!

 インフルエンサー・動画投稿者のなつみかん。

 観美坂かんびざか高等学校インフルエンサー・クリエイター科2年3組所属で、YouTubeの登録者数は92,000人、SNSのフォローはTwitter45,000人、Instagram80,000人、TikTok83,000人を誇る(GW明け5月時点)。

 現在の校内で最も勢いのある2年生の中では女子ランキング2位で、ずっと1位に居座る一条いちじょう穂希ほまれに唯一打ち勝てる可能性があると言われる存在。

 天真爛漫ギャルや猪突猛進ギャルなど、とにかくギャルが枕詞の如く付けられているように、十人見て全員ギャルの概念を知っている場合は、全員がギャルだと思う風貌|(もちろん、いい意味で)。

 髪はその時々の流行りに合わせているが、基本は髪を後ろに束ねている(僕の知識が間違いなければポニーテールに分類していいやつだ)。

 動画やSNSでは様々なジャンルを話題に挙げているが、メインコンテンツは意外にもバラエティ系の企画。

 しかも激辛動画を始めとした体を張って、汚れを気にしないタイプの企画が多い。

 将来的には謎解き冒険バラエティ的な奴に出演して世界中でロケしたいと言うほどバラエティへの意欲は高く、老若男女問わず楽しめる内容により、多くのファンを集めている。

 一方で、それ以外の投稿も含めて動画やSNS内で見せる活発な感じや可愛らしい見た目は、バラエティの需要とは別に男子の心を掴んでいる。

 はっきりとした性格は嫌味さがなく、優しくて話しやすいギャルを具現化したような感じだ。


 そんな説明は多少僕の感想を加えているが、教室内で他の男子に対して語る木場きばからの受け売りだ(わりとどこにいても聞こえてくるから盗み聞きではない)。

 実際はもっと色々な(しょうもない)情報もあった気がするけど、普通になつみかんを知って貰う分にはこのくらいの情報があれば十分だろう。

 僕も全ての投稿をチェックしたわけではないが、この説明から得られる情報は全て合っていると言える。


「お邪魔しまーす」


 だからこそ、我々が住まう2年3組普通科の教室になつみかんがやって来ようものなら、兎亜とあが来た時以上に大事だ。

 その日の突然の訪問は、僕が知る限り今年度初の訪問だった。


「な、なつみかんちゃん!? どうしてここに!?」

「い、いったい何が起こってるんだ……!?」

「ふぁ、ファンです! この前の水風船動画めっちゃ良かったっす!」

「ヤバ、みんな見てくれるんだねぇ。マジでうれしー! ありがと~!」


 駆け寄るクラスメイトや飛び交う声に対して、なつみかんはファンサ的な対応していく。

 兎亜の時には直接言う人はほとんど見られなかったのに、なつみかんには直接言われるのはファン層の違いだろうか。それともフォロワーの多さ故か。

 この前にも言ったが、普通に校内の同級生なのに、とんでもない有名人が来たみたいだ。

 そのなつみかんが目指す先はもちろん幼馴染である木場だった。


「……何しに来たんだよ」

「別に来ちゃいけないルールなんてないじゃん? それともうちが来ると都合の悪いことでもある?」

「別にないが……」

「ホント? うちのことであることないこと言ってるくせに」

「ないことは言ってない。俺は事実しか話さないからな」

「その言い方がウソっぽいんだけど~」


 ……あれ? なんか想像していた感じと違う。

 話し方からして今も交流があるのは嘘じゃないことはわかるが、普段の木場の語りからしてもっとこう……仲が良い感じだと思っていた。心なしか木場はいつもよりも尖っている雰囲気があるし、なつみかんの発言も少し煽っている風に聞こえる。

 まぁ、その辺り2人の事情は色々あるのだろう。それになんだかんだ言いつつその木場へ用事があって会いに来ているのだから、悪い関係ではないはずだ。

 しかし、これまで一度も訪れたことがなかったなつみかんが、わざわざ教室に来るほどの用事とはいったい……


「それより冬也とうや、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ、わざわざ教室まで来て」

阪梨さかなし礼人れいとってどの男子?」


 ……用事は僕だった。

 その瞬間、木場となつみかん以外の教室の目線が僕の席に注がれる。

 木場となつみかんが話すところ見るのは初めてだなぁ、なんて思いながら結構吞気してた僕は、突然自分が舞台上に登場させられたことをすぐには受け入れられなかった。


「阪梨に何の用事が?」

「何でもいいじゃん。早く教えてよ」

「……そこの席の男子だ」


 僕の心境を木場が察してくれるわけもなく、容赦なく僕の席を指される。

 そうしてなつみかんが僕の方を見た途端、僕への他の視線は様々な感情を含んだものになった。たぶん、嫉妬とか疑念とかそういう感じだ。

 一方の僕は、なつみかんに目を付けられるようなことを何かしただろうかと、大袈裟ではなくこれまでの人生を走馬灯の如く振り返り始める。

 だが、全く思い当たらない。

 木場と会ったのは高校が初めてだから、その幼馴染であるなつみかんと幼い頃に接点があるはずもなかった。

 あるとすれば、なつみかんとしての動画やSNS投稿を見たことがあるくらいだ。

 その中でなつみかんが僕を探しに来るようなきっかけは……1つだけあるかもしれない。

 そう、それはちょうど先ほど話題に出ていた水風船のことだ。


『今回のなつみかんの動画、なかなか攻めてた……』

『あー……やばかったよな、水風船』

『あれって動画的にセーフなのか……?』

『なんだよ、お前は見たくなかったのか? 水に濡れてるだけじゃないか』

『そうそう。単に水風船が割れてちょっと着てる服が肌に張り付いただけ』

『ぴったりだったよなぁ……いや、もっと薄着の時もあったけど、水も滴るっていうか……』

『濡れ&透けには違った良さがあるよな……』


 自分でも鮮明に覚えていることにびっくりだが、水風船の動画内でなつみかんが大変なことになっていることを男子たちの会話から知る。

 まぁ、そういう想像力の豊かさは微笑ましいと思うが、さすがにちょっと誇張しているんじゃないか? まったくこれだから男子は言われてしまうんだぞ、と僕は思いながら……該当動画を見た。

 いや、これはなつみかんさんに対して変なイメージを持たないための確認であり、健全な男子としてなつみかんさんの味方となるための視聴だった。

 実際のところ動画内では水風船で色々遊んでみようという、可愛らしい企画だ。

 その結果、僕の判定は……凄かった。

 濡れたスポーツウェアの張り付き具合。

 結構薄着で透ける感じは絶妙なラインだった(どういう意味のラインかは想像にお任せする)。

 これは男子のファン増えるわ。


 ……ということがあったので、僕の思考がジャックされたことで目を付けられたかもしれない。

 でも、それだと僕だけ裁かれるのはおかしくないか? 少なくとも同罪の男子が2人以上いるはずだぞ。


「キミが阪梨くん?」


 馬鹿なことを考えているうちになつみかんは間合いを詰めていた。

 さっきのことは冗談として、これかいったい何を言われるんだ。

 覚えていない過ちの責任を取らされるだとしたら理不尽でしかない。

 だけど、ここで嘘をついたところで待っているのは、今も目を光らせるなつみかんフリークスによる追撃だ。

 このクラスの阪梨礼人はどうあがいても僕しかいない。首を差し出される前に覚悟を決めるしかなかった。


「は、はい。そうですけど」

「ふーん…………わかった。それじゃ、お邪魔しましたー」

「……は?」


 僕が困惑の言葉を返した時には、なつみかんは教室を去っていた。

 いや、「ふーん」ってなんだよ。

 わざわざ探しに来て見つけてみたら大したもんじゃなかったみたいな。

 大したもんじゃないのは否定しないが、それを言うためだけに来たのかい。


「阪梨ぃ! いったいどういうことなんだ!?」

「東屋さんだけじゃなくて、双葉ふたばさんとも知り合いだったの!?」

「名前覚えられてるなんて羨ましいぞ!」

 

 そして、結局周りからは色々言われてしまう。

 とんだ当て逃げだ。

 いったいどういうことなのか一番知りたいのは僕だぞ。


「まーまー 皆さま落ち着いて。阪梨、本当に身に覚えがないん?」


 その場を一旦落ち着かせたのは西沢にしざわだった。

 でも、さすがにそれだけじゃこの事態は納められないと踏んだのか、代表して僕に聞いてくる。


「……ないよ。動画やSNSで一方的に見たことあるだけで、直接会ったのは今日が初めてだった」

「ふむ。アタシは阪梨とそこそこ長い付き合いだからわかるけど、ウソは言ってないと思う。だとしたら、なんで阪梨のことを探してたのかわからんから……そこのとこ何か知らないの、木場?」


 西沢はクラスの注目を木場の方に逸らしてくれた。

 一方、僕の席を教えた後黙っていた木場は悩んだ顔のまま口を開く。


「俺にはわからない。ただ……」

「ただ?」

「さっき見た夏海の顔は、何か企んでいる時の顔だった。だから……気を付けろ、阪梨」


 木場は完全に善意でそう言ってくれる。

 それは非常にありがたいアドバイスだが……なつみかんは凄腕の暗殺者かデスノートの所持者なのか? 

 名前と顔を憶えられただけで忠告されるレベルで気を付けなきゃいけない状況って何?

 詳しい話を聞きたいところだったけど、木場はそれ以上何も言わず、そこでクラス全体も注目も霧散していった。


 変な疲れが襲ってくる中、さっきは助けてくれた西沢が、今度はからかう気満々の表情でこちらへ寄って来る。

 その気持ちはわからんでもない。僕も友達がそういう状況になったら絶好のネタだと思う。


「いやぁ、阪梨も有名人になったんやね」

「逆に今から悪い意味で有名人になりそうだよ。ネット上で見ていただけで相手に名前を知られるのなら、僕は今後一切の電子ツールを捨てて山に籠るしかない」

「おお、それはそれで有名人になりそう。ネットを絶った高校生が山で仙人に」

「ふざけた言い方をしたのは僕からだけど、乗らないでくれ。結構真面目に困ってるんだ」

「だろうねー こういう時に相談できそうなのは……1人しかいない」

「そうなんだけど……その1人って最強の味方であると同時に、最大の敵になる可能性もあるんだよな」

「漏れる可能性があるとしたらそこだよねー でも、阪梨が頼れる先ってそこくらいしかなくない?」

「……悲しいけどその通りだ」

「言うまでもないことだと思うけど、聞き方には気を付けなよー ちょっと言い方を間違ったらあの子大騒ぎしちゃうから」


 西沢からの忠告に頷きながら僕はスマホを取り出して送る文を考え始める。

 先ほどは意図的に避けてきたが、なつみかんが僕を知るきっかけがあるとしたら……兎亜が何か言ったと考えるのが自然だ。インクリ科で僕と直接繋がりがあるのは兎亜しかいない。

 だけど、僕だって疑った文章を本人へ送り付けたくはない。

 だから、やんわりと、遠回しに今回の原因を探れるような文章を考えていたら……放課後になってしまった。

 朝一緒に来た時に今日の放課後は用事があると言っていたから、今から直接聞きに行くのは迷惑になる。

 木場には気を付けろと言われたが、今すぐ何かされることもないだろうし、帰りながら良い聞き方を考えよう。そう思って僕は校門を出た。

 でも、それは……甘い考えだった。


「阪梨くーん。ちょっとうちに付き合ってくれないかなぁ?」


 校門の外で待ち構えていたのはアサシンなつみかん。

 僕は兎亜へのメッセージを未送信のまま、ギャルに連れ去られてしまった。

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