第5話 改めて紹介してみた!
前回までの3つのあらすじ。
1つ、
2つ、
3つ、東屋兎亜はカップラーメン好きだが、上手に作れない。
まぁ、こんなところだろう。
それじゃあ、今語っている奴は誰なんだあんたと聞かれたら、僕のことはこの後で何となくわかるだろうから答える必要はない。
というのも前回まで東屋兎亜の可愛さについて語るだ何だと言いながら自分語りが多くなってしまったことを僕は大いに反省している。
恐らくこの時点での東屋兎亜――いや、小豆とあがどういう活動をしているのか、やんわりとしか伝わっていないと思うのだ。
だから、今回は現在の小豆とあの活動について話していこうと思う。
「みんな、こんとあー! 小豆とあです! GW明けだと気だるーい感じはあるけど、ネガった空気に負けないよう、とあはやっていきたいと思いまーす。そんな今日の動画のテーマは……どぅる、どるる……じゃん! 今年の梅雨コーデについて! 6月も後半になると梅雨に入って、とあみたいに髪の毛が大変になる子もいると思いますが、それと同じくらい気になるのが梅雨のコーデだと――」
これは先日「小豆とあちゃんねる」で公開された「【梅雨】とあ的今年の梅雨コーデ事情【6月のファッション】」の冒頭部分だ。
現在小豆とあが動画投稿及びSNSで主戦力としているのはオシャレやファッションに関することであり、それ以外にも現役女子高生の立場から見たトレンドについて様々なことを取り上げている。
そのため、小豆とあの視聴者層は同年代の女子中高生が中心になっており、そんな視聴者たちが動画やSNS投稿で話題にしたり、視聴後参考にしたコーデ等をハッシュタグ付きで拡散したりすることで、最近は勢いづいているのだ。
では、その動画を見た同年代の現役男子高校生の感想を書かせて貰うと……動画の内容についてはあまり語ることはない。
なぜなら内容が半分くらいわからないから。梅雨のコーデと言われて最初に想像したのがレインコートだったが、動画を見ていくと出てくるのは普通におしゃんな服装で、その時点で僕の認識が間違っていたことに気付く。
梅雨の空や雰囲気に合わせて服を変えるなんて発想がなかった。梅雨でバフを得られるのは水を操る能力者とか、雨の日にしか発動しない能力くらいだと思っていた。
一方、幼馴染の男子の感想を書かせて貰うと……ちょっとだけ共感性羞恥を覚える。
もう何回も聞いたはずなのに「こんとあー!」の挨拶は未だに慣れない。もっといい感じの挨拶はなかったんだろうか。具体的な案が思い付いてない奴が文句を付けるのも良くないが、安直な挨拶が少しスベっているように感じてしまう。
それに途切れるドラムロールをちょくちょく採用するのも恥ずかしい。マネしたくなる気持ちはわかるが、それはやっぱりビートボックスとかをやってる人の特権なのだ。いや、結構やってるのに全然上手くなっていないのが問題なのかもしれないが。
けれども、共感性羞恥の話はともかくとして、男子高校生としての感想の方は出てきても仕方がない。
現在の小豆とあが投稿している多くのコンテンツは女子寄りになっている。トレンドに沿った食べ物系みたいに老若男女問わず受け入れられる話題を取り上げることもあるが、そういった話題においても主軸は女子に向けられていた。
それが悪いとは言わないし、実際のところ狙いを絞って1つの強みを持った方が、個人として成功する可能性が高いと僕も思った。思っていた。
しかし、そんな小豆とあの前に立ちはだかるのは、インクリ科2年女子ランキングの1位と2位――
この2人はメインコンテンツに女子向けのオシャレを据えているわけではないが、様々なジャンルを取り入れているので、時々オシャレ系の動画やSNS投稿をすることもある。
それに対する世間の反応や視聴数は、似たような小豆とあの投稿よりも多くなってしまうことがあるのだ。
一条穂希はモデルのような顔付きと高身長からどんな服でも絵になるし、なつみかんも小豆とあとは別の方向性(この場合なつみかんのオシャレをギャルというジャンルに当てはめていいか僕にはわからない)で女子中高生ウケするようなコーデで支持を集めている。
それに加えて2人が別のコンテンツを発信する際は、男子や同年代以外の年齢層を取り入れられるようになっている。
上位互換は過剰な表現かもしれないが、小豆とあより少しばかり勝っていると言わざるを得ないのだ。
「あー!? また
カップラーメンをすすり終わった後、スマホを見ながら兎亜は言った。
僕が小豆とあについて先ほどのような解説や分析をしてしまうのは、熱狂的なファンだからではない。
今日のように阪梨家へ休憩に来た兎亜が、小豆とあとしての活動についての感想や課題を声に出して色々言うせいだ。兎亜は昔から考え事をする時に口に出して情報を整理するタイプだった。
「やっぱり私もバラエティー系の動画を増やしていった方がいいのかな……激辛チャレンジとか」
「いや、別になつみかんさんは激辛だけで現在の地位を築いたわけではないだろ」
変な方向に舵切りしそうだったので僕は思わず割り込んでしまう。
我が家で考え事をするのは大いに構わないのだが、こちらに聞こえるように言われると素人ながら僕も黙っていられない時がある。
というか、今のやつは絶対に僕へ聞かせるつもりで言っていた。その証拠に僕が食い付いたことを兎亜は嬉しそうにしている。
「それはもちろんわかってる。でも、激辛チャレンジって強いコンテンツなんだよ? 食べ切ったら賞賛を送られるし、食べるのに苦戦していてもそれはそれで面白いからどう転んでも撮れ高になるの」
「まぁ、そう言われると、自分では絶対に食べなくてもちょっと見てみたくなる感じはあるな」
「私も激辛カップラーメンなら残さず食べられる可能性があるから……」
「おお。とうとうカップラーメン好きを公表するのか」
「……ううん。やっぱダメ」
少し考えてすぐ否定されたので、そこはどうしても譲れないらしい。
正直に言うと、カップラーメン好きを公表しても今のファンは離れないだろうし、むしろ男子の好感度が上がる可能性もあると思う(僕はがっつり食べる子の方が好ましいと考えているからだが)。
でも、インフルエンサーや動画投稿者になるからといってプライベートな部分を全て晒す必要はないとも思うから、兎亜の判断は間違っていないはずだ。
僕だってみんなに発信したい好きと、そうでない好きが存在するのだから。
「でも、何かしらやらなきゃいけないのは確かだからなぁ……」
「……そうだ。お土産で貰った美味しいゼリーあるんだけど、食べる?」
「えっ、いいの? 食べるー!」
「カップラーメン食べたのに」
「なんでダメそうな感じで言うの!?
兎亜の返しに僕はおどけて謝ると、兎亜は「もー」と言いつつも笑顔を見せた。
活動のために悩む時間も必要だと思うが、うちへ来る目的は普段のしがらみから解放されて休憩するためでもある。だから、僕にできることは兎亜が考え過ぎないように程よく茶々を入れることだった。
「ほい。桃ゼリーでちょっと果肉入ってるんだ」
「おー 見た目もかわいい~ あれ? 礼人の分は?」
「僕は昨日食べたからいいよ。まだ余ってるから遠慮せず食べて」
「それなら遠慮なく……あっ、その前に写真撮ってアップしてもいい?」
「いいけど……あんまり周りの景色が写らないようにしろよ」
「大丈夫。アップ前に確認するし、加工して余計なものは隠すようにするから」
そう言いながら兎亜はゼリーやスマホの位置調整をしながら撮り始める。
さすがにこの写真から僕の家がバレることはないだろうけど、それでバレてしまったら僕と一緒に帰っていることを知られるよりも大変なことになってしまう。まぁ、その辺りの意識は僕が言うまでもなく気を付けてはいるんだろうけど。
すると、写真を撮り終えた兎亜は何故かゼリーに手を付けることなく、スマホをじっと見つめて固まる。
「……ねぇ、礼人。この桃ゼリーって、Twitterとインスタだとどっちにアップした方がいいと思う?」
「僕にそれを聞くかね。インクリ科で現役バリバリにやってる兎亜と違って、普通科の一般生徒Xだぞ、僕は」
「なんでXなの?」
「ほら、数学でわからない部分はXに置き換えられるだろう? 僕みたいな有象無象を例えるならちょうどいいアルファベットだ」
「本当は?」
「……かっこいいじゃん。Xって」
未知数って意味もかっこいいし、エックスと読んでもクロスと読んでも厨二心をくすぐられる。
ちなみにZは最後のアルファベットというポジションやゼロと読んだりできてかっこいいし、Yは……すまない。今すぐには思い付かなかった。今度までに考えておく。
「ふーん。それは置いといて、ちょっとした質問だから気軽に答えてよ。私も答えがわかってるわけじゃないし」
「そうなのか。てっきり僕が知らないような使い分けがあるのかと思ってた」
「インクリ科で教えて貰う中だと、Twitterだからこういう画像をアップすべき!みたいなのはないかな。もちろん、それぞれ見て貰うために工夫すべき点あるけど、画像の中身は投稿する本人の感覚次第って感じ。だから、礼人がどう考えてるのか聞いてみたくなって」
そういう話なら少し真剣に考えてみよう。
僕はどちらかといえばTwitterの方が居心地は良いと感じていて、そのTwitterにおいてはこちらが陰、あちら(Instagram)が陽であるという意見をよく目にする。
僕もその意見に同意だが、そうなった時この桃ゼリーはどちらに当てはまるのだろうか。
単にお土産のゼリーと考えればTwitterで適当に流す方が合っている気がするし、兎亜が言っていたように可愛らしいパッケージはInstagram適正があるような気もする。いや、別にTwitterでも可愛らしいものは溢れているから結局のところ受け取り手側の考え方次第か。
それ以外の要素だと投稿者が影響を与える可能性もある。
僕が桃ゼリーの画像を投稿するのと、小豆とあが桃ゼリーのフォトをアップするのとでは、全く趣が違う。であるならば今回の質問は兎亜がアップする前提で聞かれているはずだから、答えとしては……
「Instagramだと思う。理由を簡潔に言えばこの桃ゼリーにはその適正があるし、小豆とあが投稿するならキャラ的にも合ってる」
「なるほどー じゃあ、両方にアップするね!」
「なんだったこの質問!? 両方に投稿する答えアリなのかよ!」
「あくまで礼人がどう考えてるか聞きたかっただけだから。それよりちゃんと問題ない画像でアップされてるか確認してくれない? あっ、インスタはショートの方ね」
結構真面目に考えたのになぁと思いつつも僕は言われた通り兎亜の投稿を確認する。
そういえばInstagramの方はショートという選択肢があった。それが抜けていた時点で僕にInstagram適正がないことがわかってしまう。
やっぱり画像の内容や投稿場所よりも投稿者と見る側の立ち位置や考え方に左右されるのが正解なのかもしれない。
「うん、両方問題なかったよ」
「へぇ……」
「えっ? 何その顔……」
「礼人。私がお願いしてから両方とも確認し終わるのめちゃ早かったよね」
「……げっ」
「やっぱり両方ともアカウント持ってるんでしょ! そろそろどのアカウントか教えてよー!」
「い、いや、名前検索して見つけただけだし……」
「ウソだぁ! それならもっと時間かかるはずだし!」
なぜこんなやり取りが発生しているのかと言うと、僕は兎亜にTwitterとInstagramのアカウントを持っていないと言い続けているからだ。
もちろん、両方とも持っているし、兎亜もこれまでのやり取りからそれをわかっているのだが、知られるのが恥ずかしいと理由に誤魔化し続けていた。
だから、こうやって隙を狙うように兎亜が時々仕掛けてくるのだ。
というか、今回の場合は僕が油断し過ぎていた。まさかさっきの問答はこの展開に持っていくためのものだったのか……?
「なんでそんなに隠すの? もしかして鍵垢?」
「いや、違うけど……」
「やっぱり持ってるんだ」
「言葉狩りだ! もう何も言わないぞ!」
「鍵垢じゃないならみんな見てるんだし、私が見てもいいでしょ」
「……なんでそんなに知りたいんだ。どうせ小豆とあのアカウントじゃフォローできないぞ」
「それは……私のことは私のアカウントで色々知られてるから、私だって礼人のこと色々知りたい」
「色々って、小さい頃から今日まで見てきた兎亜が知らないことなんてあんまりないと思うが……」
「そんなことないよ。むしろ……知らないことだらけだし」
兎亜は冗談で言っている風ではなかった。
だけど、それで言うなら……僕の方が兎亜について知らないことだらけだ。
知らないうちにインフルエンサーの道を志し始めて、気付かないうちにインクリ科の合格を決めて、今は小豆とあとして活躍している。
その小豆とあの動画やSNSを見たところで、兎亜のことを知った気にはなれない。
それどころか、時々兎亜のことがわからなくなってしまうことがある。
「……LINEに送った。Instagramは見る専だからTwitterの垢だけ」
「えっ? あっ……!」
だけど、この日の僕は兎亜の押しに折れてしまった。
いや、折れた方がいいと思った。小豆とあとしての悩みをたくさん抱えているのに、僕のことで悩ませるのが何だか急に申し訳なくなってしまったから。
もちろん、僕のことが悩みに値すると自惚れているわけじゃないし、それで何か大きく変わるとは思っていない。
「ありがとね、礼人!」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。でも、本当にフォローできないのにどうするんだ? まさか裏垢持ってるとか……?」
「ううん。ややこしくなるから持っていないよ。それにフォローしなくてもツイートをブックマークしとけばいつでも飛べるから」
「僕の普段の呟きにブックマークしてまで見に行くような重要な情報は一つもないぞ」
「それでもいいの……えへへ~」
それでも兎亜がこんな風に笑ってくれるなら折れて正解だったと思える。
それならもっと早く教えても良かったんじゃないかと言われたら……ほら、最初から全部「いいよ」で返したら何でも聞いてしまうイエスマンになってしまう。それを防ぎたかったんだ、と言い訳しておく。
「あっ、この前アップした動画のこと呟いてくれてるー! しかもこれアップしてすぐじゃない?」
「…………」
「えっ、もしかして毎回私の動画を――」
「あー!!! 遡るなぁ! それ以上見るとブロックするぞ!!!」
「照れなくてもいいのに~ えっと、もう1つ前の動画をアップした日は……」
「やめろー!!! 確認するにしても自分の家でやってくれー!」
ああ、こうなることは目に見えていたのに。
僕が呟いたところで他の誰かが見てくれるわけではないだろうけど、このネット上に少しでも小豆とあの動画の表示数が増えれば……と思っての行動だった。
でも、それは本人に見られると思ってないからやったんだよ。やっぱり折れるべきじゃなかったかもしれない。
――締めようとしてるけど、今回はちゃんと小豆とあについて紹介できただろうか。また半分くらい僕の話になってしまった気がする。
しかし、安心して欲しい。次回こそは完璧に小豆とあないし東屋兎亜の話を……したかった。する予定だった。やる気満々だった。
けれども、兎亜にTwitterのアカウントを教えた後の日。僕は他の人物を紹介しなければならない出来事に巻き込まれる。ぶっちゃけると、ここまでの話は全て前振りだ。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます