第3話 立ち位置を考えてみた!
いや、そもそも複数人の人が集まった環境では強弱の差はあれど上下関係が生じてしまうものだ。
それが学校やクラスみたいな青臭く混沌とした空間ではよりわかりやすく感じられて、自分がどういうその世界でどういう立ち位置にいるかは何となく察してしまう。
そんな中、観美坂高校のカーストは学科単位から既に見え始める。
以前は普通科と体育科の2つだったが、その時は体育科の方が上だった。
普通科から大学への進学者あるいは企業の就職者をどれだけ出しても、体育科が誇る体育祭でのパフォーマンスや大会実績には敵わない。校門前の大きな垂れ幕に書かれるのは、いつも体育科の生徒達の名前と輝かしい功績だ。
そして、現在は3つ目のインフルエンサー・クリエイター科が加わって、5年目経過した時点で新たなカーストの頂点になっている。
今本校がメディアで取り上げられるとすれば、インクリ科目的がほとんどだし、学校を大々的に宣伝する時はインクリ科が中央に置かれる。
そうでなければ文(この場合は芸術の側面が強くなるだろう)のインクリ科、武の体育科という風に二大看板になることが多い。
つまり、僕の所属する普通科は学科カースト最下層で、普通科の生徒の多くはそれを自覚している。
観美坂高校は市内有数の進学校ではあるが、同じように進学に向けた普通科の学校はいくつかあるので、特異性や珍しさはほとんどない。
もちろん、普通科だからといって他2学科から露骨に虐げられるわけではないけど、その立ち位置を察した普通科の生徒は自然と他2学科への憧れや劣等感を抱くようになっていた。
それがわかる状況の一例が今、僕のクラス内でも起こっている。
「実は
何だそのどうでもいいトピックは、と思う僕の気持ちとは裏腹に周りで聞いていた男子たちは「おー」と興味あり気な反応を見せる。
その中心で話す人物は僕と同じ2年3組の男子・
そして、木場が言う夏海とは、2年女子ランキング2位、天真爛漫ギャルのなつみかんのことである。
本名をバラしてもいいのかと思うかもしれないが、同じ学校内にいたら顔出ししている人だと、名前は簡単に知られてしまう。
だからそこについては特に問題ない(問題にしてもしょうがないと言うのが正しいか)。
問題があるとすれば、木場が話している内容の方だ。
木場はなつみかんと家が近くの幼馴染で、今も交流がある(どこかで聞いたことがある関係だ)が、それにかこつけてなつみかんの小さい頃の話や最近の話をまるで自分の手柄のように語っている。
幸いにも今のところ話す内容は、ガムシロップのような毒にも薬にもならないことなので、なつみかんの名誉が傷付けられることはほぼないだろう。でも、いつか爆弾発言をして問題になる可能性は十分あると僕は思う。
だが、そんなどうでも良さそうな話でも学科カースト頂点であるインクリ科の生徒の情報というだけで、あたかも重要な情報のように普通科の生徒は受け取ってしまうことがあるのだ。
特に男子からの人気の高いなつみかんの場合は、些細なことでも思春期男子の想像力豊かな発想に転換されていることだろう。
ただ、そんなことを言いつつも僕は木場のことを下に見たりはしていないし、何なら彼の好感度は凄く高い。
なぜなら木場はしょうもない情報を伝えた後に、必ずなつみかんの動画やSNSを見るように周りの男子へ促しているからだ。
それに木場の発言から彼がなつみかんの動画やSNSを欠かさずチェックしているのは何となく察せられる。
勝手に話をしている罪悪感からやっているのか、幼馴染のよしみでやっているのかはわからないが、少なくともなつみかんの活動へ貢献しようという心意気を木場からは感じられるのだ。
それに加えて、もう1つ木場の好感度が高い理由がある。
「
少し離れた場所にいるのもかかわらず、僕へ話を振る木場。
そう、木場は基本的にいい奴だ。男女分け隔てなく接することができて、クラスの中心に立てるタイプ。
今日も一人自分の席に座ってボケっとしているような僕にわざわざ声をかけられる人物。普通科内のクラスカーストで言えば間違いなくTier1だ。
そんな木場が振ってくれた話題は、僕が話しやすい小豆とあについて。
木場がなつみかんの幼馴染と知られているように、
だから、僕も木場と同じように小豆とあが関わる小話を期待されているし、実際に話せば僕もインクリ科のご加護を受けて、クラスの英雄になれる可能性がある。
「いや、特に何も」
まぁ、そういう前振りをするから察した人もいると思うが、残念ながら僕は何も話す気がなかった。
理由は2つある。
1つは僕が適当に喋ったことで、それが問題になる可能性があるから。
一緒に帰ることすら杞憂する僕が、
もう1つは……単に話すのが嫌だから。
繰り返しになるけど、僕は木場がいい奴だとわかっているし、なつみかん情報を話すことも悪いとは思わない。でも、それを僕と兎亜に置き換えた時、僕は他人に兎亜のことを話すのが嫌だと思ってしまう。
いくらインクリ科の恩恵を受けられるとしても、兎亜を使って注目を浴びたり、賞賛されたりするつもりはない。
けれども、こういう場面で釣れない発言をすることは実にリスキーである。
現に僕の言葉を聞いた木場以外の男子はつまらなさそうな顔をして、木場との会話に戻って行った。
こんなことだから、今のクラスにおける僕のカーストは、最下層どころか三角形の外側に放り出されている。いや、さすがに言い過ぎか。最下層の有象無象にはなれている……はずだ。
「まーた、木場にダル絡みされちゃって」
そう言いながら僕にダル絡みしてきたのは、同じ2年3組の女子・
今日も兎亜より少し短いけど中くらいの長さの髪(こちらはミディアムだと訂正される。コーヒー店のサイズの注文並みに覚えられない)の毛先を弄って、僕のことを少し呆れた目で見ている。
僕と西沢は共通の知り合いがいたことから友達になった仲である。
その知り合いとは東屋兎亜であり、中1の時に同じクラスになったことから2人は急速に仲良くなった。兎亜には女友達がたくさんいるけど、その中でも親友と呼べるのは西沢を置いて他にはない。具体的に意気投合した理由は聞いたことがないが、それほど波長やら話しやすさやらが合致したのだろう。
そこから兎亜は、当時同じクラスにいた僕を西沢と引き合わせ、初めのうちは知り合いの知り合いだった距離間が、少し時間が経つと気軽に話せる仲になっていった。
そして、何の巡り合わせか、僕と西沢は中1以降も毎回同じクラスになり、その記録は現在の高2まで更新中である。
そういう縁があることからクラスカーストで言えば上位に位置するタイプの西沢も何かと僕へ声をかけてくれる。今みたいな対応した時に僕を窘めることを含めて。
「それはそれとして、もうちょっと上手くあしらえんの? あんな言い方じゃ好感度下がる一方じゃん」
「いや、端的で上手い回答だったろ。それに男子の好感度上げても仕方ないし」
「そう? 男子の好感度を上げることで攻略できる姉か妹が出現する可能性もあるくない?」
「確かに……って、どこでそんな情報拾ってきたんだ」
「兄貴がやってるの見たんよ」
「へー お兄さんがゲームするとは聞いてたけど、恋愛ゲームの話も共有してるのか」
「ううん。リビングのテレビでやってたの見てた」
「どんな兄貴だよ!?」
精神がストロング過ぎる。何のギャルゲーかは知らないが、妹に見られながら恐らく妹くらいの年齢のキャラを攻略するのどんな気持ちなんだ。しかも西沢の発言からして妹キャラが出る可能性あるやつだし。
「うちの家族は結構人がやってるゲーム見るの好きだから。まぁ、お母がもっとその子の気持ち考えてあげなさいよって言った時は、さすがの兄貴もイヤそうにしてたけど」
「そりゃそう思うだろうけど、そもそも家族が集まるリビングのテレビ画面をギャルゲーで独占するなって、僕なら言うけどな。普通は1対1でやるもんだぞ」
「その言い方からして、阪梨はギャルゲーやったことある感じ?」
「…………」
「いやいや、別に兎亜へチクったりしないから――」
「失礼しまーす!」
西沢に対して僕が「嗜む程度には」と返そうとしたその時。
普通科の教室に朗らかな声が響く。
その声の方へ視線を向ける前に、兎亜がこちらの方に近づいて来ていた。
「
「小豆とあちゃん来たぁ……!」
「いつものやつかな……?」
兎亜の来訪によって普通科の教室内は少しザワつく。
インクリ科の生徒が他の学科に来ることはそれほど珍しいことでもないのだが、動画やSNSで見る機会の方が多い存在が目の前に現れることを、未だに芸能人が来たかのように感じる生徒はいる。
「……菜緒」
「ん? どしたん、兎亜」
「……数Ⅱの教科書忘れたから貸して~!」
「またかぁ。何で数学だけ忘れるんかなぁ」
しかし、普通に仲良くしている人からすると、友達が自分の教室へ来ることは何も大袈裟なことではない。
散々語ってきた僕が言うもの何だが、学科の違いとかカーストとか、余計なことを考える方が間違っているのだろう。
「ほい。10分につき10円で」
「えー……サブスクでお願いできませんか? 月額150円くらいで」
「なんで積極的に借りようとしてるんよ」
「だいたいジュース1本分で1ヶ月毎日借りられるなら悪くないかなーって」
「毎日借りるのが間違ってるんよ。利用料はいいからYouTuberの営業スマイル0円ください」
「わかった! 営業スマイル~」
「あっはっはっは! それじゃあ変顔じゃん!」
目の前で繰り広げられる緩い会話。
それが暫く続くと、何を期待していたかは知らないが、教室内の注目も徐々に無くなっていく。見事な(ゲーム的意味での)ヘイト散らしだ。意図してやってはいないだろうけど。
「
そんな風なことを考えていたら、いつの間にか兎亜が机の上に腕を乗せて僕のことを見ていた。
「菜緒と何話してたの?」
「……特に何も」
「ウソ。私が入って来た時、めっちゃ楽しそうに話してた」
「別に教えるようなことじゃないよ」
「ふーん……菜緒とは話せて、私には話せないんだ」
露骨に拗ねた顔をする兎亜。
教室に来ると時々こういう絡み方をしてくることがあるから、未だにかまってちゃんだと思う。
「そんなに気になるなら西沢から聞けばいいだろ」
「礼人から聞きたいの」
「……好感度の話。現実とギャルゲーの」
「ほえー」
「ほら、別に興味ないだろ。僕がギャルゲーの話する時、変な空気になるし」
「そんなことないよ。いつも興味深く聞いてる」
「いや、いつもと言うほどギャルゲーのことは話していないと思うが……」
「そうかもね。あっ、そろそろ休み時間終わるから。ほんとありがとね、菜緒」
「はいはーい」
こういう兎亜の姿を見ると、インクリ科の生徒こそ学科の違いやら何やらを気にしていないことがよくわかる。
普通科の一部にとってインクリ科は特別で少し上に見えてしまうが、インクリ科も観美坂高校の高校生であることには変わりない。
「兎亜」
「うん? 何?」
「いや……また」
その続きに「来ればいい」と思いながら軽く手を振る。
別に教科書を借りに来ただけだし、僕がわざわざ言わなくても来るのだろうけど、何となく言ってしまった。
すると、兎亜は少しだけ驚きながらも可愛らしくはにかむ。
「うん――兎亜の好感度が上がった!」
「おいおい。現実であんまり言うもんじゃないよ」
「えへへ。また教科書借りに来るね」
それを言うなら僕じゃなくて西沢だろうと思いながら、僕は次の授業の準備を始める。
そんなこんなで僕は普通科の最下層からクラスの面々を見上げながら生活しているけど、そこそこ楽しく日々を送れている。
ただ、ここまで語った中で、僕は1つだけ嘘を付いてしまった。
嘘を付く語り手ほど信用されないものはないが、その点は安心して欲しい。
続けてそのことについても語らせて貰うから、騙したのはクラスメイトだけになる。
その嘘とは……最近の小豆とあ――東屋兎亜について最新情報がないと言ったことだ。
「お邪魔しまーす。礼人、新しいの食べに来た!」
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