第2話 帰り道には気を付けよう!
兎亜との出会いは4歳の頃、東屋一家が
なお、この辺りの話はお互いの親から聞いた部分が大きいので、僕や恐らく兎亜も正確なところまでは覚えていない。
けれども、薄っすらとした記憶の中の小さな兎亜は普通の女の子だったと思う。
ここで君の言う普通はどこの何を基準としていると聞かれたら、面倒くさいのでそいつの口を塞いでしまうと思うが、少なくともその頃はインフルエンサーとして素質があると思わせるようなことはない、普通の女の子だった。
やや茶髪に見える髪色で、小学校の時から髪の長さは中くらい(いつもセミロングだと訂正される)。
喜怒哀楽がはっきりとしていて、笑う時には結構大口(これもそんな大口ではないと訂正される)。
性格は何事にもひたむきで、生真面目まではいかないけど、程々に真面目な方。
欠点を挙げるとすれば、かまってちゃんなところがある(これは難色を示しながらも訂正しない)。
この辺りは小さい頃から変わらない部分だ。
そんな兎亜に少しだけ変化があったのは、小学校高学年に入ってからになる。
第二次的な成長を経た兎亜はそれまでと比べてかなり女性的になった。濁さず言えば顔立ちがより可愛らしくなって、胸が……おっぱいが大きくなった。
馬鹿らしく聞こえるかもしれないが、その変化だけで兎亜に向けられる(主に男子からの)視線は大きく変わる。
そこから兎亜は普通の女の子から美少女とか、学園のヒロインとか、この世にある女子学生を褒めたたえる単語で、もてはやされるようになった。
そして、兎亜のもう1つの変化がインクリ科への入学だ。
中学時代の兎亜は帰宅部であり、進学先の話は一切していなかったが、実は2年生の夏頃(インクリ科は創設2年目)から興味を持っていた。
そこから放課後の時間に学校を見学したり、現OB・OGと混ざって活動を手伝ったりしていたらしい。
らしいというのは兎亜がそのことを話した時には、既に推薦でインクリ科の合格を決めていて、僕は事後報告として聞いたからだ。
しかし、そうやって次々と変化を見せていく兎亜が、小さい頃から頑なに変えないことが1つ……いや、本当はもっとあるかもしれないが、僕の把握している限りでは1つある。
それは僕と一緒に行き帰りしようとすることだ。
小学校の時は通学班が同じで、下校時も1人で帰るのは危ないからほぼ毎日一緒に帰っていた。
それが中学校になると、強制されるわけでもないのに一緒に登校しようとするし、中学では将棋部だった僕に用事がない限りは、帰宅部の兎亜が僕を待って下校も共にしようとした。
当然ながら特定の女子といつも一緒にいることを気にしてしまった思春期の僕は、何度かやめるよう提案したが、兎亜から喜怒哀楽の哀をわかりやすく出されてしまったことでいつも失敗に終わり、中2になる頃には気にすることをやめた。
それが偶然高校まで一緒になってしまったことから、変わらないこととして今日まで続いているわけだ。
現在はインクリ科で何かと忙しい兎亜に用事がない限りは、帰宅部となった僕を見つけて下校を共にしようとしてくる。
ただ、兎亜がインクリ科期待の星として注目されるようになって、僕は再び気にすることができてしまった。
「ちょっと待って……誰もいないな」
僕は兎亜の周り二三度注意深く確認してから、兎亜の隣に並ぶ。
帰宅部になった僕が兎亜を待たずに帰ろうとするは、何も冷たくなったわけではない。
兎亜が有名になった今、それを僻んだりネタにしようとしたりする輩が出てくる可能性がある。
そうなった時、特定の男子と一緒に登校もしくは下校する姿をパパラッチされてしまったら、事実を捻じ曲げられて炎上してしまうかもしれない。
そんな考えから兎亜がどこでも安易に声をかけてくることを僕は気にし始めていた。
「も~ またやってる。別に誰かに見られても問題ないって」
「それならまた言わせて貰うが、今の兎亜は十分有名人なんだぞ。用心するに越したことはない」
「YouTubeやインスタのフォロワー全員がこの市内にいるわけじゃないんだし、そんな用心しなくていいと思うけどなぁ」
兎亜がやや呆れた風に言うのは、最近ずっとこんなやり取りを繰り返しているせいだろう。
現在、
その数字をパッと見るとそれほど多くないように見える人もいるかもしれないが、それは貴方が普段見ている動画投稿者やインフルエンサーがとびきり全開パワーのZ戦士達であるからに違いない。
兎亜はほんの2年前までは注目されるとしても中学校内の数十人だったが、今は東京ドームがいい塩梅に埋まる人数に注目されるようになったと言えば、その凄さがわかるはずだ。
もしもわからないのであれば……僕がそんなに詳しくない癖に東京ドームを例に出してしまったせいである。何個分とか人数とか言われても正直イメージつかないんだよな、あれ。
「可能性があるから用心するんだ。何かあってからじゃ遅いだろうに」
「その時は
「僕にそれを期待するかね。体育科のラグビーしてる筋肉マンのような人ならまだしも普通科の一般生徒Dだぞ、僕は」
「なんでDなの?」
「……かっこいいじゃん。デステニー、デストロイ、デスのD」
「おお、なんか強そう」
「そうだろうそうだろう」
響きだけなら守れそうな気がしてきた。一般生徒デストロイ。
違うか。それで言ったらどのアルファベットも強そうな感じにできる。一般生徒アルティメット、ブリリアント、カオス……何の話をしているんだ。
「いや、物理的に守るかどうかの話じゃなくて、写真を撮られたりする話で……」
「別にいいでしょ。同級生と帰ってるだけですって言ったらいいし。それで何か言われたら真実を拡散すればいいんだよ。#おな高#幼馴染#普通科一般生徒D」
「最後のタグで僕が身バレする可能性が出てきるんだが」
「阪梨礼人にDは入ってないからバレないよ、たぶん」
「じゃあ、代わりにだいすけくんとかだいちくんとかが風評被害に合っちゃうよ。前者は普通科にいたような気がする」
「へ~……で、こうやって楽しく話している間にも写真を撮られてるかもしれないんだけど、まだ一緒に帰るのに反論ある?」
「……ないっす」
自分の発言を忘れてすっかり夢中で話していた僕は敗北宣言する。
それを聞いた兎亜はドヤ顔で返してきた。
くそっ、次は負けないぞ、と思いながらも僕はずっと言い負かされている。自分の言い分は間違っていないと思っているが、自意識過剰なんだろうか。
「それよりさ、私……どこか変わったと思わない?」
兎亜は僕の様子を窺いながら唐突に振ってくる。
僕が兎亜の変化について考えていたことを読まれたのかと一瞬思ってしまったが、この振りをする時は十中八九髪を切っている時だ。残りの一二は体重が0.5㎏減りましたとか、今日のおにぎりは珍しくおかかにしただとか、初見殺しでしかない答えのオンパレードなので考慮する必要はない。
「髪切ったんだろ。いつもの中くらいに」
「だからセミロングだって。それに変わったのはそこじゃないよ。もっとよく見て。もう一度チャンスをあげるから」
「そう言われても……ヒントが欲しい」
「しょうがないなぁ。ヒントは礼人がいつも見てるものだよ」
いきなり問題を出したのになんでやや上から目線なんだ、と思いつつ僕が最初に思い付いたのは……胸だった。
いや違う。今のヒントからじゃなくて、変わったという点だけで考えた結果だ……言い訳になってないか。小学校高学年で大きくなったと言ったけど、高校生になってから更に主張が激しくなった気がする。
だからといって、本気でそう思ってたとしても本人へ直接言うのはアウトなので、別の可能性を考えよう。
いつも見ているものといえば――学校指定の鞄だ。
今は別の鞄を使っても良いことになっているが、学生らしい鞄として使うのなら学校指定のやつが一番しっくりくる。おしゃんな奴はだいたい学校指定だ(ちなみに僕はスポーツメーカーのリュックである)。
その鞄には派手過ぎ無ければ装飾や改造をして良い、という学生間だけの共通認識が出来上がっている。
兎亜も多分に漏れず少し改造した(デコッたと言った方が可愛らしいか)鞄になっているので、どこが変わったかわからないが、それがこのクイズの答えだと読んだ。
「わかった。鞄が派手になった」
「……ファイナルアンサー?」
「……ファイナル、アンサー」
もはや死語のやり取りをして、兎亜は口で「どぅるるる」とドラムロールの演出をする。息が続かなくてめっちゃ途切れ途切れだけど。結構難しいんだよな、上手にドラムロールするの。
「残念! 正解は胸がちょっと大きくなった、でした!」
「そっちかぁ~……って、それを問題として出すなよ!!! というか、いつも僕が見てることにするな!!!」
「礼人……見られてる側が言ってるんだよ?」
じゃあ、また僕の負けだ。はいはい。見てましたよ。いつもは言い過ぎだけど、ふとした瞬間には。視線がぶつかるんだから仕方ない。
「それはそれとして、胸が大きくなったことを男子へ誇らしげに報告するなよ」
「誇らしくはしていないよ。礼人が気になってると思って」
「いつも見てるから?」
「うん、そう」
「……すみませんでした」
「別にいいって。礼人がおっぱい好きなの幼稚園の頃から知ってるし」
だから気にしないで、と兎亜は付け足す。
その頃のおっぱい好きと思春期のおっぱい好きは全く意味が変わってきそうな気がするのだが。
というか、幼稚園の頃の僕っておっぱい好きだったの? そんなの親から聞かされてないよ。まぁ、本当だとしたら親にとって恥だから教えてくれないだろうけど。
「それに……結構見られ慣れてるから大丈夫」
「……余計大丈夫じゃないぞ」
「あっ、悪い意味じゃないよ!? 今はもうチャームポイントの1つだと思ってるから全然平気だし、礼人がいつも見てるのもさすがに冗談だから。何なら見るなって言う方が無理だろうし、私だって話してる時ずっと顔を見続けられるわけじゃないし」
「だとしても時々見てるのは本当なんだろ? そんな僕が兎亜と一緒に帰る資格なんて……」
急に卑屈なことを言い出す僕を見て兎亜は更に焦り始める。
もちろん、僕の台詞は半分以上冗談だ。胸を(無意識に)見てる僕が悪いのは間違いないし、それは申し訳なく思っているが、今日この時点まで僕は兎亜にやられ過ぎている。だったら、少しぐらい僕のターンが回ってきても良いだろう。
そうなった時、僕が兎亜に対して一番有効に使えるのは、卑屈さを見せて兎亜の良心を揺さぶるという手段だ。
卑怯でもらっきょうでも言うがいい。ただ、それ以上の悪口を言われると普通に凹むので受け付けない。
「……イヤじゃないよ」
「……えっ?」
「私は礼人に見られてもイヤだと思わないし、一緒に帰るのが楽しいと思ってる。だから、礼人は気にしないでもいいんだよ」
兎亜はやや照れながらも僕を真っ直ぐ見て言う。
なんか……想像していたよりも凄い答えが返ってきてしまった。僕が期待していたのは「も~ またそんなこと言ってー」くらいのテンションだったんだが。
「そ、そうか。でも――」
「それとも礼人は私と一緒にいるの……イヤ?」
また僕の様子を窺いながら兎亜は言う。期待と不安が入り混じったような目で。
何ていじらしい表情をするんだ。そんなことをされたら、逆に僕の良心が痛む。
しかし、ここで僕が本当のことを言わなければ、兎亜は凹んでしまう。
そういう失敗をこれまでに何回もしてきたから僕にはわかる。
そう思わされた時点で僕はもう負けていた。
「嫌なわけない、だろ」
「うん! 知ってる!」
「……は?」
「だって、礼人が言ってること、全部私のことを考えてくれてるってわかってるから! 一緒に帰ることを心配してくれるのも、胸を見ちゃうことを申し訳なく思うのも……ちょっと私をからかいたくなっちゃうこともね?」
僕は先ほどから兎亜の喜怒哀楽がわかりやすいだ何だと言っていたが、どうやら兎亜から見た僕も相当わかりやすいらしい。さっきまで僕が考えていたことは、全て筒抜けだったわけだ。
だけど、こういうやり取りをしているとやっぱり僕は杞憂してしまう。
もしもこんな姿を誰かに見られて、それが悪い噂として広まってしまったら。
ありもしない事実をでっち上げられてしまったら。
インフルエンサーを目指す幼馴染は炎上して、道を絶たれてしまうかもしれない。
「えへへ~ それでさ、話は変るんだけど――」
なんてことを考えていても、結局この笑顔を見せられてしまうと、僕の考えていることなんてちっぽけなことだと思ってしまうのだ。
だから、きっとこれから語るであろう僕の話は、東屋兎亜の可愛さを知らしめる物語になる……という引きで今日は締めさせて貰おう。
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