第8話 企画会議してみた!

 以前に東屋あずまや兎亜とあの喜怒哀楽がはっきりしていると言ったが、その中で「怒」の感情はかまってちゃんで少し拗ねている時やちょっぴり機嫌が悪い時のことを指していた。

 それ以外でシンプルに怒りを見せたことは、思い返す限り2回くらいしか無かったと思う。

 だから、兎亜が怒っている姿を見るのはかなり珍しいし……普通に気圧されてしまった。

 普段の兎亜は双葉ふたばも称するようにいい子過ぎるくらいにいい子だから余計に。

 顔が怖いとかじゃなく、圧倒的な怒りのオーラを感じる。


夏海なつみちゃん、どういうつもりか教えてくれる?」


 一方、この怒りの原因たる双葉は最初こそ驚いていたが、計画通りになったことから、兎亜の圧ある言葉に対しても少し嬉しそうな薄ら笑いを浮かべていた。

 バトル漫画の戦闘狂かよ。


「それについては……阪梨さかなしくん本人に聞けば?」

「えっ!? この流れで僕に振るのか!?」

礼人れいと!!! 本当に何もなかった!? 変なことされてない!?」


 近づいてきた兎亜は僕の肩を掴んで激しく前後させる。

 その時の兎亜の表情で僕は気付いた。この怒りの感情はほんの少しだけ僕にも向けられていることを。


「と、兎亜! いったん落ち着いて! 脳がシェイクされる……!」

「あっ、ごめん!」

「うっ……な、何も変なことはされてない。電話では変な状況とも言ったが、双葉はある狙いがあってやったことで……」

「そうなの? ……礼人を巻き込まなきゃいけない理由って何?」


 僕を解放した兎亜はなおも圧を込めて言う。

 それを見た双葉は満足そうな表情でしゃべり始めた。


「前振りありがと、阪梨くん。それにしても、とあってそういう顔もできたんだね。その表情も嫌いじゃないよ」

「夏海ちゃん……私、本気で聞いてるんだけど」

「わかってる。ぶっちゃけて言うと、GW明けてからフォロワー数の伸びが悪くてね。何か刺激的なイベントを起こしたいと考えてたら、今一番勢いのある小豆あずとあとファッション対決するっていうのが頭に浮かんだの。コラボとしては面白そうな企画でしょ?」

「それは……そうだけど」

「今のフォロワー数的に対決はうちの方が有利かもしれないけど、コラボすることでとあ側にも新しいフォロワーの増加が見込める。これを説明すれば兎亜も受けてくれるだろうなぁとは思ってたけど……それだけじゃつまらない。どうせやるならガチで勝負したいなぁとも思ってね。そのためにまずはとあの闘争心を煽らなきゃって考えたわけ」

「……それで」


 兎亜の言い方は少し呆れているように感じられた。

 それに表情は先ほどよりも少し落ち着いたに見える。

 2年以上の付き合いで仲が良い前提があるから、わりと無茶苦茶な気がする双葉の言動も兎亜的には納得しやすいのだろうか。


「お。阪梨くんを選んだ理由は聞かなくてもいい感じ? それなら……とあ、うちとの真剣勝負受けてくれる? お遊びコラボじゃないマジの対決を」

「……わかった。受けて立つよ」


 兎亜はあまり悩まず答える。

 それがここまでの仕込みのおかげなのかはわからないが、僕からすれば意外にあっさり決めたなと思ってしまった。


「やった。それじゃ、ついでだから今からファミレスにでも行ってちょっとだけ企画会議して行かない? うちも対決の内容は詳しいとこまで決められてないから」

「うん、いいよ」

「阪梨くんもお茶くらいは奢るから付いて来なよ」


 そして、そのまま兎亜と双葉はファミレスに向かって歩き始める。

 確かにコラボするには色々と準備が必要なんだろうけど……今のこの空気でまともに企画会議ができるのか?

 双葉が煽ったしまった分、これからの会話もギスギスしてしまうのではないか?

 そんな中に僕が放り込まれるのは――


「ほら、このRAIKAさんとmilinさんのコラボとかめっちゃ良くない!? 2人とも顔面の良さ全開って感じで……」

「あー! それ私も見た見た! 私的にはやっぱりmilinさんのコーデ好きだなぁ。自分の動画じゃ使えないのに、セットでポチっちゃったもん」


 10分後のファミレス。

 僕の目の前では先ほど険悪とまでは行かないけど、火花散る空気であった2人が、スマホで動画を流しながら楽しそうに会話していた。

 恐らくファッションで有名な投稿者のコラボを参考にしようとしているのだろう。

 ……さっきまでの状況は幻覚だったのか。

 いや、それで言うなら双葉が教室にやって来たところから僕だけを騙す幻術にかけられていた気がするけど、飲んでいるオレンジジュースは程よく甘酸っぱいのでこれは現実だ。


「あ、阪梨くん。ちょっと飲み物入れて来て貰っていい? アイスコーヒーとガムシロップ。氷はいらないから」

「はいはい。兎亜は?」

「ありがとう。オレンジジュースおかわりでお願い。私も氷は大丈夫」

「はいよ」


 その会話に混ざるわけにいかない僕は、企画会議がなるべく耳に入らないよう適当にネットサーフィンするか、召使いの如くドリンクバー往復係になるしかなかった。

 双葉が本当にガムシロップを使いだした時は「木場きばゼミでやったところだ!」と謎の感動があったけれども、それ以外は基本気まずさを感じている。

 お茶に釣られたわけじゃなく、2人がマジの喧嘩に発展したら不味いと思って付いて来たが……余計な心配だった。


 それならタイミングを見計らって、先に帰った方がいいかもしれない。そんなことを考えて僕がドリンクバーから戻って来た時だ。


「投票期間はそれなりに時間欲しいところだけど……あんまり長過ぎるとダレちゃうかもね。3日間とかがちょうどいいのかな」

「うちもそれくらいで想定してた。あと中高はもうすぐ中間テストの時期だし、そこと被っちゃうと閲覧数もガクッと落ちちゃうから……」


 2人は先ほどの楽しい雰囲気から一変して真剣に企画会議を始めていた。

 その時の兎亜は、東屋兎亜ではなく………小豆とあだった。

 僕がいつも見ているようで、わからないことの方が多いとあ。

 1年前……いや、インクリ科を目指そうと思った時から構想していたのだとしたら、兎亜とはそれ以上に長い付き合いになるとあであって兎亜ではない存在。

 兎亜が双葉の挑戦をあっさり受けたと感じたのも、今の状況に気まずさを感じるのも……僕が小豆とあのことをよく知らないせいなのだろうか。


「……礼人? どうしたの? ボーっと立って」

「……いや、話の邪魔しちゃ悪いと思って」

「全然そんなことないよ。元はと言えば巻き込んだ夏海ちゃんが悪いんだから」

「あはは。そうそう」


 兎亜は一応さっきの怒りを忘れてわけではないようだ。

 それでも怒るというよりは優しく叱る感じになっている。


「あっ、そうだ。礼人的にこのハッシュタグの中だと、どれが一番目を引く?」

「ちょ、とあ。一応企画はうちらだけで考えないと……」

「客観的な意見は必要でしょ? それに実際に見るのは礼人みたいな一般生徒Xなんだから」

「……なんでX?」

「かっこいいから! ね、礼人?」


 そのノリは双葉にハマらないぞと思いつつ、僕は「ああ、未知数だからな」と返す。

 それを見て双葉は首を傾げたけど、兎亜は笑ってくれた。

 いったい何を不安になっていたんだろうか。

 兎亜は小豆とあである前に東屋兎亜なんだ。

 僕が知らないことやわからないことがあっても、それで兎亜が変わることはない。


 それから30分ほど経った頃。


「ごめん。ちょっと化粧直し行ってくるね」


 兎亜はそう言って一旦席を外す。

 企画会議はそれなりの形になったようで2人の会話も雑談が混じり始めた。僕は意識を逸らしていたから今わかっているのはハッシュタグの候補くらいだ。


「化粧直しだって。阪梨くんの前だといつもそう言ってるの?」

「いや、僕の前だと普通にトイレって言うよ」

「じゃ、今のとあは一応ちょっとだけよそ行きなんだ。どっちに気を遣ってるかわかんないけど」

「……双葉。兎亜が怒らないと言って違った僕が言うのも何だが、もっと別の方法はなかったのか? 無理に怒らせて失敗したら今後に響く可能性だってあるのに」


 仲がいいというのは冗談ではなく本当だったのは、兎亜が来てからの会話でも十分わかった。

 でも、わかったからこそ、その友情と現在の活動を天秤にかけて、後者を取ったことが僕の中で上手く呑み込めなかった。

 すると、双葉はガムシロップ入りのアイスコーヒーを一気に飲み干してから喋りだす。


「うちはさ、兎亜のことを半分は友達兼クラスメイトだと思ってるけど、もう半分はライバルだと思ってる。それでいて友達の方は戦友と書いてともって読む方がいい。それがうちの性格と考え方。だから、今回の方法はたとえ失敗する可能性があったとしても、うちとしては間違ってないって言える」

「……そうか」

「でもね、それと同時に……とあのいい子なところに甘えちゃったのもある。とあならこの範囲で焚き付ければ闘争心は燃やしてくれるだろうけど、絶交されるほどは怒らないだろうなって。2年以上の付き合いからある信頼と実績」

「いい言葉に聞こえるが、ひどい話だ」

「あはは。なつみかんじゃない時のうちはこんな感じだよ。あ。阪梨くんはうちがこの前アップした水風船の動画って見た?」

「……見てない……が、クラスの男子が話してたのは知ってる」

「ふぅん。男子受け狙ってみたんだけど、普通科の男子全員が見てるわけじゃないかぁ」

「狙ってやってたのか」

「そ。でも、それくらい大胆なことをしたり、狙ったりしないと難しいものなんだよ。少なくともうちはそう思ってる」


 難しいというのは再生数やフォロワーを増やすことか、はたまた一条穂希ないし他の有名な存在に打ち勝つためか。

 なつみかんのことも何となくわかったつもりになっていたけど、噂や人づてに聞くだけじゃ全く違ってくる。

 お世辞にもいい性格とは言えないが、双葉は双葉なりの戦い方をしているのだ。


「なんで急にネタばらしみたいなこと言い出したんだ」

「今日の罪滅ぼし代的な? それとも阪梨くんはなつみかんに夢を見てたかった? 今日の件でまともに見られなくなってるだろうし、今後も阪梨くんはうちに興味持たないと思ってたんだけど」

「まともに見られないのはその通りだが……興味はどうしてそう思ったんだ」

「それは…………阪梨くんには兎亜がいるから。いや、逆だな。兎亜には阪梨くんがいるって感じ。あ、別にまだ彼氏と疑ってるわけじゃなくて、兎亜がうちの想像してたよりも怒り気味だったのと、さっきまでの2人のやり取り見てたら本当に仲良しってわかったって意味だから」

「お、おう。そういうことか」

「……でもさ、うちは阪梨くん側の意見しか聞いてないんだよなー」

「は? どういう……」

「お待たせー 2人で何話してたの?」

「うーん? 兎亜と阪梨くんが仲いいなって話」

「そ、そうかな? そう見える?」


 そのまま双葉との会話は流されて、5分後にはファミレスを出てその場で解散した。

 だから、僕は双葉に伝えそびれてしまった。


「本当にごめんね、礼人。私のせいで大変な目に遭って」

「兎亜が謝らなくても。それに終わり良ければじゃないけど、なんだかんだ面白い経験ができたよ」

「それなら良かった。あとは……成功させなきゃね、ファッション対決」


 決意に満ちた表情の兎亜。双葉からすれば兎亜はいい子過ぎるくらいにいい子で、普段クラスで接している時は友人意識が強いだけのクラスメイトだと思っていたのだろう。

 でも、僕は兎亜がなつみかんとの差に悩む姿やそこに勝って見せようと意気込む姿を見てきた。

 たぶん、双葉の前ではそれを露骨に出すことはなかったのだろうけど……兎亜に闘争心がまるでなかったわけではない。

 それを表に引きずり出したからには、双葉もタダではすまない……めちゃめちゃ三下みたいな台詞を言ってしまった。余計なことは言うもんじゃない。

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